初期化/リプログラミング試薬
人工多能性幹細胞 (iPS細胞) は、特定の転写因子を人工的に発現させ、体細胞を初期化・リプログラミングすることで得られる多能性幹細胞 (PSC) のひとつです。iPS細胞は、再生医療研究のみならず、発生学の基礎研究や創薬研究においても利用されています。
SRV™ iPSC Vectorシリーズは、持続発現型センダイウイルス (SeVdp) を改良して開発されたベクターに、ヒト体細胞の初期化因子を搭載したiPS細胞樹立用試薬です。SRV™はRNAベクターのため染色体への挿入が生じず、細胞質で各種因子を安定して発現した後、RNA干渉によるベクター消去が可能です。
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ヒトiPS細胞の作り方:創薬/再生医療研究について
1. iPS細胞とは?
1-1. iPS細胞と山中伸弥教授
皮膚の線維芽細胞や血液中の単核球などヒトの体細胞に対し、いくつかの因子を細胞へ導入することで、多能性幹細胞へ変化させることができます。多能性幹細胞は、別の細胞に分化する能力をもち、かつ自己複製する性質があります。
これは「人工多能性幹細胞」と呼ばれ、英語では「induced pluripotent stem cell」と表記されます。日本では略して「iPS細胞」と呼ばれています。iPS細胞は、京都大学の山中伸弥教授のグループが初めて作製に成功しました。その成果は、2006年8月25日の米学術雑誌Cellに山中教授と当時特任助手だった高橋和利氏らによる論文として発表されました1)。
細胞を分化した状態から多能性を持った状態に変化させることを「初期化」といいます。山中伸弥教授らが開発したiPS細胞は、再現性が高く、作製が比較的簡単であったことから、医学・生命科学の研究に大きなブレークスルーを与えました。山中教授はiPS細胞発見の功績を認められ、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
1-2. iPS細胞と4つの遺伝子
山中伸弥教授らは、4種類の転写因子「Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc」を細胞へ導入することで、マウスの体細胞からiPS細胞を作製したことを2006年に報告しました。その後、同じ4つの因子を用いて、成人のヒト真皮線維芽細胞からiPS細胞が作成できることを2007年に発表しました2)。Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つの転写因子は、現在「山中4因子」と呼ばれています。
ヒトiPS細胞は、形態、増殖、表面抗原、遺伝子発現、多能性細胞特異的遺伝子のエピジェネティックな状態、テロメラーゼ活性において、ヒト胚性幹 (ES) 細胞と類似しており、ヒトの身体を構成する細胞へ分化できる能力を持っています。
山中4因子の一つc-Mycは、がん原遺伝子として知られており、作成時に導入したc-Mycが活性化することで、腫瘍が引き起こされる可能性がiPS細胞の発見時から指摘されていました。現在は研究が進み、c-Mycの代替因子としてL-MycやGLIS1など腫瘍形成がほとんどなく、かつ作製効率や多能性も高い別の因子が用いられるようになってきています。
2. ヒトiPS細胞の作り方/作成方法
ヒトiPS細胞の樹立方法は複数あります。ここでは以下の3種類を用いた方法をそれぞれ紹介します。
- ステルス型RNAベクター (Stealth RNA Vector; SRV)
- レトロウイルスベクター (Retrovirus Vector)
- エピソーマルベクター (Episomal Vector)
レトロウイルスとエピソーマルベクターを用いたiPS細胞の樹立プロトコルについては、京都大学iPS研究所 (CiRA) のサイトで公開されている内容を紹介します3)。
2-1. ステルス型RNAベクター (SRV) を用いたヒト皮膚線維芽細胞由来iPS 細胞の樹立方法
ステルス型RNAベクターは、細胞質内で安定して遺伝子を発現するマイナス1本鎖RNAです。ここでは、ときわバイオ社のSRV™ iPSC Vectorを用いたプロトコルを述べます。
SRV™ iPSC Vectorは、持続発現型センダイウイルス (SeVdp) を改良して開発されたベクターに、予めヒト体細胞の初期化因子が搭載されています。
SRV™ iPSC Vectorシリーズの特長は、2種類のベクター消去方法にあります。ひとつめはsiRNA (siTB1) を細胞へトランスフェクションし、細胞内の残存ベクターを消去します。ふたつめは、細胞のmiR-302の発現に応答して自動的にベクターが消去されます。SRV™ iPSC Vectorは複数の製品があり、製品によって選択できる除去方法は異なります。製品の詳細はときわバイオ社の製品ページを参照ください。
ヒト皮膚線維芽細胞をSRV™ iPSC-4 Vectorを用いて初期化するプロトコルの流れを下記します。
- 繊維芽細胞を培養し、SRV™ iPSC-4 Vectorを添加する。添加するベクター量のMOI (multiplicity of infection; 多重感染度) は3です。
- コーティングプレートにiPS細胞用培地を添加し、そこへ感染細胞を播種する。
- 播種から15日後にコロニーをピックアップし、コロニーが大きくなるまで継代培養する。
- 目的の細胞数に達したらSRV™ iPSC-4 Vectorが除去されているかRT-PCRで確認する (SRV™ iPSC-4 Vectorは細胞のmiR-302の発現に伴い自動消去されます)。また、免疫染色やフローサイトメトリーでヒトiPS細胞のマーカーが発現しているか確認する。
