糖鎖実験

糖鎖は、ヒトのほぼすべての細胞やタンパク質の表面に存在し、それらに何らかの生体機能を付与する働きを担っています。がん、免疫、発生/分化、再生医療、感染症など様々な分野でその重要性が報告されています。
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学術コンテンツ

糖鎖とは?

糖鎖とは糖がグリコシド結合によって鎖状につながった分子であり、核酸・タンパク質に次ぐ、「第三の鎖」と呼ばれています。糖鎖はその結合部位の多さから、核酸やタンパク質と比較してはるかに多様な構造を形成することができます。

生体内の糖鎖は主にタンパク質や脂質と結合しており、それぞれ糖タンパク質、糖脂質と呼ばれています。それぞれの特長は以下の通りです。

糖タンパク質

タンパク質の多くは糖鎖が付加された糖タンパク質であり、特に膜タンパク質や血清中のタンパク質の大半は糖タンパク質です。また長い多糖鎖(グリコサミノグリカン)が1本以上結合しているタンパク質をプロテオグリカンと呼びます。

糖タンパク質の糖鎖は、主に2種類の結合様式(N-結合型/O-結合型)でタンパク質とつながっています。N-結合型(Asn型)と呼ばれる結合様式はAsn-X-Ser/Thr配列のAsn残基にN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)がN-β-グリコシド結合するもので、GlcNAcの他、ガラクトース、フコース、マンノース、シアル酸などで構成されますが、後述のO-結合型で見られるGalNAcはほとんど見られません。一方、O-結合型(ムチン型)はSerあるいはThrにN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)がO-α-グリコシド結合したもので、GalNAc以外にも、ガラクトース、フコース、シアル酸などで構成されますが、N-結合型の構成糖であるマンノースは通常見られません。

糖タンパク質上の糖鎖はタンパク質の物性(溶解性、電荷、安定性、粘性、高次構造、抗凍結性、分解耐性、抗原性の隠蔽)に影響を与えていることが知られています。

糖脂質

真核生物の細胞膜を構成する脂質の多くは糖鎖が結合した糖脂質です。糖脂質はスフィンゴ糖脂質とグリセロ糖脂質に大別されます。スフィンゴ糖脂質はスフィンゴシンと脂肪酸が結合したセラミドと呼ばれる脂質と糖鎖が結合したもので、グリセロ糖脂質はグリセロール骨格に脂肪酸が結合した1,2ジアシルグリセロールと糖鎖が結合したものです。

細胞膜上の糖脂質は前述の糖タンパク質やプロテオグリカンとともに細胞を覆っています。細胞表面上の糖鎖は細胞の種類によって異なり、細胞の識別に利用されています。また糖脂質自体に多様な活性があることが明らかになっており、これまでにタンパク質の活性制御を介して細胞の分化誘導、細胞増殖などを調節していることが報告されています。

糖鎖は「細胞の顔」

真核生物の細胞は糖鎖に覆われており、その構成は細胞の種類や性質によって異なることから、糖鎖は「細胞の顔」と呼ばれています。

実際、生物は糖鎖を利用して細胞の認識や識別を行っています。例えば精子は卵子の表面に存在する糖タンパク質を利用して卵子とそうでない細胞を識別します。また病原体に感染すると内皮細胞は細胞膜表面にレクチンを発現し、好中球の表面糖鎖を識別します。これによって選抜された好中球は感染部位へ遊走します。さらに分化細胞(体細胞)と未分化細胞(ES細胞、iPS細胞)では細胞表面の糖鎖構造が大きく異なることも明らかになりました。

また糖鎖には個体による違いもあり代表的なものは血液型です。ABO式血液型は赤血球表面などから出ている糖鎖の構造の違いによって規定されています。血液型が異なるヒト同士で臓器移植を行うと細胞の顔が異なるため拒絶反応が引き起こされます。

細胞表面上の糖鎖は、病原体やがんとも深く関連しています。例えばインフルエンザウイルスの膜表面に存在するヘマグルチニンは細胞表面の糖鎖(シアル酸)に結合し、細胞内に侵入してきます。またがん細胞の糖鎖構成は正常細胞のそれとは異なり、がん化によって増大する特定の糖鎖構造ががんの転移能を高めるという報告もあります。

細胞の顔としての糖鎖を利用することで、特定の細胞を検出したり、除去したりすることが可能になると言われており、特定の糖鎖を認識する抗糖鎖抗体やレクチンの開発が進んでいます。

参考文献

糖鎖工学編集委員会:「糖鎖工学」 (産業調査会) (1992).
ブルース・アルバーツ、中村桂子 松原謙一 監訳:「Essential細胞生物学 (原書第2版)」 (南江堂) (2005).
成松久:Synthesiology, 5(3), 190 (2012).