ニトロソアミン類試験
ニトロソアミン類は、アミン窒素上の水素がニトロソ基に置換された構造(R2N-N=O)を持つ化合物群で、少なくとも一部の化合物は発がん性を持つことが知られています。工業的には可塑剤・添加剤などに広く用いられていることから、工業廃水に含まれるとされ、環境省による「水環境保全に向けた取組のための要調査項目リスト」に指定されています。
ニトロソアミン類は二級アミンと亜硝酸の反応物としても生成されるため、医薬品の製造過程において不純物として検出されることがあり、ICH M7 (潜在的発がんリスクを低減するための医薬品中 DNA 反応性 (変異原性)不純物の評価及び管理)で管理されています。近年では、サルタン系、ラチニジン系医薬品からニトロソアミン類が検出され、回収される事案がありました。これを受け、国内では厚生労働省より「医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検について」が通達されています。
本通達では、9種のニトロソアミン類の許容摂取量が定められていますが、その他のニトロソアミン類についてはがん原性データや類似構造化合物のデータを参考に許容摂取量を設定する事とされており、その評価方法は欧州医薬品庁 (European Medicines Agency; EMA)やアメリカ食品医薬品局 (Food and Drug Administration; FDA)のガイダンスを参照する事とされています。
最近では上記9種のニトロソアミン類以外にも、がん原性データがないものやニトロソアミン原薬関連不純物 (Nitrosamine drug substance related impurities; NDSRI)の検出も懸念されています。
これを受け、2023年7月7日にEMAのニトロソアミン類のガイドラインである EMA/409815/2020 が改訂され、新しい評価方法「Carcinogenic Potency Categorization Approach (CPCA)」が提示されました。
CPCAはニトロソアミン類の発がん性がニトロソ基のα位の炭素に起因すると仮定し、ニトロソアミン類をN-ニトロソ基のα位炭素上の水素原子の数や構造的特長から5つのPotency categoryに分類し、許容摂取量を算出する手法です。
当社では、様々な構造をもつニトロソアミン類の標準品・混合標準液を幅広く揃えております。※1
厚労省 自主点検について
自主点検の基本的な考え方1)
医薬品中に混入するニトロソアミン類の限度値 (2024年7月時点)
①既知のニトロソアミン類が1種類確認された場合
下記表に示した許容摂取量を適用する。
ニトロソアミン類 | 許容摂取量※ (ng/日) |
---|---|
NDMA | 96.0 |
NDEA | 26.5 |
NMBA | 96.0 |
NMPA | 34.3 |
NIPEA | 26.5 |
NDIPA | 26.5 |
MNP | 26.5 |
NDBA | 26.5 |
NMOR | 127 |
※げっ歯類のTD50値(腫瘍発生率が 50%となる用量)等から算出。10万分の1という理論上の発がんリスクに相当する変異原性不純物の1日摂取量。
②新規のニトロソアミン類が1種類確認された場合
げっ歯類を用いたがん原性試験データが存在する場合はICH M7 (R1) を参考に一生涯曝露を想定した限度値を設定する等、がん原性試験データを利用出来ない場合は構造活性相関又は遺伝毒性試験に基づき限度値を設定する等、科学的に妥当な方法で限度値を設定する。
③2種類以上のニトロソアミン類が確認された場合
10万分の1という発がんリスクを超えないよう、科学的に妥当な方法で限度値を設定する。
例)
- 検出された全てのニトロソアミン類の1日摂取量の合計が、検出されたニトロソアミン類の中で最も強い発がん性を示すものの許容摂取量を超えないように設定する方法。
- 検出された全てのニトロソアミン類の発がんリスクの合計が、生涯過剰発がんリスクとして10万分の1を超えないように設定する方法。
※ ニトロソアミン類の既知 (潜在的リスクのあるものを含む)の混入原因 (root causes)、混入リスク評価方法、分析方法開発の原則等については、EMA又はFDAのガイダンスを参照する。
EMA CPCAにおける許容摂取量の算出方法
Potency categoryを予測するフローチャート
水素を有しているか?
