【連載】エクソソームと生命現象「第8回 エクソソームを利用した診断」
本記事は、和光純薬時報 Vol.88 No.1(2020年1月号)において、公益財団法人がん研究会 植田 幸嗣様に執筆いただいたものです。
従来、細胞間コミュニケーションや細胞周辺環境の恒常性維持には細胞外に放出される液性因子(サイトカインなど)が機能していると考えられてきたが、近年の研究により微小分泌小胞もこれらにとって重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。特にエンドサイトーシスを起点とする細胞内小胞輸送経路を経て生成される細胞外小胞の一種、エクソソームに関しては基礎生物学的な機能解明に留まらず診断、治療、ドラッグデリバリーのツールとして臨床応用に向けた開発研究も非常に活発化している。本稿ではこのうちエクソソーム内包分子を利用した疾患の新しい診断技術開発について世界的な動向を概説する。
エクソソームは直径数十~百ナノメートルほどの脂質二重膜構造を持ち、特定のタンパク質群(テトラスパニンファミリー、Rab ファミリー、Tsg101、Alix など)や miRNA が細胞内構成比率と比して特に多く含まれる小胞とされる。これらに加え、病因細胞由来のエクソソームにはその細胞において特異的に発現している分子群が包含され、かつこれらが血液や尿といったあらゆる体液から検出が可能であることから、生検を行わずとも非侵襲的な体液診断で疾患の分子病態を読み取れる「リキッドバイオプシー」の有望なツールであると考えられている。
現在エクソソームを利用した診断法の開発が最も進んでいる疾患領域はがんである。実際、血清中エクソソームから肺がん特異的EML4-ALK 融合遺伝子転写物を検出する検査(ExoDx™ Lung(ALK), Exosome Diagnostics, Inc.)や、尿中エクソソームから前立腺がん特異的 2 種 mRNA(SPDEF, ERG)と 1 種 ncRNA(PCA3)を検出する検査(ExoDx™ Prostate(IntelliScore),Exosome Diagnostics, Inc.)が既に米国で上市されている。また同社は 2019 年 4 月、血漿中エクソソームに含まれる DNA、RNA (ExoNA)を利用して肺がん細胞で見られる代表的な EGFR 遺伝子変異 L858R、T790M、exon 19 indels をそれぞれ感度 90%、83 %、73 %、 特異度 100 %、100 %、96%で検出可能であったと報告している(n = 110)1)。
エクソソーム中からがん特異的遺伝子変異を検出した他の例としては、リンパ節郭清を行った悪性黒色腫患者から得られた滲出リンパ液(exudative seroma, ES)よりエクソソームを単離して解析したところ BRAFV600E 変異の検出に成功し、その検出頻度は再発リスクと相関があったとするものがある 2)。
筆者らの研究グループによる腎がん特異的エクソソームタンパク質バイオマーカー開発の例では、手術切除した腎がん部および隣接正常部を採取し培養した無血清培地から生存ヒト組織由来エクソソームを抽出、最先端質量分析技術を用いた詳細な分析を行った。20 症例由来腎組織を用いた本解析からは 3,781 種のエクソソームタンパク質が定量的に検出され、このうち 106種タンパク質が腎がん部由来エクソソームにおいて腎正常部由来エクソソーム中と比較して有意に発現亢進しており(p < 0.05、Fold-change > 2.0)、特にazurocidin (AZU1)タンパク質が最も顕著な発現上昇を示すことが分かった(p = 2.85 × 10-3、Foldchange = 31.6)。
エクソソーム上 AZU1 (Exo-AZU1)は腎がん患者血清中からも腎がん特異的に検出が可能であり、通常のサンドイッチ ELISAと同様の測定系でハイスループット計測が可能なことから、現在、体外診断用キット化が民間企業主導で進められている 3)。
超高感度質量分析技術を駆使したエクソソームのメタボローム解析も盛んに試みられており、Falcón-Pérez らは前立腺がん患者および前立腺肥大症患者の尿中エクソソームから 248 種の代謝物を定量検出することに成功している。とりわけステロイドホルモンで ある 3β-Hydroxyandros-5-en-17-one3-sulphate(Dehydroepiandrosterone sulphate)が前立腺がん患者尿中エクソソームおいて有意に高値であること、アンドロゲンレベルとよく相関する特徴があることなどを示し、非侵襲的な尿中エクソソームを利用した前立腺がんの特異的存在診断マーカー、治療選択マーカーとしての可能性を提言している 4)。
