一次抗体 (がん)
21世紀に入り、がん治療が化学療法から癌分子標的薬による個別化治療へと移行する中、がん分野における分子生物学的な研究が加速しています。がん細胞の生理現象を分子生物学的に解明する上で抗体実験は大きく貢献しています。当社はアシアロGM1やインテグリン、IDH、およびポドプラニンといったがん分野の研究において重要な分子に対する高性能抗体を提供しています。
学術コンテンツ
がん(悪性腫瘍, 悪性新生物)は正常な制御から外れて増殖し、 周囲の組織に侵入(浸潤)したり、他の器官や組織に転移する細胞です。
がん細胞には正常細胞とは違い、以下のような特徴があります。
・無限に増殖が可能
・周囲の細胞からのシグナルに関係なく増殖、生存、分裂する
・アポトーシスによる自殺を引き起こしにくい
・遺伝子変異率が高い
・浸潤性が高い
・転移先の器官・組織でも増殖、生存が可能
遺伝子変異が蓄積し、このような性質を獲得すると細胞はがん化します。過剰活性化され、がんを引き起こす遺伝子をがん遺伝子(oncogene)、不活性化によってがんを引き起こす遺伝子をがん抑制遺伝子(tumor-suppressor gene)と呼びます。
神経膠腫の病理学的分類と関与する因子
神経膠腫(グリオーマ, glioma)はグリア細胞(神経膠細胞)から発生するがんで、原発性脳腫瘍の中でも最も頻度の高い(約30%)ものです1)。
2016年5月に刊行された新しいWHO脳腫瘍分類(WHO Classification of Tumours of the Central Nervous System, revised 4th edition)では、グリオーマの病理学的分類に腫瘍組織の分子遺伝学的分類にもとづく分子診断がほぼ必須となっており、IDH(isocitrate dehydrogenase) 1遺伝子やIDH2遺伝子、ATRX遺伝子、p53遺伝子の変異および染色体1p/19q共欠失(1番染色体短腕および19番染色体長腕が欠失している)の有無で分類されます。
またIDH遺伝子変異、1p/19q共欠失が見られる神経膠腫のほぼ全てで見られる変異として、TERT(Telomerase Reverse Transcriptase)のプロモーター領域の変異が報告されています。
がんと線維化
線維化とは結合組織が異常増殖する現象のことで、線維化の基盤は線維芽細胞によって産生されるコラーゲンなどの細胞外マトリックス(Extracellular Matrix/ECM)の過剰蓄積です。創傷組織と腫瘍がたどる線維化のプロセスは共通点しており、古くから腫瘍は「治らない創傷」と言われています2)。
創傷組織では、炎症反応によってリンパ球が活性化します。活性化されたリンパ球は線維化を促進する増殖因子やサイトカインを放出し、マクロファージや線維芽細胞を活性化します。線維芽細胞は筋線維芽細胞に分化し、コラーゲンなどのECMを産生します。これにより創傷は治癒していきますが、慢性的な傷害や炎症によって筋線維芽細胞によるECM産生が過剰になると線維化が引き起こされます3)。線維化の中心的な役割を担うのはTGFβであり、インテグリンはTGFβの活性化4)、CTGFはTGFβによる筋線維芽細胞への分化やコラーゲン合成の促進に関わっています5)。
腫瘍ではECMを産生する筋線維芽細胞やECMの再編成、架橋、硬化に関わるリモデリング酵素が増加することで線維化が進行します6)。
がんと血小板凝集
血小板は血液凝固による止血において重要な役割を担う血球成分です。これまでの研究で、がん細胞が原発巣から血管に入り込み、血液の流れに乗って他の組織に転移(血行性転移)する際に血小板凝集が促進されることが知られています。
凝集した血小板はがん細胞を覆い、免疫系から攻撃されにくくなったり7)、血管を流れる際の物理的な破壊を防ぎます。またがん細胞が転移先の血管に接着することを促進したり、血小板の活性化により放出される増殖因子(VEGFなど)が、がん細胞の浸潤や増殖に必要な血管透過性の増大や血管新生を引き起こし8)、がん細胞の転移に大きく関与することが明らかになっています。
がん細胞による血小板凝集に関与する因子としてポドプラニンがあります。ポドプラニンはI型膜貫通型タンパク質であり、多くの糖鎖修飾を受けています。多くのがん細胞でその発現が増加していることからポドプラニンは腫瘍マーカーとして利用されており、血小板上のポドプラニン受容体CLEC-2と結合することで血小板凝集を引き起こします9)。そのため中和活性をもつ抗ポドプラニン抗体はがんの転移や悪性化を抑制する治療薬として期待されています。
参考文献
1) https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/brain_tumor_translational_research/project/020/20170907102931.html
国立がん研究センター (2021年4月2日閲覧).
2) Dvorak, H. F. :Cancer immunology research, 3(1), 1 (2015).
3) Wynn, T. A.:J. Pathol., 214(2), 199 (2008).
4) Biernacka, A., Dobaczewski, M., and Frangogiannis, N. G.:Growth Factors, 29(5), 196(2011).
5) Duncan, M. R., et al.:The FASEB journal, 13(13), 1774 (1999).
6) Piersma, B., Hayward, M. K. and Valerie M. W.:Biochimica et Biophysica Acta (BBA)-Reviews on Cancer, 1873(2), (2020).
7) Placke, T. et al.: Cancer research, 72(2), 440 (2012).
8) Goel, H. L. and Mercurio, A. M.:Nature Reviews Cancer, 13(12), 871 (2013).
9) Suzuki-Inoue, K. et al.:Journal of Biological Chemistry 282(36), 25993 (2007).