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揮発性有機化合物 (VOC)

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はじめに

揮発性有機化合物 (VOC; Volatile Organic Compounds) は文字通り、常温常圧でも揮発性を有する有機化合物のことです。その規制の歴史は他の有害物質に比べると浅く、まだなじみがないかもしれません。本稿ではこのVOCの性質と国内外の規制について紹介します。

VOCとPM2.5

まずはVOCの健康被害についてです。実はVOC自体の健康被害は、シックハウス症候群を持つ一部の人以外を除いて深刻ではありません。大気中に含まれるVOC量は数ppm~十数ppmであり、人体への暴露限界をはるかに下回っています。しかし、このVOCから生じる非常に細かい粒子が人体に悪影響を与えるという理由から、深刻な問題となっています。

まず、大気中のVOCは、ヒドロキシラジカル (OH・) によって酸化されます。その後、塩基性成分 (アンモニア等) と反応して中和されます。この過程は全て気体の反応なので、極めて小さい粒子が生成します。これらがPM2.5の一種です。ちなみにPM2.5の大きさは2.5 μm以下とされています。

PM2.5は人体の防御機構をすり抜けて肺胞の奥まで入りこみます。PM2.5と死亡率の強い相関を示した大規模な疫学研究としては、Dockery (ハーバード大) による米国6都市研究が有名です。その結果、PM2.5の環境リスクによる死亡率の閾値が15 μg/m3付近にあることがわかり、この閾値以下に抑えることが目標となりました。この流れを受けて、各国でPM2.5の原因物質に対する規制が強化されていきました1-3)

VOC以外にも、自動車排気ガスによるNOxや、発電所や自然由来のSOxといった物質もPM2.5の原因となります。これらは既に限界まで規制や対策がされており、これ以上の削減が厳しいといった実情もあります。では次に国内のVOCの排出の実態や規制について紹介します。

揮発性有機化合物 (VOC) の国内調査

VOCの国内排出の実態

国内のVOCの主な排出源のうち、約4割が塗料、2割が燃料 (蒸発)、約1割が印刷、接着剤です4)。特に自動車車体部品の塗装や、印刷の乾燥工程で多く排出されます。意外なことに、この大半は中小企業からの排出によるものです5)。中小企業には、次に述べる「自主的取り組み」が規制となっていることが原因の1つです。

大企業では規制対策として燃焼処理型VOC処理装置を導入しています。その装置の助燃材のランニングコスト (1,000 万円/年以上) が高価であり、中小企業にとっては導入がかなり厳しいという現実もあります。ただ、全体的に日本のVOC総排出量は年々減少傾向にあります。

揮発性有機化合物の国内規制

日本におけるVOC規制はやや複雑で二種類あります。

一つ目は、事業規模(送風機基準)や施設の種類によって定められた排出基準規制です。この規制はH.16の大気汚染防止法改正と、H.17の省令、政令改定に基づいています。「送風能力が3,000 m3/hを超える乾燥施設は600 ppmC (炭素換算濃度) を超えてはならない」といったわかりやすい基準です (表1)。ただし、本規制には総量排出基準が設定されていません。

二つ目は事業者らによる「自主的取り組み」です。大気汚染防止法改正よりも古く、「H.12比でH.22までに全事業者のVOC総排出量を30 %減らす」という目標値に基づいています。この制度はH.22後も継続されており、H.30では54 %まで減少しています6)

表1.日本の排出基準規制
施設の種類 規模要件 排出基準
(ppmC)
1 揮発性有機化合物を溶剤として使用する化学製品の製造の用に供する乾燥施設 送風機の送風能力が
毎時3000立法メートル以上
600
2 塗装施設 (吹付塗装に限る。) 自動車の製造の用に供するもの 排風機の排風能力が
毎時10万立方メートル以上
700
その他のもの 排風機の排風能力が
毎時10万立方メートル以上
3 塗装の用に供する乾燥施設 (吹付塗装及び電着塗装に係るものを除く。) 木材・木製品 (家具を含む。) の製造の用に供するもの 送風機の送風能力が
毎時1万立方メートル以上
1000
その他のもの 送風機の送風能力が
毎時1万立方メートル以上
600
4 印刷回路用銅張積層板、粘着テープ・粘着シート、はく離紙又は包装材料 (合成樹脂を積層するものに限る。) の製造に係る接着の用に供する乾燥施設 送風機の送風能力が
毎時5000立法メートル以上
1400
5 接着の用に供する乾燥施設 送風機の送風能力が
毎時1万5000立法メートル以上
1400
(前項に掲げるもの及び木材・木製品 (家具を含む。) の製造の用に供するものを除く。)
6 印刷の用に供する乾燥施設
(オフセット輪転印刷に係るものに限る。)
送風機の送風能力が
毎時7000立方メートル以上
400
7 印刷の用に供する乾燥施設
(グラビア印刷に係るものに限る。)
送風機の送風能力が
毎時2万7000立方メートル以上
700
8 工業の用に供するVOCによる洗浄施設
(洗浄に用いたVOCの乾燥施設を含む。)
洗浄剤が空気に接する面の
面積が5平方メートル以上
400
9 ガソリン、原油、ナフサその他の温度37.8℃において蒸気圧20kPaを超える揮発性有機化合物の貯蔵タンク (密閉式及び浮屋根式 (内部浮屋根式を含む。) のものを除く。) 容量が1000キロリットル以上 60000

水道、環境、シックハウスなどのVOC規制

一般的なVOC規制は、上記のようなPM2.5対策を目的とした大気汚染防止法による規制を指しますが、シックハウス症候群対策等を目的としたその他のVOC規制もあります。

