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【連載】エクソソームと生命現象「第 5 回 イミダゾールジペプチドによるエクソソームを介した脳腸相関活性化」

本記事は、和光純薬時報 Vol.87 No.2(2019年6月号)において、九州大学大学院 農学研究院 片倉 喜範様に執筆いただいたものです。

図1.
図1.

イミダゾール基を含むヒスチジンが結合したジペプチドの総称であるイミダゾールジペプチドには、カルノシンやアンセリンなどが知られており(図1)、筋肉や脳に多く存在し、特に食肉中に豊富に含まれている。イミダゾールジペプチドはこれまでに、抗酸化作用、抗糖化作用、疲労回復作用など、様々な生理機能を有していることが知られている1, 2)

最近になり、アルツハイマー病モデルマウスを用いた解析3)、及び中高齢者ボランティアに対するヒト介入試験の結果から、記憶機能を改善する効果があることが明らかとなっている4, 5)

図2.カルノシンによる脳腸相関活性化とその分子基盤
図2.カルノシンによる脳腸相関活性化とその分子基盤

このように、イミダゾールジペプチドの脳機能改善効果は明らかとなってはいるが、その詳細は作用機序に関しては未だ明らかとはなっていない。その原因として、ヒトが経口摂取したカルノシンは、腸管上皮細胞内において、あるいは腸管を通過した後の血中において、カルノシナーゼというカルノシン分解酵素により、β-AlaとL-Hisに分解され、カルノシンそのものが脳に送達し、その機能を発揮しているわけではないことが挙げられる。つまり、カルノシン摂取による脳機能改善効果は、カルノシンの直接的な送達ではなく、腸管から脳への何らかのシグナルの伝達、すなわち「脳腸相関」の活性化によるものと考えられている(図2)。

近年「脳腸相関(Brain-gut interaction)」という概念が注目されている。これは、脳と腸が自律神経系や液性因子(ホルモンやサイトカイン)を介して密接に関わり合い、相互作用をすることであり、「脳腸軸(Brain-gut axis)」とも言われている。この脳腸相関の代表的な例として、過敏性大腸炎(irritable bowel syndrome : IBS)がある。これは、脳がストレスを感知することで、視床下部においては副腎皮質ホルモン放出因子の、そして腸粘膜においてはセロトニンの分泌を促し、それぞれの特異的レセプターを介して、消化管の運動に異常をきたすことが原因とされており、生体にとってはネガティブな意味での脳腸相関を示す疾患と言える。

そこで我々は、脳機能改善効果のある食品による脳腸相関活性化の可能性を検証するとともに、その分子基盤の一つとして、細胞分泌小胞として知られる"エクソソーム"を想定し、研究を行った。エクソソームは直径40~100 nmという非常に小さい細胞外小胞として知られる。エクソソームは、正常細胞からがん細胞に至るまで、生物を構成するあらゆる細胞から分泌されることが知られている。このエクソソームの機能性に関する研究は、エクソソームがmiRNAを内包しているという報告を機に、一気に注目を集めることとなった6)

miRNAは、21-25塩基長の短い1本鎖RNA分子であり、真核生物において遺伝子の転写後発現調節に関与している。miRNAはその標的mRNAに対して不完全な相同性をもって結合し、一般に標的遺伝子の3'UTRを認識して、標的mRNAを不安定化するとともに翻訳抑制を行うことでタンパク質生産を抑制する。発生、細胞増殖、細胞分化、アポトーシスまたは代謝といった様々な生体内プロセスにおいてmiRNAが関わっていることが明らかとなっている7)

このエクソソームがmiRNAを内包するという報告により、細胞間コミュニケーションの重要なメディエーターとしてのエクソソームの関与が推定されるようになってきている。実際に、オリゴデンドロサイトが分泌するエクソソームが髄鞘形成を制御すること8)、プリオン病の原因となる以上プリオン構造タンパク質がエクソソーム内に含まれ、中枢神経内への異常構造プリオンタンパク質が伝搬するなど9)、神経細胞間コミュニケーションにおけるエクソソームの関与に関する報告が相次いでいる。

以上のことを踏まえ、我々はカルノシンによる脳腸相関活性化の分子基盤として、腸管由来のエクソソームを想定し、そのエクソソームの単離、同定、内包されるmiRNAと神経細胞におけるそのmiRNAの標的遺伝子の同定を試み、研究を行った。

まずヒト培養腸管細胞のモデルとしてヒト結腸ガン由来細胞 Caco-2を用いた。カルノシン処理した Caco-2細胞の培養上清から、MagCapture™ Exosome Isolation Kit PSを用いてエクソソームを単離・精製した10)。得られたエクソソームを、ヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞に添加し培養することで、SH-SY5Yにおいて神経突起の伸長(図3)と、神経突起マーカー遺伝子(Neurofilament Medium (NEFM), Nestin, 図4)の発現増強が観察された。

