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【総説】藍藻毒ミクロシスチン

本記事は、和光純薬時報 Vol.80 No.4(2012年10月号)において、国立環境研究所 環境計測研究センター 佐野 友春様に執筆いただいたものです。

湖沼やダムなどで藍藻類が異常増殖して、水面に集積した状態を「アオコ」と呼んでいる。藍藻類の中には水面に集積せず、水中に漂っているものや水底に付着しているものもある。藍藻類のほとんどの種類は有毒物質を生成しているとされており、その中でも検出頻度が高いのがミクロシスチンである。

ミクロシスチンは7つのアミノ酸からなる環状ペプチドで、一般構造式はCyclo-[D-Ala-L-X-D-MeAsp-L-Z-Adda-D-Glu-MDha] で表される(図1)。

2番目と4番目のL 型のアミノ酸を1文字表記で表し、2番目がロイシン(L)、4番目がアルギニン(R)のものは、ミクロシスチン-LR というように表現する。また上記一般構造式とは異なるアミノ酸残基を持つものは、その残基とアミノ酸の位置がわかるように表記し、例えば3番目のD-MeAspがD-Asp になったミクロシスチン-LR は、[D-Asp3] ミクロシスチン-LR のように表す。

ミクロシスチンには、2番目と4番目のL- 型アミノ酸の組み合わせが異なる同族体や構成するアミノ酸残基のメチル基が少な い同族体等、80 種類以上の同族体が報告されている1)。日本ではミクロシスチン-RR および-LR が主成分の場合が多いが、最近、沖縄ではミクロシスチン-FR や-WR を主成分とするアオコの報告が増えている。

ミクロシスチンは、胆汁酸輸送系を介して肝臓に取り込まれ、プロテインフォスファターゼ2A(PP2A)を阻害、ホスホリパーゼA2 の活性化、シクロオキシゲナーゼの活性化が起きる。また、腹腔マクロファージではミクロシスチンにより腫瘍壊死因子 (TNFα)が生産され、シクロオキシゲナーゼの活性化が起きる。肝細胞と腹腔マクロファージでシクロオキシゲナーゼによりトロンボキサンA2 やプロスタグランジンが生産され、ミクロシスチンショックと呼ばれる症状を起こし死に至る2)。ミクロシスチン-LR のマウスに対する半数致死量は60μg/kg との報告があり、青酸カリよりも強い毒性を示すことが知られている。また、ミクロシスチンはプロテインフォスファターゼ2A(PP2A)を強く阻害することから、マウスやラットで発ガン促進作用に関する実験が行われ、オカダ酸クラスの発ガンプロモーターであると報告されている3)

有毒アオコによる被害としては、牛や羊などの家畜の斃死が1878 年から報告されていたが、1996 年にブラジルで人口透析の透析外液にミクロシスチンが混入し、60 人以上が死亡するという事故が起きたことから、WHOでは暫定的な規制値として飲料水中のミクロシスチン濃度を1μg/ L 以下にすることを勧告している4)。世界的には規制値としている国も多数あるが、日本では環境基準の要調査項目、水道法の要検討項目に指定されている。

WHO がガイドラインを策定し、規制値としている国も多数あることから、ミクロシスチンの高感度・高精度な分析法の開発が求められている。ミクロシスチンの分析には総量を測定する方法と同族体を個別に測定する方法がある。総量を測定する方法としては、抗体を使ったELISA 法5)やPP2Aの阻害活性を計る方法6)が報告されている。どちらも同族体の感度差や非特異的な反応があるので、精度を必要としないスクリーニング等の簡便な分析には利用可能である。総量を測定するもう一つの方法として、ミクロシスチン類の共通部分構造であるAdda 残基を酸化分解して生成する3-メトキシ-2-メチル-4-フェニル酪酸(MMPB、図2) を測定する方法(MMPB 法)がある7)。MMPB 法は生体成分と共有結合したミクロシスチンの測定にも適用できることから、生物試料中のミクロシスチン量の測定にも利用されている8)

