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食品に含まれるヒ素化合物について

本記事は、一般財団法人 日本食品検査 事業本部 試験部門 橘田 規様が執筆したものです。

ヒ素の化学形態及び毒性

ヒ素(As)は、地殻において主にAs3S3,As4S4,FeAsSなどの硫化物として存在し、火山活動や鉱物の風化などの自然現象によって環境中に放出されるため、大気、陸地、河川、湖沼および海洋に広く存在する元素である。自然環境中におけるヒ素の主な化学形態は、酸素を配位した無機ヒ素である亜ヒ酸(As(Ⅲ))およびヒ酸(As(Ⅴ))である(図1)。これらは海洋生態系の食物連鎖を通して代謝変換を受けるため、海洋生物の組織中で主にモノメチルアルソン酸(MMA),ジメチルアルシン酸(DMA),アルセノベタイン(AsBe),アルセノコリン(AsC)等の有機ヒ素として存在する(図1)。

  • 三酸化二ヒ酸(無水亜ヒ酸)
    Diarsenic trioxide
    (As(Ⅲ))
  • モノメチルアルソン酸
    Monomethylarsonic acid
    (MMA)
  • アルセノベタイン
    Aarsenobetain
    (AsBe)
  • ヒ酸
    Arsenic acid
    (As(Ⅴ))
  • ジメチルアルシン酸
    Dimethyl arsenic acid
    (DMA)
  • アルセノコリン
    Aarsenocholine
    (AsC)
図1.代表的なヒ素化合物

ヒ素化合物の毒性はその化学形態に大きく依存することが知られている。概して、有機ヒ素よりも無機ヒ素のほうが、また酸化数は5価よりも3価のほうが高い毒性を示す。無機ヒ素による急性中毒では、口腔、食道などの粘膜刺激の後、食道に痛みが現れ、数分から数時間後には嘔吐、腹痛、下痢などの症状が見られる。重篤な場合には、激しい嘔吐・下痢、筋けいれん、心筋障害、腎障害などの症状が現れ、早いと24時間以内に死亡する。有機ヒ素では急性毒性や抹消神経毒性は認められていないが、MMA(Ⅲ),DMA(Ⅲ)については生体に悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。

国際がん研究機関(IARC)が2004年に行った発がん性評価では、「飲料水中のヒ素」をヒトに対して膀胱がん、肺がん、皮膚がんを引き起こす証拠が十分あるとしてグループ1(ヒトに対して発がん性がある)に分類している。2012年の再評価では、無機ヒ素化合物をグループ1、DMA(V)及びMMA(V)をグループ2B(ヒトに対して発がん性の可能性がある)、AsBeやヒトにおいて代謝されないその他の有機ヒ素化合物をグループ3(ヒトに対する発がん性について分類できない)に分類している。

食品からのヒ素の摂取

2016年度~2018年度の厚生労働科学研究で実施されたマーケットバスケット方式のトータルダイエットスタディーにより推定された総ヒ素及び無機ヒ素の1日・1人当たりの摂取量を図2に示した。総ヒ素の摂取量については、134 μg/man/dayの魚介類(58.3%)、72.6 μg/man/dayのその他の野菜・海草類(31.6%)、13.8 μg/man/dayの米及びその加工品(6.0%)が総和に占める割合が大きい。ほとんどの野菜はヒ素の含量が低く、魚介類と昆布、わかめ等の海草類に含まれる総ヒ素のほとんどは比較的影響の程度が小さいアルセノシュガーやAsBe等の有機ヒ素であることが報告されている。

一方、毒性の強い無機ヒ素の摂取量については、12.4 μg/man/dayの米及びその加工品(73.8%)、2.2 μg/man/dayのその他の野菜・海草類(13.1%)が総和に占める割合が大きい。米及びその加工品の総ヒ素に占める無機ヒ素の割合が89.9%と高いのは、米は土壌中の無機ヒ素が溶け出しやすい水田ほ場で長期間栽培される間に無機ヒ素を内部に取り込むためである。

図2.食品群別の総ヒ素及び無機ヒ素の1日・1人当たりの摂取量

米中ヒ素の化学形態別分析

国際基準を策定するコーデックス委員会は、米は他の農産物に比べヒ素濃度が相対的に高く、灌漑用水や調理用水による汚染を通じ、無機ヒ素の経口摂取に大きく寄与するとして、米中に含まれる無機ヒ素濃度について最大基準値(精米:0.2 mg/kg(2014),玄米:0.35 mg/kg(2016))を設定し、2017年には「米中ヒ素の汚染の防止と低減に関する実施規範(CXC 77-2017)」を策定した。これを受けて、農林水産省は米中無機ヒ素の含有実態を調査するとともに、無機ヒ素の低減に係る技術開発を進めている。