図3.カルノシン処理したCaco-2細胞培養上清由来エクソソームを添加したSH-SY5Y細胞における神経突起伸長
図3.カルノシン処理したCaco-2細胞培養上清由来エクソソームを添加したSH-SY5Y細胞における神経突起伸長
左から、無処理SH-SY5Y細胞、レチノイン酸処理したSH-SY5Y細胞、カルノシン処理したCaco-2細胞培養上清由来エクソソーム処理したSH-SY5Y細胞
SH-SY5Y細胞における神経突起は、Neuro-Chrom Pan Neuronal Maker (Millipore)により蛍光染色し、共焦点レーザー走査型顕微鏡(FLUOVIEW FV1000, Olympus)を用いて観察した。(Sugihara Y. et al., PLoS One (in press) より引用)
図4.カルノシン処理したCaco-2細胞培養上清由来エクソソームを添加したSH-SY5Y細胞における遺伝子発現変化
図4.カルノシン処理したCaco-2細胞培養上清由来エクソソームを添加したSH-SY5Y細胞における遺伝子発現変化
終濃度1 mMあるいは10 mMのカルノシンを添加したCaco-2細胞培養上清からエクソソームを調製し、SH-SY5Y細胞に添加し培養後、定量RT-PCR法により遺伝子発現変化を検証した。
Exo-ctrl : 無処理Caco-2細胞培養上清由来エクソソームを添加したSH-SY5Y細胞
Exo-Car1/Exo-Car10 : 1 mM/10 mMのカルノシンを添加したCaco-2細胞培養上清由来エクソソームで処理したSH-SY5Y
無処理 : 無処理SH-SY5Y
レチノイン酸 : レチノイン酸処理SH-SY5Y

以上の結果から、カルノシン処理をしたCaco-2細胞から、SH-SY5Y細胞の神経突起伸長を促すエクソソームが分泌されていることが明らかとなった。

図5.miRNA-ターゲット遺伝子同定のためのマイクロアレイ統合解析

次に、カルノシン処理によりCaco-2細胞から分泌され、SH-SY5Y細胞の神経突起伸長を促すエクソソームに含まれるmiRNAとその標的遺伝子の同定を試みた。そのためにまず、カルノシン処理したCaco-2細胞から分泌されるエクソソームを単離・精製し、マイクロアレイ解析により、その中に含まれるmiRNAの発現解析を行った。コントロール処理と比較して、有意に発現変動を示すmiRNAを抽出し、Target Scan Human (http://www.targetscan.org/)を用いて、発現変動miRNAの標的遺伝子を予測した(図5:遺伝子セット1)。

さらに、上記カルノシン処理Caco-2細胞由来エクソソームを、ターゲット細胞であるSH-SY5Y細胞に添加し、マイクロアレイ解析により、SH-SY5Y細胞内における遺伝子発現解析を行い、発現変動した遺伝子の抽出を行った(図5:遺伝子セット2)。遺伝子セット1と遺伝子セット2の間で共通する遺伝子を抽出し(約200遺伝子、マイクロアレイの統合解析)、さらに神経細胞活性化に関わる遺伝子の抽出及びIngenuity Pathway Analysisによる遺伝子相関図をもとに、カルノシン処理Caco-2細胞由来エクソソームに含まれ、しかも神経細胞活性化に関わるmiRNAの同定(4種)とSH-SY5Y細胞におけるその標的遺伝子の同定(14種)を行った。

その後、それらmiRNAの機能性は、そのmiRNA mimicを導入あるいはその標的遺伝子をノックダウンしたSH-SY5Y細胞での機能性解析を行うことで、カルノシン処理Caco-2細胞由来エクソソームに含まれ、しかも神経細胞活性化に関わるmiRNAとその標的遺伝子の同定に成功した(投稿中)。

以上のように、エクソソーム中のmiRNAのマイクロアレイとエクソソームの標的細胞におけるmRNAのマイクロアレイの統合解析を行うことで、エクソソームにより伝達される情報の分子基盤(内包するmiRNAとその標的遺伝子)の同定が可能となった。ある種の表現型誘導に関わるエクソソームの同定とその分子基盤を明らかにする上で、非常に有用な方法になり得るものと考えられた。

参考文献

  1. Boldyrev, A. A. et al. : Physiol. Rev., 93, 1803-1845 (2013). DOI: 10.1152/physrev.00039.2012
  2. Budzeń , S. and Rymaszewska, J. : Adv. Clin. Exp. Med., 22, 739-744 (2013).
  3. Herculano, B. et al. : J. Alzheimers Dis., 33, 983-997 (2013). DOI: 10.3233/JAD-2012-121324
  4. Hisatsune, T. et al. : J. Alzheimers Dis., 50, 149-159 (2016). DOI: 10.3233/JAD-150767
  5. Katakura, Y. et al. : Nutrients, 9, 1199 (2017). DOI: 10.3390/nu9111199
  6. Valadi, H. et al. : Nat. Cell Biol., 9, 654-659 (2007). DOI: 10.1038/ncb1596
  7. Ma, C. et al. : Sci. China. Ser. C, 52, 323-330 (2009). doi: 10.1007/s11427-009-0056-x
  8. Bakhti, M. et al. : J. Biol. Chem., 286, 787-796 (2011). DOI: 10.1074/jbc.M110.190009
  9. Bellingham, S. A. et al. : Front. Physiol., 3, 124 (2012). DOI: 10.3389/fphys.2012.00124
  10. Nakai, W. et al. : Sci. Rep., 6, 33935 (2016). DOI: 10.1038/srep33935

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