【連載】Wako Organic Chemical News No.11「ATRPとRAFT重合」
今月の反応・試薬 「ATRPとRAFT重合」 サイエンスライター : 佐藤 健太郎氏
ラジカル重合
1926年にドイツのHermann Staudingerによって高分子の概念が提唱されて以来、その研究は大きく進展し、化学の重要な一分野を成してきた。その成果はプラスチックや合成繊維などとして、我々の日常生活にも大きな影響を与えている。高分子化学は、人類に最も貢献した科学分野の一つと言ってもよいだろう。
高分子を合成する方法を化学反応の面から分類してみると、アニオン重合・カチオン重合・ラジカル重合などに分けられる。中でもラジカル重合は反応性が高く、多様なモノマーが利用可能であるため、広く用いられている。
典型的なラジカル重合は、まずラジカル発生剤が光や熱によって開裂してラジカル種ができ、モノマーに付加することによって始まる(開始反応)。このラジカルがモノマーに付加して、新たなラジカル種を生成するという過程を繰り返し、ポリマーが生長する(生長反応)。
生長途上にあるラジカル中間体同士は、互いに結合、あるいは不均化反応を起こすことによってラジカル種が失われ、生長を停止してしまう(停止反応)。停止反応のタイミングを制御することは難しく、このためラジカル重合の生成物は重合度がまちまちな、分子量分布の広い高分子になりやすい。この点は、ラジカル重合の弱点の一つであった。
リビング重合の発見
この弱点を克服できる手法として現在盛んに研究されているのが、リビング重合の分野だ。これは、ポリマー末端の生長点が「生きた」まま、すなわち反応性を保った状態で重合が進むものを指す。この場合、反応はモノマーが消費しつくされるまで続くため、重合度は反応時間に比例することになる。また、いったん反応が終わったポリマーに対しても、新たにモノマーを追加すれば重合が再開するため、重合度は自在に調整できる。
リビング重合の中で、最も早くから研究されたのはアニオン重合であり、反応性の高いラジカル重合では、活性種を「生きた」状態で保つのは難しいと考えられてきた。しかし1990年代以降、これを乗り越える方法がいくつか報告され、「リビングラジカル重合」はホットな研究分野となっている。
前述のように、ラジカル重合における生長点が消失する主な要因は、反応中間体のラジカル同士が衝突し、反応してしまうことにある。これを防ぐには、反応系中のラジカル種濃度を下げ、反応の確率を下げてやればよい。具体的には、ラジカル種を可逆的に再生しうる「休止種」(dormant species)の形にし、望まない停止反応などから保護する手法をとる。これまでにいくつかの休止種と活性化法が報告されている。
リビング重合の発見
リビングラジカル重合の代表的なものとして、ATRPと呼ばれる方法がある 1-2)。この方法で、休止種となるのはハロゲン化アルキル(R-X)、活性化に用いられるのは低原子価金属錯体触媒(MXn)である。触媒はハロゲン化アルキルを一電子還元し、ラジカル(R・)と酸化された高原子価錯体(MXn+1)を生じる(活性化過程)。発生したラジカル種はモノマーと結合して生長した後、先の高原子価錯体と反応してハロゲン化アルキルとなり、低原子価状態の触媒(MXn)を再生する(不活性化過程)。
ラジカルと休止種の平衡は休止種側に大きく偏っており、このため系内のラジカル濃度は低く保たれる。活性化過程の速度定数をkact、不活性化過程の速度定数をkdeactとした場合、両者の比kact/kdeactが大きい方が、反応が迅速に進行するため、こうした触媒を用いることが望ましい。この比をATRP平衡定数と呼んでいる。
モノマーとしては、スチレン誘導体、アクリレート、メタクリレート、アクリル酸、メタクリル酸、アクリロニトリルなど幅広いオレフィン類が利用可能である。ヒドロキシ基・アミノ基などの官能基も許容であり、溶媒としてはトルエンやアセトン、アルコール類の他、水も利用可能である。
実際の触媒としては、1価と2価をとりうる銅の錯体が用いられることが多い。ただしこの方法では、銅触媒が生成物のポリマーに取り込まれて残存してしまい、除去が難しいという難点があった。銅塩に対し、ビピリジル誘導体や1,1,4,7,10,10-ヘキサメチルトリエチレンテトラミンなどのポリアミンを銅に配位させると、触媒量が数ppmオーダーにまで大幅に減らせるため、よく用いられるようになっている3)。
ATRPは、重合度を精密に制御できるため、腕の長さが揃った星状ポリマーなどの合成も可能である。また、ブロック共重合体の合成にも向いており、用途が広がっている。
可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合
