炭素材料
炭素材料はC(炭素)のみで構成されていますが、その構造や大きさによって全く異なる特性を示します。これらの材料は多様性に富み、各分野で応用されています。例えば、グラファイトは電極材料や塗料、導電性ペーストなどに用いられ、活性炭は微細な空孔内への吸着によって脱色や不純物を低減する吸着剤となります。これらよりさらに小さなナノ構造体であるフラーレンは、有機薄膜太陽電池の電子受容体としての展開が期待されており、カーボンナノチューブはゴムやプラスチックとの複合材料の素材、半導体の素材、燃料電池等への応用などが進んでいます。
当社ではそれらの用途で活用いただける炭素材料をご紹介しています。
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フラーレン、カーボンナノチューブの構造
フラーレンやカーボンナノチューブ (図1) は、ダイヤモンドやグラファイト(黒鉛)(図2)と同じ“炭素同素体”といい、炭素元素Cのみで作られた化合物です。
フラーレンはサッカーボールやラグビーボールのような球状で中身が空洞の構造を持ちます。また、炭素の数によって様々な種類が存在します。最も代表的な構造は炭素元素60個で構成されたC60ですが、C70やC76,C78など、それよりも大きな構造もあり、一般的にこれらを総称してフラーレンと呼んでいます。一方カーボンナノチューブは、グラフェンを円筒状に丸めた筒状の構造をしており、こちらも中身は空洞です。グラフェンもその直径や層の数によって、様々な種類が存在します。
フラーレン、カーボンナノチューブの発見と歴史
フラーレンとカーボンナノチューブが発見されたのは意外と最近のことです。歴史的に先に発見されたのはフラーレンです。1985年11月にライス大学のH. W. Krotoらの偶然の発見によって、フラーレンはその名を化学界にとどろかせました。もともと彼らは星間物質の研究者でした。星間物質同定を目的として、炭素板に高レーザー光を当て、炭素板をクラスター上に蒸発させてヘリウムガスで冷却するという実験の中で生成物のTOF-MSを確認したところ、質量数720の非常に大きなピークを見つけました。彼らは質量数720の化合物を研究し、5員環と6員環からなるサッカーボール状の球状物質ではないかという結論に至り、その年のNature誌に発表しました 1)。この分子が見つかったとき、有名なドーム建築家フラー(B. Fuller)の名前をとって“フラーレン”と名づけられました 2)。
様々な化学者がフラーレンの合成に挑戦する中で、1990年にマックス・プランク研究所のW. Kratchmerらは、アーク放電法という方法でフラーレンの合成に成功し 3)、一世を風靡しました。これがフラーレン研究の大きな転換期になりました。なぜならアーク放電法は今現在に至っても最も優れたC60フラーレンの製造方法として知られており、これによって安定的にフラーレンを生みだしているからです。
また更なるフラーレン研究のきっかけになったのが、その1年後の1991年に報告されたC60にカリウムをドープしたK3C60のTc=18Kにおける超伝導性の発見です 4)。この高温超電導物性を機にフラーレンの研究が爆発的に増え、年間2,500本ものフラーレンに関する論文が発表された時期もあります5) 。
一方、カーボンナノチューブは、C60が発表された6年後の1991年に飯島澄男教授によって発見されました6)。もともと飯島教授は、C60フラーレンの構造を見つけ出そうとして炭素にアーク放電を当て、そこで生じた“すす”を電子顕微鏡で調べる研究をしていました。研究中にフラーレンを観察していたところ、フラーレンに交じって細長い結晶のようなものが見つかりました。これこそがカーボンナノチューブの発見であったのです。(図3)
C60の発見と金属内包フラーレンの超伝導効果のニュースに触発されたように、当初はあまり注目されていなかったカーボンナノチューブの研究も加速しました。1993年のシングルナノチューブの発見7)、1996年のカーボンナノチューブの大量合成法の確立 8)により一気に注目されるようになり、フラーレンと同様に多くの研究論文が発表されるようになりました。
将来展望など
フラーレン、カーボンナノチューブの登場によって、炭素材料の分野は一気に発展しました。フラーレンやカーボンナノチューブはその特異な形から、どちらも変わった物性をもち、炭素機能材料として極めて有用であることが明らかになってきたのです。
例えば、フラーレンをアルカリ金属でドープすると超伝導体が得られます。ここから高い臨界温度を持った超伝導体の開発へと発展しました。また、光伝導性を持っていることが証明され9)、さらに光増感機能や光誘起整流機能も見出されました。さらに光電変換デバイスなどの光機能材料分野10)にも応用されています。実際に2018年に東京大学の松尾豊教授の研究において、ペロブスカイト型太陽電池にLi+@C60をドープすると、太陽電地の寿命が通常のペロブスカイト型太陽電池に比べて10倍向上したと証明されました11)(図4)。その他にも、フラーレンを蛍光色素とともにリポソームに閉じ込めて、長波長領域の光を照射してがん細胞を死滅させる癌治療が報告 12)されるなど、医療の分野でも注目されています。
磁性分野では、テトラキス(ジメチルアミノ)エチレンとC60の電荷移動錯体TDAE-C60で強磁性が確認されました13)。この特性から次世代メモリーのための高密度記録材料や磁性を活かした医薬品作成への応用が期待されています。(図5)
一方、カーボンナノチューブの材料への応用を語る際に、まず挙げられるのは強度です。カーボンナノチューブは炭素共有結合からなるグラフェンシートを円筒状に丸めた完全性の高い構造を持ち、強度以外にも熱的・化学的安定性に優れています。さらに炭素材料であることから柔軟性にも優れ、ねじれさせても破断することなく原形を保ちます。このような特性を活かして、高い強度が必要となる宇宙航空分野の材料(図6)14)やフレキシブルな医療用カメラなどへの応用が期待されています。15)
その他には、カーボンナノチューブもフラーレンと同じく導電性を示す物質なので、電極を付けてトランジスターとする例16)や、フラーレンと組み合わせた太陽電池17)18)19)など、エレクトロニクスにおける電子デバイスとしての観点からも研究が進められています。
このように、フラーレンやカーボンナノチューブは「炭素でできていて変わった形を持っているのがおもしろい」というだけでなく様々な実用性を兼ね備えた物質なのです。
皆さんの生活にフラーレンやカーボンナノチューブが登場する日もそう遠くないかもしれません。
【参考文献】
- Kroto, H.W., Heath, J.R., O’Brien, S.C., Curl, R.F., and Smalley, R.E.: Nature, 318, 162 (1985).
- 荒木孝二, 明石満, 高原淳, 工藤一秋著,「有機機能材料」, 東京化学同人,2006年, p146
- Kratchmer, W., Lamb, L.D., Fostiropoulos, K., and Huffman, D.R.: Nature, 347, 354 (1990).
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