siyaku blog

- 研究の最前線、テクニカルレポート、実験のコツなどを幅広く紹介します。 -

【総説】UV硬化添加剤による酸素阻害抑制・特異な反応性による樹脂の高機能化

本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.1(2023年1月号)において、株式会社クラレ スペシャリティケミカル生産・技術・開発部 佐々木 佑希様、福本 隆司様に執筆いただいたものです。

1. はじめに

UV硬化樹脂は瞬間硬化による生産性の高さおよび、省エネルギーで環境配慮に優れている点から、塗料・コーティング・接着剤などの多くの用途にて使用されている。コーティング組成物に配合される成分としては多岐にわたるが、硬化に係る反応性基としてはラジカル重合性反応基が一般的に使用される。
ラジカル重合におけるもっとも普遍的な課題として、空気中の酸素による硬化阻害(酸素阻害)1)が挙げられる。これは、ラジカル重合開始剤や成長末端に対して酸素が作用し、不活性な過酸化物ラジカルが生成されることに起因する。塗料・コーティングでは酸素による硬化阻害は表面硬化不良の要因となるため、酸素阻害の抑制は大きな課題となっている。
酸素阻害の対策としては、酸素遮断条件でのUV硬化、酸素吸収性化合物の添加、開始剤の増量などの方策がとられているが、コストや物性の問題から実質的な課題解決には至っていない。
この酸素阻害の課題解決を狙い、UV硬化促進効果を持つ新規添加剤、DPNGおよびIPEMAを開発した。これら2種の添加剤はUV硬化の促進効果に加えて黄変防止や物性の改善、官能基化による難燃性の付与などユニークな機能付与効果を併せ持つ事を見出したので以下に紹介する。

2. 「DPNG」・「IPEMA」の性質

DPNG、IPEMAの基本物性を表1に示す。

表 1.DPNG と IPEMA の物性

DPNGは、無色透明液体である。酸素を吸収する材料として知られるN-メチルジエタノールアミン(MDEA)などのアミン化合物と比較して、DPNGは優れた酸素吸収効果を示し、アリルグリシジルエーテル(AGE)で必要とされる金属触媒を使わずとも高い酸素吸収性を示すことが分かる(図1)。

図 1.酸素吸収性試験

DPNGはアミン化合物で見られる着色・臭気がないため、添加剤として広範な用途での使用に適する。
IPEMAはメタクリロイル基とイソプレニル基の異なる2つのラジカル反応性基を持つ二官能モノマーである。それぞれの反応性基のQ-e値を、モデル化合物から推定した(表2)。

表 2.ラジカル反応性基の Q-e 値

メタクリロイル基は、高いQ値(0.78)とプラスのe値(0.40)を有する2)。一方で、イソプレニル基は低いQ値(0.034)とマイナスのe値(-1.51)を持ち、他の反応性基と比較して特徴的なQ-e値を持つことが分かる。
したがって、IPEMAはアクリロイル基との共重合時に特異な挙動を示す(図2)。

図 2.IPEMA の特異な反応挙動

メタクリロイル基はアクリロイル基と容易に重合しポリマー中に取り込まれる一方で、イソプレニル基はアクリロイル基に対して重合性が低くポリマー中に取り込まれにくいことから、重合中盤までイソプレニル基は残存する。そのまま重合を継続するとイソプレニル基もやがて重合して架橋に関与する(図2 反応①)。この反応後期に生じる架橋反応による硬化物の物性改善を後の4.2で紹介する。また残存するイソプレニル基の官能基化(図2 反応②)も可能であり、後の4.3で亜リン酸エステル付加による難燃性付与の例を紹介する。

3. UV硬化の促進(DPNG, IPEMA)

DPNGおよびIPEMAのUV硬化を促進する効果について、リアルタイムIR測定3)で解析を行った。図3は、UV硬化を行った際のアクリロイル基の反応率の時間変化をモニターしたグラフである。

図 3.UV 照射による二重結合反応率のリアルタイム解析

酸素遮断条件(No.1)では反応率74.5%とラジカル反応が進行したのに対し、同処方を空気下で硬化させた場合(No.6)では酸素阻害が生じ、反応率4.3%に留まった。一方、DPNGまたはIPEMAを添加した場合(No.2、3)ではUV 照射直後から反応が進行し反応率は46.2%、44.5%を示した。これは添加剤なしで開始剤を5 wt%使用した場合(No.4)を上回る結果である。また、反応率の時間変化をみると、酸素遮断条件と同様にUV照射直後から反応率が急上昇していることも大きな特徴である。DPNG/IPEMAの添加により酸素阻害が効果的に抑制されていることが確認でき、更に硬化液処方の最適化により、酸素遮断条件並の反応率まで到達可能である。

分解物解析より推定されたDPNG の作用メカニズム3)を図4に示す。

図 4.DPNG の酸素吸収作用メカニズム

反応時、DPNGのアリル位にラジカルが生成、続いて酸素と反応することでDPNGの過酸化物ラジカルの生成と共に酸素が捕捉される。生成した過酸化物ラジカルは他のDPNGの水素を引き抜くことでDPNGラジカルを再生し、DPNGの酸素吸収サイクルが進行すると考えられる。 IPEMAは酸素吸収性を持たないため、DPNGとは異なる機構でUV硬化を促進していると予想している。詳細な機構は不明だが、イソプレニル基とメタクリロイル基を同一分子内に持つことが促進効果に寄与していると考えている。

4. 硬化物の機能化

4.1 黄変抑制(DPNG)

