ドラッグデリバリーシステム / DDS (ワクチン)

ドラッグデリバリーシステム(DDS)とは、薬剤の効果を最大限発揮させるための制御技術であり、必要な時間・場所に必要最小限の薬剤を届けることを目指しています。この原理を利用して、従来の低分子化合物だけではなく、遺伝子・核酸・ワクチン・タンパク質などのバイオ医薬品にも適用されています。

当社では、脂質ナノ粒子関連脂質を取り扱っています。薬剤の送達に広く利用されている脂質ナノ粒子(LNP)の開発にご使用いただけます。

学術コンテンツ

ドラッグデリバリーシステム(DDS)とは

ドラッグデリバリーシステム(DDS)とは

ドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System:DDS)とは、体内における薬物の分布を制御することにより、薬効を最大限に発揮させ、副作用を低減することを目的とする技術のことを指します。「薬物送達技術」とも呼ばれています。

薬を飲んだ際、実際に患部で効果を発揮するのは、服用量の1/100~1/10000程度に過ぎません。薬の成分によっては、体内で分解され薬効が最大限に発揮されないものもあります。また、正常部位に作用することで、副作用を引き起こすことがあります。DDS技術を用いることにより、このような薬の欠点を改善できます。

ドラッグデリバリーシステム(DDS)の種類と原理

DDSは、目的ごとに主に3種類に分けられます。それぞれの目的、原理は以下の通りです。

種類 目的
標的指向型DDS 標的部位へ効率よく薬剤を届ける
放出制御型DDS 薬の血中濃度を適切に保つ
吸収制御型DDS 皮膚や消化管からの吸収を改善する

標的指向型DDS:標的部位へ効率よく薬剤を届ける

標的指向型DDS

体内に吸収された薬は、血流に乗って全身へ拡散されます。薬は治療目的以外の部位にも分布するため、副作用の原因となります。そこで、標的部位にのみ薬を届ける「標的指向型DDS」技術が求められています。

近年、抗体により標的のがん細胞を絞り、抗体に付加した薬をがん細胞に直接届けるADC(Antibody-drug conjugate:抗体-薬物複合体)研究が盛んに行われています。抗体の標的選択性により、高い殺細胞効果を持つ薬物を限定できるため、副作用のリスクを低減し、薬効を高めることが期待されています。

標的指向型DDSの基本原理には、受動的標的化と能動的標的化の2種類があります。

[受動的標的化]
薬物を輸送する粒子の大きさや親水性などの物理的性質を利用して、体内における薬物動態を制御する方法。

[能動的標的化]
抗体や糖鎖などを用いて病変部位への親和性を高める方法。その特性から、「ミサイルドラッグ」と呼ばれることもある。

放出制御型DDS:薬の血中濃度を適切に保つ

放出制御型DDS

薬の摂取には、1日3回服用、1回1~2滴点眼など用量・用法の規定があります。薬を多く摂取すると副作用のリスクがあり、少なく摂取すると効果がありません。薬の効果を安全に得るためには、定められている用量・用法を守ることが大切です。しかし、日々の忙しい生活の中で、飲み忘れが起こることも少なくありません。そこで、薬剤の体内への供給速度を制御することで、1回の服用で薬の有効性が長時間持続する「放出制御型DDS」技術が開発されています。1日1回の服用で済む薬の多くは、この放出制御型DDSが用いられています。

放出制御型DDSは、長期間服用するすべての薬に適用できるわけではありません。例えば、1ヶ月分の薬を1回で投与する場合、用量が多いため長期放出が難しくなります。薬の全量が体内に一気に放出されないよう、製剤設計を確実に行う必要があります。

放出制御型DDSの基本原理には、マトリックス型と拡散制御膜型の2種類があります。

[マトリックス型]
無機物のマトリックス中に薬物を分散させることにより、薬物の放出を制御する方法。

[拡散制御膜型]
薬剤を包む高分子膜の薬剤膜透過性を利用して、薬物の拡散を制御する方法。

吸収制御型DDS:皮膚や消化管からの吸収を改善する

吸収制御型DDS

飲み薬の中には、消化酵素によって分解されやすいものや、核酸やタンパク質など分子量が大きいものがあります。これらは消化管から吸収されにくいため、注射による投与しか選択肢がない場合があります。そこで、薬物の体内への吸収を改善するための「吸収制御DDS」技術が開発されています。体内への薬物の吸収を改善するためには、薬物吸収を阻害するバリアを突破する必要があります。しかし、このバリアを闇雲に破壊すると、病原体などの薬物以外のものも吸収されてしまうため、安全性を考慮した製剤設計が必要です。

DDSのメリット

DDSのメリット

患者側のメリット

薬物の選択性増強や吸収性改善による副作用が軽減されます。また、投与量増加による効果増大や、投薬回数の削減による患者のQOL改善も可能です。

製薬会社側のメリット

薬物の投与ルートを変更したり、既存薬物の適応症を広げたりすることで、薬物の競争力を強化できます。また、副作用により開発を断念した薬物に対して、DDSを用いることにより解決できる可能性があります。

医療従事者のメリット

治療困難な患者に対して、新たな治療法を提示できます。また、注射による投与が経口投与・経鼻投与になることで、自己投与が可能となったり、投与回数を削減できるため、医療従事者の負担軽減につながります。

経済上のメリット

薬物投与量の削減や投与方法の変更により医療費を抑えることができます。

DDS × ナノテクノロジー(ナノDDS)

現在、DDS技術の開発おいて、DDSとナノテクノロジーを組み合わせた「ナノDDS」が注目されています。ナノDDSは、ナノサイズの運搬体(キャリア)を用いて、分子を輸送するDDS技術です。

薬物ナノキャリアの粒子サイズは、150nm程度のものが中心です。その理由は、150nm程度のサイズが体内に留まりやすいためです。粒子サイズが数nm以下の場合、一般的に腎臓から尿として排出されてしまうため、体内への滞留が困難になります。また、粒子サイズが400nm以上の場合、免疫反応により異物と認識されるため、体内から排出されてしまいます。

ナノDDSが実用化されている例としては、「リポソーム製剤」が挙げられます。

リポソームとは?