これら以外にも次世代シークエンサーや質量分析計をはじめとするオミクス分析技術の飛躍的な発達に伴って、がん細胞由来エクソソームに含まれるあらゆる生体分(mRNA、 miRNA、ncRNA、タンパク質、表面糖鎖、脂質、代謝物、微量元素など)の詳細な定量的プロファイル解明に基づくがんエクソソームバイオマーカー開発事例が次々と報告されている 5)。
エクソソームを含むリキッドバイオプシー診断技術開発が最も期待されている疾患分野の一つはアルツハイマー病やパーキンソン病を代表とする脳神経変性疾患である。これらの疾患は生検によって病変組織を採取して診断することが困難であり、画像診断や血液、髄液バイオマーカーの情報と認知、行動テストの結果から総合的に病勢や進行度を判断しなければならないが、精度の高い画一的な診断法は確立されていない。そこで、ニューロンやグリア細胞といった中枢神経系細胞が分泌するエクソソームに注目が集まっている。これらが診断に利用可能な脳脊髄液中から捕捉可能であり、さらに一部は血液脳関門を透過して末梢血からも検出が可能であることが分かったからである。
重要なことに、アミロイドβ、αシヌクレイン、タウといった神経変性疾患の発症に深く関わるタンパク質群も脳脊髄液、血液中エクソソームから検出されている 6)。脳脊髄液中からアミロイドβやタウ、リン酸化タウを測定する検査は実用化されているが、原則的にこれらは病態が進行し、死んだ細胞から漏出してくるものと考えられており、生存状態の細胞が分泌するエクソソームに包含されるこれらマーカー分子群を検出できれば、より早期の病態変化(軽度認知障害(MCI)など)も捉えられるのではないかと期待されている。
また、血液中に含まれる脳神経細胞由来エクソソームは微量であると考えられるため、より高深度で特異性の高いバイオマーカー開発を実現する目的で同エクソソームを特異的に濃縮精製可能な技術の開発も盛んに行われている。Goetzl らは L1CAM 分子を標的とする免疫捕捉法で神経細胞由来エクソソームを血中から濃縮し、同エクソソーム中 cathepsin D、LAMP-1、ユビキチン化タンパク質レベルがアルツハイマー病患者群で有意に上昇すること、逆に HSP70 タンパク質濃度が低下することを明らかにしている 7)。
一方、現在世界の死因第一位である心血管疾患分野においてもエクソソームの病態への関与やそれを応用した診断法は注目されつつある。一例として、心筋梗塞によりダメージを受けた心筋細胞からは特定の miRNA(miR1, 208, 499)を含むエクソソームが放出され、これが骨髄単核細胞に取り込まれて CXCR4 の発現を抑制することで循環前駆細胞が増加、全身性の心筋修復を誘導することが報告された 8)。こうした特徴的な心血管系細胞由来 miRNA(myo-miRs)が包含されたエクソソームは心筋障害の鋭敏なバイオマーカーとなる可能性があり、重篤な症状が顕在化する前に病変を認知できるようになる可能性がある。
以上の例以外にも、非常に多岐にわたる疾患を対象として様々な体液試料からエクソソームバイオマーカー候補分子が報告されているが(表 1)、複数の独立した研究によって再現性が確認されたものはまだわずかである。
表1
疾患カテゴリー | 疾患名 | 測定試料 | エクソソームバイオマーカー | 原著論文 |
---|---|---|---|---|
脳神経変性疾患 | パーキンソン病 | 血漿 | DJ-1, α-Synuclein | Front. Aging Neurosci., 10, 438 (2018). |
脳神経変性疾患 | アルツハイマー病 | 血漿 | Aβ42, T-tau, and P-T181-tau | Alzheimers Dement., 15, 1071 (2019). |
脳神経変性疾患 | アルツハイマー病 | 血清 | miR-135a, miR-193b, miR-384 | Biomed. Environ. Sci., 31, 87 (2018). |
脳神経変性疾患 | 免疫性脱髄疾患 | 脳脊髄液 | hsa_circ_0087862, hsa_circ_0012077 (環状 RNA) |