DPNGは酸素吸収性を有することから、酸素をトリガーとして進行する樹脂の酸化劣化を防止する添加剤としても機能する。塗料・コーティング中に含まれる樹脂成分は経時的に酸化を受け、黄変やひび割れなどの要因となる。そのため、塗料・コーティングの多くには酸化防止剤が添加される。一般的な酸化防止剤の多くは固体であるのに対して、DPNGは液体であり樹脂やコーティング液に高い相溶性を示す。UV硬化組成物に添加すると、DPNGはUV硬化時に硬化促進剤として働き、硬化後は膜の耐候性を向上させる酸化防止剤として働く。
DPNGを配合したポリウレタン樹脂の耐候性試験の結果を示す(図5)。

図 5.添加剤違いのポリウレタン樹脂の耐候性試験

DPNG添加品は未添加品や他の酸化防止剤と比べてΔYIが小さく、黄変が抑制されていることが分かる。
樹脂の酸化劣化は、熱や光などの外部刺激によって発生した炭素ラジカル(R・)や酸素と反応して生成する過酸化物ラジカル(ROO・)、過酸化物(ROOH)によって進行する。既存の酸化防止剤はラジカル種や過酸化物をクエンチすることで酸化を防止する一方、DPNGは酸素そのものを吸収・分解することで酸化を防止する。既存の酸化防止剤とは作用箇所が異なるため、他の酸化防止剤との併用による相乗効果も持つ。

4.2 硬度と柔軟性の両立・カールの抑制(IPEMA)

UV硬化塗料・コーティングに添加される多官能モノマー/オリゴマーは高粘度であるため、粘度を低減してハンドリング性を向上する目的で反応性希釈剤が配合される。しかし、反応性希釈剤を用いる系の課題として硬化性の悪化や硬化膜の物性低下が挙げられる。IPEMAはこれら課題に対し効果的な反応性希釈剤である。
IPEMAを反応性希釈剤として多官能アクリレートに配合した際の硬化膜物性を表3に示す。

表 3.反応性希釈剤による塗膜物性変化

一般的な反応性希釈剤である二官能アクリレートモノマーHDDAと比較し、IPEMAは粘度を低減しながらも硬化に必要な光量が少なく、酸素阻害を受けにくい事が分かる。さらに、得られた硬化膜は特異な物理的性質を示した。優れた表面硬度と耐擦り傷性に加え、耐屈曲性試験では6mmΦという高い耐屈曲性を示した。本来トレードオフの関係である硬度と柔軟性を両立できていることが確認できる。また、IPEMAを配合した硬化膜は基材の反りが小さく、カールが抑制される性質を併せ持っていることが分かる。
これらの特異な物性は、反応性に富むメタクリロイル基と重合終盤に取り込まれるイソプレニル基を同一分子内に持つ分子構造に由来していると考えられる。官能基の重合タイミングが異なる事により、硬化時の応力が緩和された架橋の進行や、特異な架橋構造の形成が進行していると解釈され、IPEMAのユニークな機能発現に繋がっている。

4.3 難燃性付与(IPEMA)

近年、難燃剤の規制厳格化によりノンハロゲン化の要求が高まっており、リン化合物をはじめとするノンハロゲン系難燃剤の開発が盛んに行われている。しかし、低分子難燃剤には燃焼時に延焼・火災拡大の原因となる燃焼物のドリップ(溶融滴下)や難燃剤のブリードアウトなどの課題がある。IPEMAは重合中盤まで残存するイソプレニル基にリン化合物を付加させて高分子化することで、低分子難燃剤に見られるドリップやブリードアウトといった課題を解決したうえで樹脂の不燃化を簡便に達成できる。
主剤としてメタクリル酸メチル(MMA)、難燃剤として低分子リン酸エステルを用いた一般プロセス製のアクリル板と、IPEMAと亜リン酸エステルを添加した官能基化重合プロセス製のアクリル板の燃焼の様子を示す(図6)。

図 6.IPEMA を用いた難燃性付与と物性改善

一般プロセス製では低分子リン酸エステルの可塑効果により燃焼時にドリップする一方で、官能基化重合プロセス製ではドリップが抑制されノンハロゲンで不燃性を達成した。IPEMAを用いたリン化合物の導入が難燃性付与に好適に働いていることが示されたと考えている。さらにIPEMAを用いた官能基化重合によるリン導入技術をコーティングにも応用した(表4)。

表 4.IPEMA 添加による難燃性能評価

汎用の二官能モノマーHDDAと比較し、IPEMAを使用した条件で優れる難燃性能を示し、高硬度な硬化膜を取得することが出来た。

5. おわりに

本稿では、空気下でのUV硬化促進と、樹脂への機能付与を行う開発品DPNGおよびIPEMAについて紹介した。本開発品は、既存組成を変更せずに添加するだけでUV硬化促進効果を示す性質を持つ。加えて、DPNGは樹脂の酸化防止効果、IPEMAは硬化膜物性を改善する効果を持つユニークな開発品である。ぜひ一度、お試しいただきたい。

参考文献

  1. Husár, B. et al. . : Progress in Organic Coatings, 77, 1789 (2014).
  2. Grulke, E. A. et al. . : Polymer Handbook, Wiley, 2 (2003).
  3. Okamura, H. et al. . : J. Photopolym. Sci. Technol., 33, 349 (2020).

ΔYI値
黄変度(YI値)の変化量を指す。ウレタン結合は紫外光による酸化反応が生じ、キノンイミド構造を形成し黄変する。黄変の変化量(ΔYI値)より酸化抑制効果を比較することができる。

ブリードアウト
低分子成分は高分子成分と比較して分子運動性が高く、分子運動性の差により樹脂表面に低分子の樹脂添加剤(酸化防止剤、難燃剤など)が染み出す現象。添加剤のブリードアウトにより物性低下の要因となる。

キーワード検索

月別アーカイブ

当サイトの文章・画像等の無断転載・複製等を禁止します。