ヒト皮膚繊維芽細胞の初期化プロトコル以外にも、「ヒト末梢血単核球・単球からのiPS細胞誘導プロトコル」と「ヒトCD34陽性細胞からのiPS細胞誘導プロトコル」が公開されています。ときわバイオ社のプロトコルページをご参照ください。
2-2. レトロウイルスを用いたヒト線維芽細胞由来iPS細胞の樹立方法
レトロウイルスを用いたヒトiPS細胞の樹立方法は、マウスiPS細胞の作製方法を部分的に改変されたものです。大きな特徴として、マウスエコトロピックレセプター (Slc7a1) をあらかじめレンチウイルスを用いて導入し、そこにレトロウイルスで初期化因子を導入する点が挙げられます。これは遺伝子の導入効率と実験者の安全性を高めるためです。
こちらのプロトコルで使用するベクター・細胞は、①pMXsレトロウィルスベクターおよびPLAT-Eパッケージング細胞、②OCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC発現用レトロウイルスベクター、③マウスSlc7a1発現用レンチウイルスベクター、④フィーダー細胞、⑤293FT細胞、⑥線維芽細胞などです。
下記はプロトコルの主な流れです。
- 線維芽細胞を培養する (継代を行う際は高密度で)
- 293FT細胞を用いてレンチウイルスを作製し、線維芽細胞へ感染 (マウスSlc7a1遺伝子を発現させる) させる
- フィーダー細胞およびPLAT-Eパッケージング細胞を調製する
- レトロウイルスを作製する
- 2.で作成したマウスSlc7a1を発現した線維芽細胞へ4.で作成したレトロウイルスを感染させる (10日間程度)
- Mitomycin C処理したフィーダー細胞上に5.で作成した線維芽細胞を継代する
- 培養を続けiPS細胞のコロニーを回収する (播種から25-30日間)
2-3. エピソーマルベクターを用いたヒト末梢血単核球 (T細胞) 由来iPS細胞の樹立方法
ヒト末梢血単核球にエピソーマルベクターを用いて初期化因子を導入することで、ゲノムへ遺伝子が挿入されることなくiPS細胞を作製できます。末梢血には赤血球や顆粒球、血小板など複数の細胞が含まれているため、末梢血から単核球をあらかじめ精製しておきます。末梢血単核球からiPS細胞を誘導する場合は、T細胞、CD34陽性細胞、幹前駆細胞からiPS細胞を作製する場合が多いです。
ここでは、末梢血単核球の大部分を占めるT細胞を用いてiPS細胞を誘導する方法を紹介します。主にαβT細胞がiPS細胞へ誘導されます。
こちらのプロトコルで用いるベクターおよび細胞は、①OCT3/4、SOX2、KLF4、L-MYC、LIN28、p53-shRNA、EBNA1発現用ベクター、②MEFフィーダー細胞、③SNLフィーダー細胞、④ヒト血液細胞です。
以下は主なプロトコルの流れです。
- Ficollまたはバキュテイナを用いて単核球を分離する
- Mitomycin C処理したMEFフィーダー細胞をプレートに播種する
- T細胞にエレクトロポレーション法でプラスミドを導入し、MEF細胞を播種したウェルに添加する
- 培地交換しながら培養する
- iPS細胞のコロニーを回収する (播種から20-30日間)
3. iPS細胞と再生医療
再生医療とは、疾患や事故により障害された機能を、iPS細胞などから分化させた細胞や臓器などを用いて回復させることを目的とした治療法です。
例えば、糖尿病であればインスリンを分泌する膵β細胞を、脊髄損傷などの障害に対しては神経細胞を作製・移植します。
iPS細胞を使った再生医療として、2014年に加齢黄斑変性の患者へ自己体細胞から作製したiPS細胞由来の網膜細胞を移植する臨床研究が開始されました4)。また、2018年に再生医療用iPS細胞由来のドーパミン神経前駆細胞をパーキンソン病の患者へ移植する治験が始まりました5)。
国内外の研究成果において、iPS細胞から血球細胞、神経細胞、心筋組織など様々な細胞や組織に分化することが報告されています。しかし、本来臓器はそれぞれ一定の3次元構造を持ち、複数の細胞が立体的に相互作用しながら機能しています。細胞そのものは臓器の一部でしかありません。
iPS細胞から立体構造を持った臓器をつくる研究も行われており、ミニ肝臓6)やミニ多臓器 (肝臓・胆管・膵臓) の作製に成功した報告7, 8)があります。しかし、ヒトの生体で機能する臓器を再現した報告はまだ存在しません。
今後、種々の細胞への分化方法の確立、細胞プリンター、その他の先進技術の発展により、iPS細胞を用いた再生医療の実現が期待されています。
4. iPS細胞と創薬研究
患者由来の細胞から作製されたiPS細胞を用いる研究は、病態を忠実に反映したモデルと考えられます。iPS細胞の樹立方法が誕生する以前は、ヒトの生体試料やマウスなど動物を用いて創薬研究が行われていました。しかし、ヒト生体試料は入手が難しく、入手できたとしても分化細胞を増殖培養するのは困難であり、限られた検体で実験を進めるしかありませんでした。一方、ヒト試料の代わりに動物細胞を用いる方法がありますが、やはりヒトと他の動物の細胞には差異があり、動物細胞の実験結果をそのままヒトへ適用することはできません。ヒト患者由来から作製したiPS細胞は、細胞を増殖できるだけでなく、ヒトの細胞でもあるため、これまでよりも短時間で有用な研究データを取得できる可能性があります。
