有機エレクトロニクス材料

有機エレクトロニクスとは、有機半導体などの電子デバイスに代表される電子の性質を利用した技術の総称です。有機物をプラスチック基板に印刷または塗布してデバイスを作成するので、柔らかく軽くてフレキシブルです。このような技術の開発が進めばディスプレイやウェアラブル製品などへの適用が期待されます。当社では有機トランジスタや有機ELから太陽電池に活用できる各種の機能性材料をご紹介しています。

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有機半導体の歴史

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固体の有機物は電気を通さないものと考えられてきましたが、1906年にPochettinoらによって、光を当てると電気を通す光伝導性が発見されました。これが歴史に有機半導体が出てきた最初の発見です。次に、井口洋夫が1948年にビオラントロンなどの多環芳香族化合物中をπ電子が流れることを発見し1950年に発表しました。その後も研究が続けられ、1954年にビオラントロンなどのπ電子が豊富にある化合物が有機半導体と総称されました。また、白川英樹らは1977年にポリアセチレンの電気伝導度を高めるためにハロゲンをドープしたところ、極めて高い電気伝導度を示すことを発見し、ノーベル化学賞を受賞しました。さらに、1989年には住友化学やケンブリッジ大学などで、共役系高分子を用いた初めての高分子有機EL発光が観測されました。当初、外部量子効率は0.1%以下、寿命も数分間でしたが、その後の開発によって外部量子効率は蛍光材料で5~10%、寿命は数万時間、さらに赤・緑・青の三原色の他に白色も実現されました。

有機半導体と無機半導体との比較

炭素原子の電子軌道
けい素原子の電子軌道

有機半導体分子と無機半導体分子の骨格を形成するCとSiは周期表の同じ族におり、結合様式に共通があります。C原子は1s軌道と2s軌道にそれぞれ2個、2p軌道に2個の電子を有します。対するSi原子は1s軌道と2s軌道にそれぞれ2個、2p軌道に6個で3s軌道に2個、3p軌道に2個の電子を有しています。エネルギー的には同じ殻のsとp軌道は近く、内殻の軌道は遠いので他の原子と結合する場合にはsとp軌道からなる混成軌道を形成します。有機半導体中のCと無機半導体中のSiはそれぞれs軌道とp軌道をsp3、sp2、spと混成して結合できます。対する有機半導体はsp3混成軌道の骨組みを形成し、π電子がビオラントロンのような共役系を構成しています。このような有機化合物の性質を明らかにするために多くの有機化合物が紫外線電子分光(UPS)で測定されました。
有機半導体は原子が結合して分子となり、分子が互いに弱い相互作用で集まっている分子性固体なので、溶液の塗布など比較的簡易な方法で作成することができるほか、フレキシブルな材料も作製できます。一方、SiCに代表される無機半導体では原子が直接結合して無機固体となります。無機半導体ではブリッジマン法やチョクラルスキー法を適用した単結晶が作成され、個々の原子の性質は直接固体性質に反映されることはありませんが、有機半導体では分子の性質が固体の中に維持されています。

有機半導体材料(低分子系、高分子系)の特長

有機半導体デバイスは軽量、フレキシブルという特徴を有し、作製プロセスにおいても印刷法などの大面積・低温プロセスが導入できるため、低コスト化が実現できます。そのような背景の中、有機薄膜トランジスタ(有機TFT)や、有機EL、液晶、電子ペーパーなどフレキシブル表示デバイスの駆動素子として注目されています。有機TFTに用いられる有機半導体材料は、大きく高分子半導体と低分子半導体に分けられます。どちらにおいても、塗布成膜が可能な有機半導体の開発が進められています。代表的な高分子半導体(Fig.1)としては、柔軟なアルキル鎖などを側鎖に導入することで可溶性が付与されたポリアルキルチオフェンやポリパラフェニレンビニレン(PPV)、ポリフルオレン(PFO)、ポリパラフェニレン(PPP)、ポリビニルカルバゾールが挙げられます。対する低分子半導体(Fig.2)は、トリス(8-キノリノラト)アルミニウム(Alq3)、ジ-2-ナフチル-N,N'-ジフェニルベンジジン(NPB)が挙げられます。