Front. Genet., 10, 860 (2019). |
循環器系疾患 | 急性心筋梗塞 | 血清 | miR-192, miR-194, miR-34a | Circ. Res., 113, 322 (2013). |
循環器系疾患 | 冠動脈硬化症 | 血漿 | miR-30e, miR-92a | Mol. Med. Rep., 19, 3298 (2019). |
腎疾患 | 菲薄基底膜病 | 尿 | CD13, VASN, A1AT, Cp | Proteomics, 11, 2459 (2011). |
腎疾患 | 巣状分節性糸球体硬化症 | 尿 | miR-193a | Biomed. Res. Int., 2017, 7298160 (2017). |
腎疾患 | 原発性アルドステロン症 | 尿 | sodium-chloride cotransporter (NCC) | Journal of the American Society of Nephrology, 28, 56 (2017). |
腎疾患 | 間質性腎線維症 | 尿 | miR-29c | Exp. Mol. Pathol., 105, 223 (2018). |
口腔疾患 | 歯周炎 | 唾液 | PD-L1 mRNA | Front. Genet., 10, 202 (2019). |
がん | 食道がん | 唾液 | Chimeric GOLM1-NAA35 RNA | Clin. Cancer Res., 25, 3035 (2019). |
がん | 膵がん | 血清 | LysoPC 22:0, PC (P-14:0/22:2) and PE (16:0/18:1) |
Metabolomics, 15, 86 (2019). |
しかしながら、前述の Exosome Diagnostics社をはじめ、ADAPT Biotargeting System™ を用いて乳がんのリキッドバイオプシーを開発する Caris Life Sciences 社や TauSome™ バイオマーカーによって慢性外傷性脳症のモニタリングマーカーを開発する Exosome Sciences 社など、産業界も活発にエクソソーム体外診断薬の開発を進めている。なお、Exosome Diagnostics 社は 2018 年 8 月に Bio-Techne Corporation (NASDAQ) が約 350 億円のマイルストーン契約を含む計約 620 億円で買収し、2019 年 6 月には ExoDx™ Prostate (IntelliScore) 検査が FDA のブレイクスルーデバイス指定を受けるなど更に事業を加速させている。
本稿はエクソソームの診断利用についてその一角を紹介したが、今後はエクソソームを 利用した新規治療法やドラッグデリバリーシステムなど一層多くのエクソソーム製剤が臨床応用されていくと期待される。これを加速し、また安全性や品質を科学的に保証できる厳密なエクソソームに関する基礎生物学的データ蓄積の重要性が一段と増していると言える。
参考文献
- Castellanos-Rizaldos, E. et al. : Oncotarget, 10, 2911 (2019). 10.18632/oncotarget.26885
- Garcia-Silva, S. et al. : J. Exp. Med., 216, 1061 (2019). DOI: 10.1084/jem.20181522
- Jingushi, K. et al. : Int. J. Cancer, 142, 607 (2018). DOI: 10.1002/ijc.31080
- Clos-Garcia, M. et al. : J. Extracell Vesicles, 7, 1470442 (2018). DOI: 10.1080/20013078.2018.1470442
- Jalalian, S. H. et al. : Anal. Biochem., 571, 1 (2019). DOI: 10.1016/j.ab.2019.02.013
- Goetzl, E. J. et al. : Neurology, 85, 40 (2015). DOI: 10.1212/WNL.0000000000001702
- Cheng, M. et al . : Nat. commun., 10, 959 (2019). DOI: 10.1038/s41467-019-08895-7