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【総説】水道水質検査における陰イオン界面活性剤(LAS)のLC-MS/MS分析法の開発

本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.1(2023年1月号)において、国立医薬品食品衛生研究所 生活衛生化学部 小林 憲弘様に執筆いただいたものです。

1.はじめに

水道水質基準項目の一つである陰イオン界面活性剤は、過去5年間の調査で基準値の10%を超過する地点が存在し、販売量が横ばいで安定していることから、厚生労働省による近年の評価では、「引き続き水質基準項目とし、給水栓での検出状況等を注視していくことが適当である」とされている1, 2)
陰イオン界面活性剤には幾つか種類があるが、水道水質基準ではそのうち最も出荷量が多いアルキル鎖がC10〜C14の5種類の直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS、図1)、すなわちデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(C10-LAS)、ウンデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(C11-LAS)、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(C12-LAS)、トリデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(C13-LAS)、テトラデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(C14-LAS)を分析対象としている。また、これら5種類のLASの合計濃度を陰イオン界面活性剤の濃度として、それに対して水質基準(0.2 mg/L)が設定されている。

図1. LASの構造式

上記のLASを分析するための標準検査方法は、固相抽出-HPLC法(別表第24)が厚生労働省から告示されているが3)、この方法は前処理が煩雑であること、良好な回収率を得ることが難しいこと、他の蛍光性を有する物質と誤同定の可能性があること等から、より迅速・簡便かつ高精度な分析法が求められている。そこで本稿では、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)を用いた水道水中のLASの迅速・簡便な分析法に関する、筆者らの検討状況について記載する。

2.検討内容

検討中の分析法は、採水した水道水を固相抽出等の前処理を行わずにそのままLC-MS/MSに注入し、C10〜C14の各アルキル鎖のLAS毎に定性・定量してその合計値を算出する方法である。LASは採水容器に吸着しやすいことから、採水後の検水にアセトニトリルを添加して2倍に希釈することで、容器への吸着を防いで回収率を高めるとともに、水道水中の常在成分(マトリックス)を希釈して分析時のマトリックスの影響を軽減することとした。この方法であれば、例えば10 mLの試験管に水道水を5 mL採水して試験室に持ち帰り、アセトニトリル5 mLを加えて撹拌するだけで、試験溶液とすることができる。
また、分析中の試料毎の感度変動を補正するために、内部標準物質(内標)の使用についても検討した。内標は、環境省の水質汚濁に係る環境基準「付表12 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩の測定方法」4)に記載されているオクチルベンゼンスルホン酸ナトリウム(C8-LAS)に加えて、分析対象と同じ挙動を示す4-ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(13C12-LAS)をLC-MS/MS測定時に試料に一定量添加して分析した。 移動相やモニターイオン等の最適化を行ったLC-MS/MS分析条件を表1に示す。LCカラムには、厚生労働省および環境省の告示に記載されているオクタデシルシリル基(ODS)で化学結合したシリカゲルを充填したカラム(C18カラム)の他に、C18カラムよりも保持が弱く複数の異性体のピークがまとまって検出される特徴を持つオクチル基を化学結合したカラム(C8カラム)の使用も検討した。

表1. LC-MS/MS分析条件

上記の分析条件を用いて、本分析法が水道水質検査に適用できるかどうかを確認するため、水道水を用いた添加回収試験を行った。国立医薬品食品衛生研究所(川崎市)の実験室で採水した水道水に、C10〜C14の各アルキル鎖のLASの濃度がそれぞれ0.01 mg/L(水質基準の1/20)および0.1 mg/L(水質基準の1/10)となるようにLAS標準液を添加した試料を調製し、アセトニトリルで2倍希釈してLC-MS/MSにより分析を実施した。検量線は0.005、0.01、0.025、0.05、0.1、0.25 mg/Lの6点で作成したが、全濃度範囲で検量線の直線性が確保できない場合には、水道水質検査方法の妥当性評価ガイドライン5)にしたがって、濃度点が4点以上となるように検量線の濃度範囲の上限を狭めて定量を行った。 水道水および検量線試料には分析時にC8-LASおよび13C12-LAS標準液(0.1 mg/L)を試料1 mLにつき50 μL添加し、内標を用いずに絶対検量線法で定量した場合と、上記の2種類の内標を用いて内部標準法で定量した場合で結果を比較した。試験は各濃度5併行で実施するとともに、水道水ブランク試験を5回行った。
また、LC-MS/MSによるLAS分析においては、ミネラル成分等のマトリックスを多く含む水ではイオン化阻害が起こり、LASの定量に問題が生じることが報告されていることから6)、同所において採水した水道水(硬度60〜70 mg/L)に、塩化カルシウムを添加して硬度が水質基準の300 mg/Lとなるように調整した水道水を用いて、上記と同一の添加回収試験を行った。

3.検討結果

検討した分析条件を用いて分析対象の5種類のLASおよび2種類の内標の標準液を分析したクロマトグラムを図2に示す。

図2. LASのLC/MS/MS一斉分析クロマトグラム(LCカラム:XBridge BEH C8 XP)

図2では一例として、LCカラムにXBridge BEH C8 XPを用いた結果を示している。使用した分析対象LASの標準液は各アルキル鎖のLASとも複数の異性体の混合物であるが、LCカラムにC8カラム(ACQUITY UPLC BEH C8およびXBridge BEH C8 XP)を用いた場合、C10〜C14-LASは約6.5〜12.5 minの範囲で各アルキル鎖が1本のまとまったピークとして溶出した。また、内標のC8-LASは約5 minと分析対象LASの保持時間よりも早くに溶出し、13C12-LASは約9.5 minと分析対象LASの保持時間の間にピークが溶出した(図2)。一方、C18カラム(InertSustain AQ-C18)を用いた場合は、同一の移動相条件において分析対象のC10〜C14-LASは約4〜12 minにかけて各アルキル鎖のLASが複数のピークとして溶出した。内標のC8-LASおよび13C12-LASのピークはそれぞれ約2.5 min、6.5 minに溶出した。