Fig.1 高分子系有機半導体の代表例
Fig.2 低分子系有機半導体の代表例

高分子半導体は、スピンコート法などで均一な半導体薄膜が容易に作成できます。低分子系半導体の場合は、アルキル基などを分子構造に導入することで可溶性となります。低分子系半導体は高分子半導体に比べて分子設計の自由度が高く、様々な分子構造が検討されています。
素子間の特性のバラつきを低く抑えるためには、薄膜形成条件の最適化が重要になります。この際、低分子系半導体では結晶化傾向が非常に高くなり、塗布膜には大きな結晶粒ができます。さらに結晶粒間の大きなクラックも形成されやすいです。この点においては、高分子半導体が優位となります。高分子半導体は均一な薄膜形成が容易であるため、素子特性も均一になると期待されます。
高分子半導体は応用面で将来性が非常に高い材料ですが、高い移動度を示す報告例は少ないです。高分子半導体のなかで最も広く研究されてきたpoly(3-hexylthiophene -2,5-diyl)(P3HT)の移動度は、トップコンタクト型のペンタセンTFTにおいても0.1 cm2/Vs 程度しかありません。これはペンタセンTFTの移動度より一桁小さい数値です。その他には高移動度を示す液晶性の高分子も報告されています。

Fig.3 広く研究されているP3HTの構造

有機半導体が組み込まれた製品とその特長

有機半導体を用いた製品としては、有機電界効果トランジスタ、有機発光ダイオード、有機太陽電池、有機フォトダイオードが挙げられます。

有機電界効果トランジスタのイメージ図

有機電界効果トランジスタは、低分子、オリゴマー、ポリマーなどの有機半導体を活性層とした電界効果トランジスタのことであり、電流を流す・流さないを制御するスイッチング回路や信号処理回路として用いられます。その用途は多岐にわたり、フレキシブル性の大きさも相まってアクティブマトリックスディスプレイの駆動回路、バイオ・医療センサ、アクチュエータ、RFIDタグなどとして実用化が目指されています。真空蒸着や溶液塗布の低コストかつ大面積化が可能となってきており、無機半導体のアモルファスシリコンを超えるキャリア移動度が達成されています。

有機ELのイメージ図

有機発光ダイオードは有機ELと呼ばれ、電流を流すと発光する素子です。有機EL素子は100 nm程度の有機薄膜を電極で挟み込んだ構造からなり、電気エネルギーを光エネルギーに変換できる発光素子です。電極から有機薄膜に電流を流すことによって、無機LEDと同様に、電子とホールが有機薄膜中で再結合します。有機薄膜中の一部の有機分子が高いエネルギー状態である励起状態になり、生成された励起状態が基底状態に遷移する際にエネルギーを光として放出します。有機薄膜は異なる材料(ホール輸送層、発光層、電子輸送層など)の機能の異なる積層で構成されており、容易に電流を有機薄膜に流して効率よく電子とホールを再結合させ、発光効率を高めることが可能になります。応用例に有機ディスプレイや有機EL照明があります。

有機太陽電池のイメージ図

有機太陽電池は、太陽光を吸収して電気エネルギーに変換するデバイスです。順序は、①太陽光の吸収による励起子の形成、②励起子の解離による電子と正孔の生成、③電子及び正孔の電極までの移動と取り出し です。電層の厚さは100~300 nm程度で、通常の結晶系シリコン太陽電池の約1/1000の超薄膜であることが最大の特長です。軽量、省資源、低コスト、透明、フレキシブル、印刷による大量生産などの利点がありますが、変換効率や成膜技術に関する課題もあります。材料の多様性や低コスト、カラフルといったメリットもある反面、耐久性や変換効率も課題です。応用例として、色素増感太陽電池や有機薄膜太陽電池があります。

CMOSイメージセンサーのイメージ図

有機フォトダイオードは無機半導体のシリコン系を用いてCCDとCMOSイメージセンサーとして結実し、デジカメに用いられることで、カラーフィルムに代わって大きく躍進しました。フォトダイオードは太陽電池と同じで、p-n結合を利用して光電変換がなされます。有機フォトダイオードもドナーとアクセプター(フラーレン)からなるバルクヘテロ結合構造が基本形です。ドナーの高分子半導体とアクセプターには各々ポリチオフェン誘導体のポリ(3-オクチルチオフェン-2,5-ジイル(P3OT)とC60が用いられ、溶液を用いた工程(塗布)で作製されるので、大面積かつ低価格です。感度は逆バイアス15VでSiフォトダイオードを凌駕します。