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汎用溶媒の規格別紹介

皆さんがよく使うエタノールやアセトンなどの溶媒には実は50以上の規格があることをご存じでしょうか。この記事では汎用溶媒を含む試薬の規格について概説し、さまざまな用途にグレードアップされた汎用溶媒について紹介します。

試薬の規格とは

現代社会にはさまざまな種類の化学物質が満ちあふれています。例えばCAS登録化学物質は1億7千万種類以上1)あり、あらゆる場面でわれわれの豊かな生活を支えています。そのような化学物質の中で、「検査、試験、研究、実験など試験・研究的な場合において、測定基準、物質の検出・確認、定量、分離・精製、合成実験、物性測定などに用いられるものであって、それぞれの使用目的に応じた品質が保証され、少量使用に適した供給形態の化学薬品」2)を試薬と呼びます。

表1には試薬の4つの分類 (一般用途試薬/特定用途試薬/標準物質・標準液/高純度試薬) と用途例2 - 4)を示しました。

表1.試薬の分類
用途別分類 用途など
一般用 特に用途を限定しないで、一般的に用いる。汎用品にはJIS規格 (例:試薬特級) やJIS準拠の社内規格 (例:和光/試薬特級...JIS特級相当、和光/試薬一級...旧JIS一級相当) が多い
特定用途 機器分析用 機器分析用 (HPLC用、GC用、原子吸光分析用、蛍光分析用、電子顕微鏡用、分光分析用、NMR用、スピントラップ用、ICP分析用)
有害物質および
環境汚染物質測定用
有害物質および環境汚染物質測定用 (有害金属測定用、残留農薬・PCB分析用、オキシダント測定用、窒素酸化物測定用)
有機合成用 有機合成用試薬 (農薬、医薬、高分子、機能材料等新規化合物の創製研究、その合成プロセスの研究、あるいは各種有機化合物の性質・機能解明の研究等に用いられる試薬で、合成の出発物質、中間体、反応剤、触媒、溶剤、分離精製剤等)
生化学用 アミノ酸自動分析用、アミノ酸配列分析用、蛍光修飾用、電気泳動用、ペプチド合成用、免疫化学用 (抗原、抗体、補体、アジュバンド、イムノアッセイ関連試薬)、遺伝子研究用 (遺伝子組み換え用、DNA合成用、DNA構造解析用)、遺伝子検出用、細胞融合用、培養用[動物組織 (細胞) 培養用、微生物培養用、植物組織 (細胞) 培養用]、糖鎖工学用、その他
臨床検査用 単純試薬、試薬キット、調製試薬;標準物質、管理血清、染色液
その他 pH測定用、薄層クロマトグラフ用
標準物質・標準液 容量分析用標準物質(規定液)、金属標準液、非金属イオン標準液、pH標準液、環境・食品分析用標準品
高純度試薬 エレクトロニクスやバイオテクノロジーなどの先端分野向け高純度試薬

少量多品種という試薬の特徴により、その製造は一般の化学工業のように専用の生産設備による連続大量生産ではなく、共用設備による小型のバッチ方式を取っており、均一の品質を提供する反応条件の設定が難しいといわれます3)。このため、試薬を使った安定的で再現性のある製造・分析のためには、試薬の品質が一定に保たれている必要があります。このように試薬の品質を常に一定条件のもとに確保するものが試薬の規格です。

試薬の規格の種類

以下のように、試薬の規格にはさまざまな種類があります。

国内規格/国際規格

どのような組織等が定めるのかにより、試薬の規格は各国の公的機関が定める国内規格 (米...ACS規格、日本...JIS規格等) と国際標準化機構 (ISO) による国際規格に分かれます。

① JIS規格

日本の代表的国内規格は日本産業規格 (JIS) です。これは、経済産業省の審議会「日本工業標準調査会 (JISC)」5)が産業標準化法 (2019年法改正で工業標準化法から名称変更) に基づいて定めた公的規格であり、2021年2月時点で規格総数10,899、うち化学物質等に関する部門K (化学) の規格は1,784件あります。この中には化学分析方法や試験方法、分析用標準物質を定めた規格 (化学一般JIS K 0050、試薬一般JIS K 8001) などに加えて、個別化学物質の規格 (適用範囲、共通事項、種類 (特級)、性質、品質、試験法、容器、貯蔵法、表示などを規定) や特別な化学物質 (生化学試薬JIS K 8008、高純度試薬JIS K 8007) などが規定されています。例えば、アセトンでは3つの規格 (旧一級品K 1503、特級品K 8034、残留農薬・PCB試験用K 8040) が定められています。