水道水を用いた添加回収試験の結果(真度)を図3に示す。

図3. 水道水を用いた添加回収試験における各LASの真度(平均±標準偏差)

いずれの試験においても、C10〜C14の各アルキル鎖のLASの真度は概ね妥当性評価ガイドライン5)の目標(70〜130%)の範囲内であったが、低濃度(0.01 mg/L)の添加試料の方が、高濃度(0.1 mg/L)の添加試料よりも結果のばらつきが大きく、内標を用いずに絶対検量線法で定量した場合、C11-LASの真度(140%)がガイドラインの目標を満たさなかった。また、内標としてC8-LASと13C12-LASを用いた結果に大きな違いは見られなかったが、13C12-LASを用いた方がC10〜C14の全てのアルキル鎖のLASについて真度が100%に近く、より良好な結果が得られた。 以上のことから、本分析法は水道水中のLASの迅速・簡便な分析法として適用可能であるが、通常の水道水に適用する場合においても、内標を使用した方がより精度の高い結果が得られるものと考えられる。

また、カルシウムを添加して硬度を300 mg/Lに調整した水道水を用いた添加回収試験の結果(真度)を図4に示す。

図4. 硬度が高い水道水を用いた添加回収試験における各LASの真度(平均±標準偏差)

通常の水道水を用いた試験と同様に、低濃度(0.01 mg/L)の添加試料の方が、高濃度(0.1 mg/L)の添加試料よりも結果のばらつきが大きかったが、それに加えて、0.01 mg/L添加試料では全体的に真度が高い結果となり、特にC13-LASでは、絶対検量線法とC8-LASを内標に用いた場合では、真度がガイドラインの目標を満たさなかった。この原因としては、水道水中のマトリックスの影響により、水道水添加試料中の各アルキル鎖のLASの面積値が適切に定量できなかったためであると考えられる。すなわち、硬度の高い水道水添加試料では全てのアルキル鎖のLASのピーク強度が通常の試料と比べて低下した一方で、ピーク形状がブロードになったため、結果としてそれらのピーク面積値が通常想定よりも大きく算出されることがあった。一方、前述したようにC8-LASは保持時間がC10〜C14-LASよりも早く、ピーク形状の変化が小さかったため、C8-LASを内標として用いた場合、ピーク面積値の変化が補正できず、ピーク面積比は高い値となった。一方、13C12-LASを内標に用いた場合は、13C12-LASのピーク形状の変化はC10〜C14の各アルキル鎖のLASと同様であり、ピーク面積値も同様に変化したため、13C12-LASを内標としたピーク面積比の影響は小さく、C10〜C14の全てのアルキル鎖のLAS全てについて良好な真度が得られた。
これらの結果から、ミネラル成分等のマトリックスを多く含み、C10〜C14の各アルキル鎖のLASの定量に影響がある場合でも、13C12-LASを内標に用いることで、良好な結果が得られることが分かった。

4.まとめ

本稿では、水道水中の陰イオン界面活性剤(LAS)のLC-MS/MSを用いた迅速・簡便な分析法の開発に関する筆者らの検討状況について記載した。検討中の分析法は、採水した水道水をアセトニトリルで2倍希釈し、LC-MS/MSに注入してC10〜C14の各アルキル鎖のLASをそれぞれ定性・定量してその合計値を算出する。検討した分析条件を用いた水道水添加回収試験の結果、本分析法は水道水中のLASの迅速・簡便な分析法として適用可能と考えられた。また、検水がミネラル成分等のマトリックスを多く含み、C10〜C14の各LASの定量に影響がある場合でも、13C12-LASを内標に用いることで、良好な結果が得られることが分かった。 なお、本分析法は、現在、複数機関によるバリデーション試験を実施中であり、2023年4月に新たな標準検査方法として厚生労働省から告示される予定となっている7)

参考文献

  1. 厚生労働省:水質基準等の改正方針について(案), 令和2年度第1回水質基準逐次改正検討会 資料1 (2021).
    https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000726451.pdf
  2. 厚生労働省:水質基準等の改正方針について(案), 令和4年度第1回水質基準逐次改正検討会 資料1 (2022).
    https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000956262.pdf
  3. 厚生労働省:水質基準に関する省令の規定に基づき厚生労働大臣が定める方法, 平成15年7月22日厚生労働省告示第261号(最終改正令和4年3月31日厚生労働省告示第134号) (2022).
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000922364.pdf
  4. 環境省:直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩の測定方法, 水質汚濁に係る環境基準 付表12 (2021).
    https://www.env.go.jp/content/000077427.pdf
  5. 厚生労働省:水道水質検査方法の妥当性評価ガイドライン, 平成24年9月6日健水発0906第1~4号(最終改正平成29年10月18日薬生水発1018第1~4号) (2017).
    http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000181618_2.pdf
  6. 古川浩司, 川口寿之, 工藤清惣, 中澤智子, 山田悠貴, 船坂鐐三, 奥村明雄:内部標準物質を用いたLC/MS/MSによる水道水中の陰イオン界面活性剤の直接注入法, 環境科学会誌,30 (1), 1-10 (2017).
  7. 厚生労働省: 令和4年度第1回水道水質検査法検討会 議事要旨 (2022).
    https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000974623.pdf

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