一次抗体 (神経科学)

神経科学分野の発展に伴い神経発生や神経疾患における重要分子の存在が明らかになってきました。このような重要分子の機能解析から発生や疾患のメカニズムを明らかにするうえで抗体実験は必須です。当社はIba1やBDNF、あるいはアミロイドβ (Aβ) といった神経科学分野の研究において重要な分子に対する高性能抗体を提供しています。

学術コンテンツ

神経科学の各研究分野において重要とされる因子を以下に紹介します。

グリア細胞

ミクログリア

グリア細胞の1種であるミクログリアは、中枢神経系に侵入した異物(ウイルスなど)や死んだニューロンなどを除去する細胞で、免疫系のマクロファージと同様の役割を担っています。 Iba1 (Ionized calcium binding adaptor molecule 1) は中枢神経系においてミクログリア特異的に発現するタンパク質1)で、ミクログリアマーカーとして広く使用されています。特に当社の抗Iba1抗体(ウサギ)は世界中の研究者に愛用されています。

神経膠腫 (グリオーマ)

神経膠腫(グリオーマ, glioma)はグリア細胞(神経膠細胞)から発生するがんで、原発性脳腫瘍の中でも最も頻度の高い(約30%)ものです2)。 2016年5月に刊行された新しいWHO脳腫瘍分類(WHO Classification of Tumours of the Central Nervous System, revised 4th edition)では、グリオーマの病理学的分類に腫瘍組織の分子遺伝学的分類にもとづく分子診断がほぼ必須となっており、 IDH(isocitrate dehydrogenase) 1 遺伝子や IDH2 遺伝子、ATRX 遺伝子、p53遺伝子の変異および染色体1p/19q共欠失(1番染色体短腕および19番染色体長腕が欠失している)の有無で分類されます。
またIDH遺伝子変異、1p/19q共欠失が見られる神経膠腫のほぼ全てで見られる変異として、 TERT(Telomerase Reverse Transcriptase) のプロモーター領域の変異が報告されています。

神経・精神疾患

アルツハイマー病

認知症は記憶障害、失語、失行、実行機能障害など認知機能の低下をもたらす疾患です。認知症にはアルツハイマー病、レビー小体型認知症、血管性認知症等、いくつか種類がありますが、アルツハイマー病が最も多いとされています。アルツハイマー病は死後脳の老人斑 (アミロイドβが凝集・蓄積した不溶性の沈着物) と、神経原線維変化を病理学的特徴とする疾患で、1906年にAlois Alzheimerによって報告されました。アルツハイマー病発症の分子メカニズムは未だ解明されていませんが、発症の数十年前からアミロイドβ(Aβ) が脳内に徐々に蓄積し、続いて微小管結合タンパク質であるTauタンパク質、特にりん酸化Tauタンパク質が神経原線維変化を引き起こし、最終的に神経細胞障害を引き起こすことで発症するという説が有力とされています。

パーキンソン病

パーキンソン病は静止時振戦、固縮、無動、姿勢反射障害の症状を示す疾患で、自律神経障害や認知機能障害も現れます。レビー小体と呼ばれる構造体の出現と、それに伴う黒質、青斑核の神経細胞脱落が特徴です。レビー小体は りん酸化α-シヌクレインタンパク質を含んでおり、α-シヌクレインの蓄積が発症に関与しているとされています。

うつ病

うつ病は大うつ病性障害とも呼ばれ、いわゆる憂うつな状態が長期に渡って続くという気分障害の一種です。うつ病の発症メカニズムには様々な説が存在し、脳内のモノアミン (セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン) 濃度の低下を原因とするモノアミン仮説が以前から提唱されており、セロトニントランスポーターに対する阻害剤(SSRI)が治療薬の第一選択肢となっています。
またこれまでの研究で、脳由来神経栄養因子 (Brain-Derived Neurotrophic Factor/BDNF) がうつ病患者では血清中のBDNFが健常者に比べて優位に低値であること、またうつ病の重症度と血清BDNF濃度に相関があること、抗うつ薬により血清BDNF濃度が増加することが報告されており、BDNFはうつ病の疾患マーカーとしても期待されています。

血液脳関門

血液脳関門 (Blood-brain Barrier / BBB)は血液と脳における物質の交換を調節する機構です。異物が脳へ侵入することを防いでくれる半面、薬剤が脳に到達するのを妨げてしまうため、目的の薬剤を脳に届けるには血液脳関門を通過できるような処理が必要です。 Claudin-5は血液脳関門に発現する約 23kDa の4回膜貫通タンパク質で、Claudin-5に対する中和抗体は血液脳関門細胞モデルでのバリア機能を下げることが明らかになっています3)

神経マーカー

視細胞

網膜で受容された光は、視細胞(桿体細胞、錐体細胞)で膜電位応答に変換され、双極細胞、神経節細胞、視神経を経て脳へ電気信号が伝達されます。視神経の発達に関わるタンパク質や視神経の先端部(絨毛)に局在するタンパク質は視細胞のマーカータンパク質として利用されています。

嗅覚神経

嗅覚では主に揮発性の化学物質を受容し、そのシグナルを電気信号に変換して伝達します。嗅覚神経のマーカータンパク質として知られるOlfactory Marker Protein (OMP)は脊椎動物の成熟嗅覚神経に発現する可溶性酸性タンパク質で、嗅覚シグナルの伝達経路に関与しています4)

参考文献

  1. Ito, D., Imai, Y., Ohsawa, K., Nakajima, K., Fukuuchi, Y. and Kohsaka, S. : Molecular brain research, 57(1), 1(1998).
  2. https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/brain_tumor_translational_research/project/020/20170907102931.html 国立がん研究センター (2021年4月2日閲覧).
  3. Hashimoto, Y., et al.: J. Pharmacol. Exp. Ther., 363(2), 275 (2017).
  4. Koo, J. H., et al.: J. Neurochem., 90, 102 (2004).