リポソームとは

リポソームは、リン脂質二重膜から構成されています。安全面および生体適合性に優れていることから、薬物ナノキャリアの研究に最も多く用いられています。親水部と疎水部を持つ両親媒性の特長を持っています。脂質二重層は、他の細胞膜に融合できるため、リポソームの内包薬物を、作用部位に直接届けることができます。

リポソームを用いたDDS

リポソームを用いたDDS

超音波処理により、両親媒性のリン脂質二重膜および内包薬物を水中に分散させ、球状リポソームを形成するとともに、薬物を脂質二重層に内包し、微小胞を形成します。他の細胞膜に融合できるというリポソームの特徴を利用して、内包薬物を標的部位に送達します。

リポソームの内には、タンパク質、ウイルス、ワクチン抗原、小分子薬物など、様々な薬物の封入が可能です。核酸医薬や遺伝子治療などの医療分野だけではなく、食品産業、化粧品産業、生化学などの分野においても活用する動きが見られます。

リポソームの多くは、脂質ナノ粒子(LNP)であり、細胞膜と類似した脂質二重膜構造を持っています。

脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle:LNP)を用いたDDS

脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle:LNP)を用いたDDS

脂質ナノ粒子(LNP)とは、直径約10nm~1000nmのナノ粒子であり、脂質を主成分としています。LNPは、siRNA医薬やmRNA医薬といった核酸医薬の送達に広く利用されています。

2018年、米食品医薬品局(FDA)より、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー患者の治療薬「ONPATTRO®」が承認され、LNPが実用化されました。ONPATTRO®は、siRNAを4種類の脂質から構成されるLNPに封入したsiRNA医薬品です。近年では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、BioNTech社/米Pfizer社が開発した「COMIRNATY®」、米Moderna社が開発した「SpikevaxTM」によるmRNAベースのワクチン開発で脚光を浴びています。COMIRNATY®およびSpikevaxTMはいずれも、4種類の脂質から構成されるLNPに、スパイクタンパク質をコードした長鎖RNAを封入したmRNAワクチンです。

これらの技術開発において重要となるのが脂質ナノ粒子(LNP)です。何十年という過程を経て効果的なLNPの研究・開発が行われています。LNPの作成には、主に① pH応答性脂質(Ionizable lipid)、② PEG化脂質、③ コレステロール、④中性リン脂質の4種類の脂質が必要であり、当社ではこれらの脂質を取り扱っています。

脂質ナノ粒子関連脂質のラインアップは以下の通りです。

LNP作成に必要な脂質 製品
① pH応答性脂質(イオン化脂質) ALC-0315cKK-E12DLin-MC3-DMALipid 5
② PEG化脂質 ALC-0159
③ コレステロール コレステロール
④ 中性リン脂質 DOPE (18:1/18:1 PE)DPPC (16:0/16:0 PC)DSPC (18:0/18:0 PC)

① pH応答性脂質(イオン化脂質)

pH応答性脂質(イオン化脂質)は、LNPの構成要素のうち35~50%を占めています。

【主な役割】
・RNAと結合する
・細胞内でRNAを放出する

LNPが毒性を示さず、安全性を維持するためには、脂質のpKaが中性pH条件下において電荷をもたず、低pH条件下において、正に荷電することが重要です。多くの研究グループによって、求められる効果と特性を有する脂質が特定されています。

当社では、ALC-0315cKK-E12DLin-MC3-DMALipid 5を取り扱っています。

② PEG化脂質

PEG化脂質は、LNPの構成要素のうち0.5~3%を占めています。

【主な役割】
体内の滞留時間を延ばす

ポリエチレングリコール(PEG) は、LNPの粒子径を大きくすることで、体内からの排出を抑制できます。
また、免疫原性の抑制により、食細胞による血液中からの除去を回避できます。

当社では、ALC-0159を取り扱っています。

③ コレステロール

コレステロールは、LNP構成要素のうち40~50%を占めています。

【主な役割】
膜融合を促進し、エンドソーム脱出を促進する

当社では、コレステロール製品を取り扱っています。

④ 中性リン脂質

中性リン脂質は、LNPの構成要素のうち~10%を占めています。

【主な役割】
細胞結合を促進する

当社では、DOPE (18:1/18:1 PE)DPPC (16:0/16:0 PC)DSPC (18:0/18:0 PC)を取り扱っています。

参考文献

  1. 田中浩揮, 櫻井遊, 秋田英万: Drug Delivery System: 37-3(2022)
  2. 位髙啓史: Drug Delivery System: 35-1(2020)
  3. 岡本彩香, 浅井知浩, 奥直人: Drug Delivery System: 31-1(2016)
  4. Irene Canton and Giuseppe Battaglia: Chem.Soc.Rev.: 41,2718–2739(2012)
  5. Kizzmekia S. Corbett, et al.: Nature: 586, 567–571(2020)
  6. Lindsey R Baden, et al.: 384:403-416(2021)

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