このような背景から、米中の無機ヒ素と有機ヒ素を分離して低濃度まで定量する必要があり、この目的に適した分析法として高速液体クロマトグラフ誘導結合プラズマ質量分析(LC/ICP-MS)を用いた化学形態別分析法が広く用いられている。化学形態別分析法は、抽出、加熱、希釈などの前処理工程において、各ヒ素化合物の化学形態が変化しないよう配慮して構築されている(図3)。

試料を粉砕し,目開き500 μm以下のふるいを通過させる
粉砕した試料0.5 gを10 mLガラス試験管に秤量する
+0.15 mol/L硝酸2 mL
加熱(100 ℃,2 時間)
+超純水 2 mL
軽く振とう
遠心分離(2000~2600×g,10 分)
沈殿物に対して,超純水の添加から遠心分離までの操作を2回繰り返す
超純水で10 mLに定容する
メンブランフィルターでろ過
LC/ICP-MS
図3.玄米中ヒ素の化学形態別分析法のフローチャート

各ヒ素化合物の分離には高速液体クロマトグラフ(HPLC)が、分離された各ヒ素化合物の検出には高感度な誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)が適している。各ヒ素化合物の酸解離定数はそれぞれ異なり、移動相のpH条件によって陽イオン、陰イオン、両性イオン、非イオン等の複数の形態で同時に存在する場合があるため、1-ブタンスルホン酸ナトリウムを塩基性化合物分析用、テトラメチルアンモニウムヒドロキシドを酸性化合物分析用のイオン対試薬とした逆相イオン対クロマトグラフィーを用いることが多い(図4)。この分析法は室間共同実験による妥当性確認が行われた信頼性の高いものであり、汚染実態調査等に使用されている。

図4.LC/ICP-MSによるヒ素化合物の抽出イオンクロマトグラム
カラム: CAPCELL PAK C18MG(内径4.6 mm,長さ250 mm,粒系5 μm)
移動相: 0.05 %(v/v)メタノール,10 mmol/L 1-ブタンスルホン酸ナトリウム,4 mmol/Lマロン酸,4 mmol/Lテトラメチルアンモニウムヒドロキシド(pH3.0)
流量: 0.75 mL/min
RF出力: 1.55 kW
プラズマガス流量(Ar): 15 L/min
キャリアガス流量(Ar): 1.0 L/min
補助ガス流量(Ar): 0.90 L/min
分析種: 1.As(Ⅴ) 2.As(Ⅲ) 3.MMA  4.DMA

おわりに

米やヒジキなどでは他の食品と比べて無機ヒ素が多く含まれているが、日本の食文化に基づく通常の摂取の範囲ではヒ素中毒を起こすなどの健康に悪影響が生じたとの報告はない。食品安全委員会の評価でも「バランスの良い食生活を送っていただければ問題ない」とされていることから、特定の食品に偏らずバランスの良い食生活を心がけることが重要である。

参考文献

  1. 化学物質・汚染物質評価書 食品中のヒ素,食品安全委員会(2013).
  2. 平成30年度厚生労働行政推進調査事業費補助金 食品の安全確保推進研究事業 食品を介したダイオキシン類等有害物質摂取量の評価とその手法開発に関する研究 総括・分担研究報告書, 厚生労働省(2019).
  3. CODE OF PRACTICE FOR THE PREVENTION AND REDUCTION OF ARSENIC CONTAMINATION IN RICE, CXC 77-2017, CODEX(2017).
  4. コメ中ヒ素の低減対策の確立に向けた手引き, 農林水産省(2019).
  5. Preliminary Report On International Validation Of Analytical Method To Determine Inorganic Arsenic In Rice,CCCF 17th Session agenda item 14,CODEX(2013).
  6. LC/MS,LC/MS/MSの基礎と応用, オーム社(2014).

関連品目

製品コード 品名
638-15992 三酸化二ひ素
324-34881 メチルアルソン酸
631-09671 アルセノベタイン水溶液
632-16051 ひ酸[As(V)]水溶液
634-18211 ジメチルアルシン酸水溶液
328-34921 アルセノコリンブロミド
024-13991 1-ブタンスルホン酸ナトリウム
357-23622 テトラメチルアンモニウムヒドロキシド五水和物
148-06935 硝酸 (1.42)  ※超微量分析用
217-01031 超純水 ※超微量分析用

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