② 各種法令の規制

その他、化審法、薬機法 (旧薬事法)、毒劇物法等の各種法令による基準を満たすことが求められる場合があります。

③ 社内規格

更に、各国の試薬メーカーが独自に定める社内規格 (和光特級、和光一級等) があります。各メーカーは上記公的機関等の規格に登録されていない化学物質も含めて、さまざまな品質を保証した試薬の規格を定めています。

汎用溶媒の規格

次に、汎用溶媒の規格を見てみましょう。

表2には、用途別の当社試薬の規格名、JISや法規制等の公的規格等の有無、代表的汎用溶媒 (メタノール、エタノール、アセトン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン) の対応する規格の有無などをまとめました。34個もの規格がありますが、JIS規格や法的規制等に対応した規格は7個だけで、その他は個別の用途のために最適化された規格であることがわかります。

表2.代表的な溶媒に関する用途別の当社試薬分類
用途別分類 当社規格名 公的規格等 汎用溶媒例
メタノール エタノール アセトン アセトニトリル テトラヒドロフラン
一般用 和光一級
試薬特級
和光特級
特定用途 機器分析用 GPC用
LC/MS用
NMR用
QTofMS用
局方一般試験法用
(液体クロマトグラフィー用)
高速液体クロマトグラフ用
濃縮5000・300
分光分析用
分取クロマトグラフ用
有害物質および環境汚染物質測定用 PFOS・PFOA分析用
RoHSⅡ対応用
アルデヒド分析用
塩化ビニルモノマー測定用
環境分析用
ダイオキシン類分析用
チウラム測定用
トリハロメタン測定用
ほう素定量用
有機合成用 核酸合成用
有機合成用
生化学用 精密分析用
プロテオミクス用
細胞培養用
分子生物学用
医薬品試験用 医薬品試験用
日本薬局方
その他 クロマトグラフ用
ぬれ張力試験用
高純度試薬 インフィニティピュア
電子工業用

いくつかの溶媒の規格について更に詳しく取り上げます。

アセトニトリルの場合

表3には当社アセトニトリルの試薬特級と、機器分析用途の高速液体クロマトグラフ (HPLC) 用、LC/MS用、QTofMS用の3規格との規格値を比較しました。

表3.アセトニトリルの各規格値
規格項目 試薬特級 HPLC用 LC/MS用 QTofMS用
含量 (%) 99.5以上 99.8以上 99.8以上 99.8以上
密度 (20℃) (g/mL) 0.780~0.784 0.780~0.783 0.780~0.783 0.780~0.783
屈折率n20D 1.343~1.346 1.343~1.346 1.343~1.346 1.343~1.346
水分 (%) 0.1以下 0.05以下 0.05以下 0.05以下
不揮発物 (%) 0.005以下 0.001以下 0.001以下 0.001以下
酸 (CH3COOHとして) (%) 0.01以下 0.001以下 0.001以下 0.001以下
アンモニウム (NH4) (ppm) 0.3以下 0.3以下 0.3以下
過酸化物 (H2O2として) (ppm) 5以下 5以下 5以下
シアン化水素 適合
過マンガン酸還元物質 (%) 適合 適合 適合 適合
グラジエント試験 適合 適合
(QTofMS適合性で実施)
パーティクル (0.5 µm以上) (個/mL) 100以下 100以下
吸光度 200 nm 0.05以下 0.05以下 0.05以下
210 nm 0.03以下 0.03以下 0.03以下
220 nm 0.02以下 0.02以下 0.02以下
230 nm 0.01以下 0.01以下 0.01以下
240 nm 0.005以下 0.005以下 0.005以下
蛍光試験 適合 適合 適合
LC/MS分析適合性 適合
QTofMS分析適合性 適合

アセトニトリルには各用途向けに20規格ありますが、HPLCなどのクロマトグラフィー分析においては移動相や試料溶解に使用されます。これら3規格は試薬特級に比べて、含量が99.8%以上と高く、残留水分、不揮発分等の不純物も低減されています。さらに、以下のような特別な試験によって分析に適した性能を確保しています。

  • 吸光度・グラジエント試験...紫外可視吸光光度検出時のバックグラウンドの安定、ベースライン変動の抑制
  • 蛍光試験:蛍光検出器のバックグラウンドノイズの低減
  • パーティクル (微粒子) 数:カラム寿命影響の低減
  • LC/MS分析適合性試験:質量分析計のバックグラウンドノイズの低減
  • QTofMS分析適合性試験:UHPLCにカラムを接続しQTofMSを用いてグラジエント測定を実施し、ベースライン変動が基準以下、多変量解析を併用した品質管理