遷移金属触媒を全く用いないリビングラジカル重合法も開発されている。可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合と呼ばれるものがそれで、連鎖移動剤として各種ジチオエステル類(ジチオカルボナート(キサンタート)、ジチオカルバマート、トリチオカルボナート)などを用いるのが特色である4)。
生長中のポリマー末端のラジカル(P・)に対して、これらのジチオエステル類が付加した後、脱離基Rがラジカルとして離れてゆき、ここから新たなポリマー鎖が生長する(連鎖移動反応)。新たに生成したジチオエステル類は再び連鎖移動剤として働くため、これらの反応はモノマーが完全に消費されるまで繰り返されるというのが、RAFT重合の基本的な流れである。
RAFT重合においては、モノマーと連鎖移動剤の組み合わせが適切でないと、反応がうまく進行しない。最適な連鎖移動剤の選択についても、報告が行なわれているので参考になる。RAFT重合は、重合度の精密制御はもちろんのこと、有毒な金属触媒を必要としない上、多くの官能基や溶媒(水を含む)が利用可能という長所を持つ。また、酸素や湿気にも強いため、特別な実験器具などを必要としない。
参考文献
- J.-S. Wang and K. Matyjaszewski, J. Am. Chem. Soc., 117, 5614 (1995).
- M. Kato et al., Macromolecules, 28, 1721 (1995).
- W. Jakubowski, K. Matyjaszewski, Angew. Chem. Int. Ed., 45, 4482 (2006).
- J. Chiefari et al., Macromolecules, 31, 5559 (1998).
- G. Moad et al., Australian J. Chem., 58, 379 (2005).; G. Moad et al., Australian J. Chem., 59, 669 (2006).
注目の論文
①Oxidative Coupling of Aryl Boron Reagents with sp3-Carbon Nucleophiles: The Enolate Chan-Evans-Lam Reaction
Patrick J. Moon, Heather M. Halperin, and Rylan J. Lundgren*
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201510558
アリールボロン酸とアミン、フェノールなどを銅塩存在下でカップリングするChan-Evans-Lam反応は広く用いられる有用な反応である。著者らは、この反応のアミンなどの代わりに、マロン酸エステルなどのアニオンが利用でき、C-C結合生成に用いうることを示した。アリール酢酸誘導体合成に有用な反応。
②Graphene Oxide Catalyzed C-H Bond Activation: The Importance of Oxygen Functional Groups for Biaryl Construction
Dr. Yongjun Gao, Pei Tang, Hu Zhou, Dr. Wei Zhang, Hanjun Yang, Prof. Dr. Ning Yan, Dr. Gang Hu, Prof. Dr. Donghai Mei, Prof. Dr. Jianguo Wang and Prof. Dr. Ding Ma*
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201510081
グラフェンオキシドの触媒としての応用が注目されている。この論文では、ベンゼンとヨウ化アリールをグラフェンオキシド及びカリウムtert-ブトキシドと加熱することで、C-H結合活性化が起こり、ビアリールが得られることを報告している。
③The Strongest Acid: Protonation of Carbon Dioxide
Dr. Steven Cummings, Prof. Dr. Hrant P. Hratchian, Prof. Dr. Christopher A. Reed*
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201509425
フッ素化されたカルボラン酸H(CHB11F11)は、二酸化炭素をプロトン化できることが示された。これは今までのどの超強酸にも成し得なかったことであり、従ってこのカルボラン酸は史上最強の酸であると結論づけられた。