例えば、iPS細胞から心臓や肝臓の細胞へ分化させ、そこへ候補薬剤を添加することで、薬剤毒性・安全性を調べるスクリーニングを行えます。薬剤の効果および副反応には個人差がありますが、遺伝的に多様な複数の患者のiPS細胞株を樹立できれば、薬剤の人体への影響を広く検証できます。
このように、iPS細胞は再生医療用途だけでなく、創薬研究ツールとしても活用されています。2017年にはFOP (進行性骨化性線維異形成症) の候補薬の治験8)、2019年には筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 患者を対象とした創薬治験9)、2020年には家族性アルツハイマー病患者を対象とした創薬治験10)が開始されました。iPS細胞を用いた疾患研究により、現在は治療法のない疾患の治療薬が開発され、多くの患者が救われることが期待されています。
参考文献
- Takahashi K, Yamanaka S. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell. 2006 Aug 25;126(4):663-76. doi: 10.1016/j.cell.2006.07.024. Epub 2006 Aug 10. PMID: 16904174.
- Takahashi K, Tanabe K, Ohnuki M, Narita M, Ichisaka T, Tomoda K, Yamanaka S. Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell. 2007 Nov 30;131(5):861-72. doi: 10.1016/j.cell.2007.11.019. PMID: 18035408.
- 京都大学 iPS 細胞研究所. ヒトiPS 細胞の樹立方法.
- Mandai M, Watanabe A, Kurimoto Y, Hirami Y, Morinaga C, Daimon T, Fujihara M, Akimaru H, Sakai N, Shibata Y, Terada M, Nomiya Y, Tanishima S, Nakamura M, Kamao H, Sugita S, Onishi A, Ito T, Fujita K, Kawamata S, Go MJ, Shinohara C, Hata KI, Sawada M, Yamamoto M, Ohta S, Ohara Y, Yoshida K, Kuwahara J, Kitano Y, Amano N, Umekage M, Kitaoka F, Tanaka A, Okada C, Takasu N, Ogawa S, Yamanaka S, Takahashi M. Autologous Induced Stem-Cell-Derived Retinal Cells for Macular Degeneration. N Engl J Med. 2017 Mar 16;376(11):1038-1046. doi: 10.1056/NEJMoa1608368. PMID: 28296613.
- 京都大学 iPS 細胞研究所. 「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」における第一症例目の移植実施について. 2018年11月9日.
- 京都大学 iPS 細胞研究所. CiRA、武田薬品、横浜市立大学が iPS細胞研究の新たなプロジェクトに関する共同研究契約を締結. 2016年11月9日.
- Takebe T, Sekine K, Enomura M, Koike H, Kimura M, Ogaeri T, Zhang RR, Ueno Y, Zheng YW, Koike N, Aoyama S, Adachi Y, Taniguchi H. Vascularized and functional human liver from an iPSC-derived organ bud transplant. Nature. 2013 Jul 25;499(7459):481-4. doi: 10.1038/nature12271. Epub 2013 Jul 3. PMID: 23823721.
- Koike H, Iwasawa K, Ouchi R, Maezawa M, Giesbrecht K, Saiki N, Ferguson A, Kimura M, Thompson WL, Wells JM, Zorn AM, Takebe T. Modelling human hepato-biliary-pancreatic organogenesis from the foregut-midgut boundary. Nature. 2019 Oct;574(7776):112-116. doi: 10.1038/s41586-019-1598-0. Epub 2019 Sep 25. PMID: 31554966; PMCID: PMC7643931.
- 京都大学 iPS 細胞研究所. iPS細胞を用いたヒト体節発生のモデル化と進行性骨化性線維異形成症の病態解析. 2018年8月24日.
- 京都大学 iPS 細胞研究所. 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者さんを対象とした ボスチニブ第1相試験のご報告 ~ALS進行停止を目指すiDReAM Study~. 2021年10月1日.
- 京都大学 iPS 細胞研究所. 家族性アルツハイマー病を対象とした治験開始について. 2020年6月4日.