siyaku blog

- 研究の最前線、テクニカルレポート、実験のコツなどを幅広く紹介します。 -

【連載】Talking of LAL「第29話 抗生物質とエンドトキシン」

本記事は、和光純薬時報 Vol.65 No.4(1997年10月号)において、和光純薬工業 土谷 正和が執筆したものです。

第29話 抗生物質とエンドトキシン

最近のエンドトキシン研究の話題の一つに「抗生物質による菌体からのエンドトキシン放出」があります。詳しくは谷1)や Faist2) による総説にゆずるとして、今回は、この話題の中からおもしろそうなことを拾い上げてみましょう。

昨年の腸管出血性大腸菌 O157 感染症で、治療における抗生物質の投与方法が議論されたことは、記憶に新しいところです。すなわち、菌の殺し方によって、その菌が持つ毒素の放出の挙動が異なるため、注意深く抗生物質の投与を行わなければならないということのようです。

グラム陰性菌感染症においても、抗生物質の投与によって菌が崩壊し、エンドトキシンが放出される可能性が考えられます。すでに 1950 年、Reilly が、抗生物質使用時の一時的症状悪化の原因としてエンドトキシンの放出の可能性を指摘しているそうです1)

しかし、1980 年代までこの分野の報告は、あまり見あたりません。原因として、簡便なエンドトキシン測定法、すなわちリムルス試験法が確立していなかったこと、抗生物質の治療効果が十分得られていたことが挙げられると思います。

1980 年代に入って、リムルス試験を用いてエンドトキシンを定量することができるようになり、抗生物質によるエンドトキシンの放出が定量的に検討されるようになりました。in vivo の検討では、エンドトキシン放出の評価の指標として、TNF、IL-1、IL-6 といったサイトカインが用いられる場合も見受けられます。

β-ラクタム系、カルバペネム系、セフェム系のように、ペニシリン結合蛋白(PBP)への影響によって抗菌作用を発現する抗生物質では、ターゲットとなる PBP の種類によって、作用を受ける細菌の形態変化が異なることが報告されています3)

すなわち、PBP3 にも結合するβ-ラクタム系やセフェム系の抗生物質ではフィラメント化が、PBP2 に結合するカルバペネム系の抗生物質では球形化が起こるそうです。

緑膿菌を用いた実験では、培地中に放出されるエンドトキシン量は、フィラメント化が起こる抗生物質を添加した場合の方が、球形化が起こる抗生物質を添加した場合より多く、抗生物質の添加量も MIC の 2 倍量添加より、MIC の 1/2 量添加の方が多いという結果も報告されています4)

フィラメント化が起こった方が、細菌の表面積は大きくなりますから、その間の生合成が続いているなら、当然エンドトキシン量も多くなるような気がします。抗生物質の添加量が少ない方がエンドトキシン量が多いという結果も、細菌の生合成の持続時間と関係があるかもしれません。

抗生物質の違いによるエンドトキシン放出量の違いは、in vitro の実験では明確な違いがでていますが、in vivo の実験ではなかなか複雑なようです。やはり生体内での現象は複雑で、特に、エンドトキシンによる作用は多様で解析が難しいのかもしれません。このあたりの研究は現在も行われているようで、今後、抗生物質の選択と使用方法に関して、新しい考え方が提案されていくのではないでしょうか。

医薬品としての抗生物質中のエンドトキシンは、多くの場合、リムルス試験で測定されています。抗生物質の中には、標準エンドトキシンの活性に影響を与えるもの5)や高濃度ではリムルス試験を阻害するものがあります。しかし、これらの医薬品は、バリデートされた測定条件でエンドトキシンの混入がないことをチェックされた上で製品化されます。

このような抗生物質が、使い方によっては生体内でエンドトキシンの放出を促進するとは、少し皮肉なことかもしれません。ともあれ、感染症における抗生物質療法は非常に重要です。これからは、ただ単に抗生物質を使うだけでなく、効果的に使う方法を確立することが重要かもしれません。

参考文献

  1. 谷 徹編:「抗生物質によるエンドトキシン血症」, (秀潤社), 東京 (1996).
  2. Faist, E.(Ed) : Differential release and impact of antibiotic-induced endotoxin, 1995, Raven Press, New York.
  3. Neu, H. C. : Am. J. Med., 78, 33-40 (1992).
  4. Jackson, J. J. and Kropp, H. : in Differential release and impact of antibiotic-induced endotoxin (Faist, E. (Ed)), p.21-35, 1995, Raven Press, New York.
  5. 土谷正和ら:「エンドトキシン測定法の進歩(玉熊正悦監修)」, p.9-11, (第 1 回エンドトキシン研究会事務局), 横浜 (1996).

関連記事

キーワード検索

月別アーカイブ

当サイトの文章・画像等の無断転載・複製等を禁止します。