許容摂取量=1,500 ng/day
複数の水素を有しているか?
許容摂取量=1,500 ng/day
第三級か?
許容摂取量=1,500 ng/day
許容摂取量=1,500 ng/day
許容摂取量=400 ng/day
許容摂取量=100 ng/day
許容摂取量=18 ng/day
※1 N-ニトロソ基に隣接した1番目の炭素
※2 下記参照
Potency scoreの算出方法
Potency score = α-Hydrogen score + Deactivating feature score※ + Activating feature score※
α-Hydrogen score
両側のα位の炭素に存在する水素の数 | α-Hydrogen score |
構造式例 |
---|---|---|
0, 2 | 3※ | |
0, 3 | 2 | |
1, 2 | 3 | |
1, 3 | 3 | |
2, 2 | 1 | |
2, 3 | 1 |
Deactivating feature score
不活性化に起因する構造 | Individual deactivating feature score |
構造式例 |
---|---|---|
分子中にカルボキシル基を有する | +3 | |
ピロリドン環中にN-ニトロソ基を有する | +3 | |
1つ以上の硫黄を含む六員環中にN-ニトロソ基を有する | +3 | |
五員環/六員環中にN-ニトロソ基を有する※1 | +2 | |
モルホリン環中にN-ニトロソ基を有する | +1 | |
七員環中にN-ニトロソ基を有する | +1 | |
環式/非環式のN-ニトロソ基の両側に5個以上の連続した非水素原子鎖を有する (環式の場合は4個以上の原子は同じ環に存在してはならない) |
+1 | |
環式/非環式のN-ニトロソ基の片側だけに電子吸引基※2の結合したα位の炭素を有する | +1 | |
環式/非環式のN-ニトロソ基の両側に電子吸引基※2の結合したα位の炭素を有する | +2 | |
環式/非環式のN-ニトロソ基の片側だけにヒドロキシ基の結合したβ位の炭素※3を有する | +1 | |
環式/非環式のN-ニトロソ基の両側にヒドロキシ基の結合したβ位の炭素※3を有する | +2 |
Cross, K. P. and Ponting, D. J.: Comput Toxicol., 20, 100186 (2021).
Activating feature score
活性化に起因する構造 | Individual activating feature score |
構造式例 |
---|---|---|
N-ニトロソ基の片側/両側にアリール基が結合したα位の炭素 (例. ベンジル基、擬ベンジル基)を有する | -1 | |
環式/非環式のN-ニトロソ基の片側/両側にメチル基が結合したβ位の炭素を有する | -1 |
N-NitrosolorcaserinのCPCAを用いた許容摂取量の算出例
N-NitrosolorcaserinはN-ニトロソ基の両側のα位の炭素に複数の水素を有している(第三級でない)為、Potency scoreを算出する必要があります。下記のようにPotency scoreを算出したところ、Potency score = 1となり、Potency category 1に分類された為、許容摂取量は18 ng/日と算出されました。
α-Hydrogen score
両側のα位の炭素に存在する水素の数 | α-Hydrogen score |
該当構造部分 |
---|---|---|
2, 2 | 1 |
Deactivating feature score
不活性化に起因する構造 | Individual deactivating feature Score |
該当構造部分 |
---|---|---|
七員環中にN-ニトロソ基を有する | +1 |
Activating feature score
活性化に起因する構造 | Individual activating feature score |
該当構造部分 |
---|---|---|
環式/非環式のN-ニトロソ基の片側/両側にメチル基が結合したβ位の炭素を有する | -1 |
Potency score = 1 + 1 - 1 = 1
水素を有しているか?
許容摂取量=1,500 ng/day
複数の水素を有しているか?
許容摂取量=1,500 ng/day
第三級か?
許容摂取量=1,500 ng/day
許容摂取量=1,500 ng/day
許容摂取量=400 ng/day
許容摂取量=100 ng/day
許容摂取量=18 ng/day