一方、同族体を個別に定量する方法も開発されている。同族体をTLC で分離する方法もあるが、分離後の定性・定量が困難なことから、個別分析では主に高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分離後にUV、PDA、質量分析計等で検出・定量する方法が一般的である。その中でも感度・定性能に優れているのが高速液体クロマトグラフ̶質量分析計(LC-MS)を用いる方法である。最近ではより高度なLC-MS/MS を用いる方法も報告されている9)

LC-MS(/MS)法は感度が優れているが、共存する化合物によって測定時のイオン化効率が影響を受けて、イオン化の抑制や促進が起こることがあり、測定値の精度に影響を及ぼすことがある。このイオン化効率のバラツキを補正するためには、安定同位体で標識された化合物(サロゲート)を使うのが一般的だが、ミクロシスチンの場合、市販されていなかった。最近、筆者らは安定同位体である15N の硝酸ナトリウムを含む培地でミクロシスチンを産生する藍藻株を培養することにより、効率よく15N で標識されたミクロシスチンを調製できることを見いだし、15N で標識されたミクロシスチンをサロゲートとして用いて、ミクロシスチン同族体を高精度で分析する方法を報告した10)。図3 に標準品のミク ロシスチン-YR とYR の15N 標識体のLC-MS クロマトグラムを示した。

両者は保持時間が一致し、回収率およびイオン化効率もほぼ同一であり、15N で標識されたミクロシスチンはサロゲートとして優れていることが確認された。今後、ミクロシスチンのLC-MS(/MS)による分析は、安定同位体で標識されたミクロシスチンサロゲートを用いることにより、回収率の補正やイオン化効率の補正が可能となり、規制値のある国にも適した高精度な手法になると思われる。

参考文献

  1. "Algal Culture Collections and the Environment", Kasai, F., Kaya, K. and Watanabe,M. M., Tokai University press, 121-176(2005).
  2. 彼谷邦光:「水道水に忍びよる有毒シアノバクテリア」,(裳華房)(2001).
  3. 渡辺真利代,原田健一,藤木博太編:「アオコ ̶その出現と毒素̶」,(東京大学出版会)(1994).
  4. "Toxic Cyanobacteria in Water, A Guide toTheir Public health Consequences, Monitoring and Management", ed. by Chorus, I. and Bartram, J., WHO(1999).
  5. Nagata, S., Soutome, H., Tsutsumi, T.,Hasegawa, A., Sekijima, M., Sugamata, M.,Harada, K-I., Suganuma, M. and Ueno, Y. :"Novel monoclonal antibodies against microcystin and their protective activity for hepatotoxicity", Natural Toxins , 3, 78-86(1995).
  6. Ikehara, T., Imamura, S., Sano, T., Kuniyoshi, K.,Ooshiro, N., Yoshimoto, M. and Yasumoto, T. : "The effect of structural variation in 21 microcystins on their inhibition of PP2A and the effect of replacing cys269 with glycine", Toxicon, 54, 539-544(2009).
  7. 高木博夫,白井美幸,佐野友春,彼谷邦光:液体クロマトグラフ質量分析法を用いた総ミクロシスチンの定量法の開発,環境化学,14, 587-596(2004).
  8. Lance, E., Neffling, M., Gérard, C., Meriluoto, J.and Bormans, M. : "Accumulation of free and covalently bound microcystins in tissues of Lymnaea stagnalis(Gastropoda) following toxic cyanobacteria or dissolved microcystin- LR exposure", Env. Pol ., 158, 674-680(2010).
  9. Neffling, M., Spoof, L. and Meriluoto, J. : "Rapid LC-MS detection of cyanobacterial hepatotoxins microcystins and nodularins--comparison of columns", Anal. Chim. Acta , 653, 234-241(2009).
  10. Sano, T., Takagi, H., Nagano, K., Nishikawa,M. and Kaya, K. :" Accurate LC-MS analyses for microcystins using per-15N-labeled microcystins", Anal. Bioanal. Chem ., 399, 2511-2516(2011).

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