このような分析に適した性能を満たすよう独自技術による処理を施すとともに、試薬容器からの汚染も最小限となるような包装形態 (キャップからの汚染除去、専用樹脂またはアルミキャップ、溶出低減処理した褐色ガラスビン等) を採用しています。

アセトンの場合

表4には当社アセトンの試薬特級と、環境分析用、有機合成用、電子工業用の4規格を比較しました。洗浄などでよく使うアセトンですが、用途によって規格項目に特徴があります。

表4.アセトンの各規格値
規格項目 試薬特級 環境分析用 有機合成用 電子工業用
含量 (GC) (%) 99.5以上 99.8以上 99.5以上 99.7以上
密度 (20℃) (g/mL) 0.789~0.792 0.789~0.792 0.789~0.792 0.789~0.792
屈折率n20D 1.358~1.360 1.358~1.360 1.358~1.360
水分 (%) 0.3以下 0.3以下 0.001以下 0.25以下
不揮発物 (ppm) 5以下 2以下 5以下 1以下
(CH3COOHとして) (ppm) 20以下 15以下 10以下
アンモニウム (NH4) (ppm) 10以下 10以下 1以下
アルデヒド (HCHOとして) (ppm) 20以下 20以下 10以下
メタノール (CH3OH) (ppm) 500以下 500以下 500以下
過マンガン酸還元物質 (ppm) 2以下 2以下
その他特別な規格 残留元素
Ag, As, Ba, Ca, Cd, Co, Li, Mg等...0.5 ppb以下
Fe, K, Sn等...1 ppb以下
  • 環境分析用:高分解能GC/MSやGC-ECDを用いて、内分泌撹乱物質やハロゲン化有機物がない事を確認。含率99.8%以上、不揮発分2 ppm以下を保証
  • 有機合成用:反応を阻害する水分を0.001%以下まで低減
  • 電子工業用:半導体産業用に極限まで不純物を除去した規格。含率99.7%以上、水分0.25%以下、不揮発物1ppm以下、各種元素不純物ppb以下、パーティクル管理などを保証

略号

  • ACS=American Chemical Society アメリカ化学会
  • CAS=Chemical Abstracts Service アメリカ化学会の下部組織
  • ESR=Electron Spin Resonance spectroscopy 電子スピン共鳴分光法
  • GC=Gas Chromatography ガスクロマトグラフィー
  • GC-ECD=Gas Chromatograph‐Electron Capture Detector ガスクロマトグラフィー電子補足検出器
  • UHPLC=Ultra High Performance Liquid Chromatography 超高速液体クロマトグラフィー
  • HPLC=High Performance Liquid Chromatography 高速液体クロマトグラフィー
  • ISO=International Organization for Standardization 国際標準化機構
  • JIS=Japanese Industrial Standards 日本産業規格
  • JISC=Japanese Industrial Standards Committee 日本産業標準調査会
  • LC/MS=Liquid Chromatography - Mass Spectrometry 液体クロマトグラフィー-質量分析法
  • NMR=Nuclear Magnetic Resonance spectroscopy 核磁気共鳴分光法
  • PCB=PolyChlorinated Biphenyl ポリ塩化ビフェニル化合物の総称
  • PFOS=PerFluoroOctaneSulfonic acid, PFOA=PerFluoroOctanoic Acid
  • Ph.Eur.=The European Pharmacopoeia  欧州薬局方
  • ppm=parts per million  100万分の1、1ppm = 0.0001%
  • ppb=parts-per-billion  10億分の1、1ppb = 0.001ppm = 0.0000001%
  • QTofMS=Quadrupole Time-of-flight Mass Spectrometer 四重極-飛行時間型質量分析法
  • USP-NF=a combination of two compendia, the United States Pharmacopeia (USP) and the National Formulary (NF)  米国薬局方 (USP) と国民医薬品集 (NF) の二つの公定書からなる公的薬局方の規格書

参考文献、参考サイト

  1. American Chemical Society:CAS REGISTRY - The gold standard for chemical substance information
    http://www.cas.org/content/chemical-substances
  2. 一般社団法人日本試薬協会ホームページ
    https://www.j-shiyaku.or.jp/
  3. 西山繁:第4章 試薬の規格:日本規格協会グループ,標準化教育プログラム 開発教材,個別技術分野編,化学
    https://www.jsa.or.jp/datas/media/10000/md_2506.pdf
  4. 産業技術総合研究所計量標準総合センター,日本試薬協会:改訂第4版 試薬ガイドブック:化学工業日報 (2020)
  5. 日本工業標準調査会
    https://www.jisc.go.jp/index.html

関連リンク

お問合せQ & A
同じ製品名(化合物)でいろいろな規格(等級)がありますが、どのように違うのですか?
https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/question/013349.html

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