例えばH.15の建築基準法の改正 (法令二十八の二、施行令第二十条) では、建材内のホルムアルデヒド (塗料や防腐剤) の使用面積制限とクロルピリホス (シロアリ駆除剤) の使用禁止が定められました。大気中に比べて室内はVOCが高濃度になりやすく、シックハウス症候群やアレルギーといった健康被害が懸念されるためです。また、政府は室内濃度基準や学校環境衛生の基準といった規制外の基準指針 (例:ホルムアルデヒド 100 μg/m3) も示しています7)

また、水質汚濁防止法でもVOCが規制されています。正確にはVOCにターゲットを絞ったものではなく、水質汚濁防止法 (第二条第四項) の規制物質の一部にVOCである化合物としてホルムアルデヒドやキシレン、酢酸エチル、スチレン、クロロホルム、(ヘキサメチレンテトラミン) 等が含まれる形です。排水基準は物質ごとに定められており、例えばホルムアルデヒドでは10 mg/L以下です。ただし、ここの排水基準は水道の水質基準項目 (0.08 mg/L以下) とは異なるので注意が必要です。つまり、各事業所はホルムアルデヒド10 mg/L以下であれば排出できますが、浄水場は取水した水に含まれるホルムアルデヒドを0.08 mg/L以下まで処理して上水にするということになります。

揮発性有機化合物の海外調査

中国のVOC規制の最新の動向、公定法について

中国都市部のPM2.5濃度は直近の5年間で50%減と急速に減少傾向にありますが、いまだに日によっては100 μg/m3を超える事も珍しくありません。中国のPM2.5事情は大陸性の気候によって雨が降りづらいことと、独特の民生暖房事情に起因する部分も大きいですが、原因物質の一つとなるVOCも規制されています8)。当局は「大気質指数 (AQI)」という指標を定めており、それを達成する手段として国家強制標準=GB規格を公布しています。

中国当局の排ガス規制に対する考え方は、①設備排ガスに対する排出規制 (日本と同様) と②発生源の塗料や溶剤に対する規制の二本立てになっています。

①は2000年に改正された大気汚染防止法に基づいています。ボイラーや発電所、コークス炉等に対しては「業種別・種類別排出基準」で規制していますが、ここでは一般的な印刷工場などを規制する「大気汚染物質の総合排出基準」についてまとめています (表2)。本排出基準はVOCに限らず金属分やSOx、NOx、浮遊粒子状物質にもおよび、具体的な化学物質ごとの基準値や、日本では設定されていない「排出量規制」もあるため厳しい規制となっています9)(実際は各省や市から工業地帯に対して更に厳しい規制があることが多いです)。

表2.日本と中国 (国家基準GB) の排出基準規制の比較
日本 (排出総量規制は無し) 中国
排出基準値, ppmC
大気汚染防止法
削減目標値, %
自主的取組
最高許容排出濃度, mg/m3
最高許容排出量, kg/h
注意事項 大気汚染防止法には物質名の具体的定義無し
第2条「排出口から大気中に排出され、また飛散したときに気体である有機化合物」※メタン・フロン系を除く
同左 一般企業 (ボイラー等含まない) に適用される総合排出基準。
煙突の高さによっても異なるが、以下には最も厳しい値を記載。
トルエン 設備や送風能力に応じて
400 ppmC~1400ppmC
(※貯蔵タンクは60000ppmC)
各事業所で対2000年度
▲30%削減
(2000年度が設定できない場合、2001年度以降の最古の年度に対して▲30%を目標とする。)
40 mg/m3,
3.1 kg/h
ベンゼン 12 mg/m3,
0.5 kg/h
キシレン 70 mg/m3,
1.0 kg/h
メタノール 190 mg/m3,
5.1 kg/h
アクリロニトリル 22 mg/m3,
0.77 kg/h
アセトアルデヒド 125 mg/m3,
0.05 kg/h
フェノール 100 mg/m3,
0.10 kg/h
ホルムアルデヒド 25 mg/m3,
0.26 kg/h
アクロレイン 16 mg/m3,
0.52 kg/h
クロロエチレン 36 mg/m3,
0.77 kg/h

②については2010年代から木製塗料や建材、車両等について段階的な規制、課税等が進んでいます。また更なる大気環境の改善を目指してGB規格が大幅に強化されております。例えば2020年公布の7つのGB規格10)ではインキや洗浄剤の規制が加わり、各産業や各工程で使用できる原料のVOC含有量が包括的に規定されました。そのGB規格のうちの一つであるGB18581-2020 (木器涂料中有害物质限量) では使用する塗料の種類や用途によっても細かく規定があります (表3)。

表3.塗料の種類によって規定されたVOCを含む各物質の許容限界値
許容限界値
溶剤型塗料
(フィラーを含む)
水性塗料
(フィラーを含む)
光硬化型塗料
(フィラーを含む)
ポリウレタン系 ニトロセルロース系 ポリエステル系 不飽和
ポリエステル系
うるし ニス 水性 非水性
VOC
含有量
塗料, g/L トップコート
550
700 450 420 250 300 250 420
プライマーコート
650
溶剤型塗料, g/L 400 300
水性及び
光硬化型フィラー, g/L
60 60
ホルムアルデヒド, mg/kg 100 100
エチレングリコールエーテル類,
mg/kg
300
ベンゼン, % 0.1 0.1
トルエン、ジメチルベンゼン、
キシレン, %
20 20 5 10 5
ベンゼン系総含有量, mg/kg 250 250
多環芳香族炭化水素, mg/kg 200 200
遊離芳香族ジイソシアネート
(TDI, HDI), %
揮発固化型
0.4
その他
0.2
メタノール, % 0.3 0.3
ハロゲン化アルキル, % 0.1 0.1
フタル酸エステル, % 0.2
アルキルフェノールエトキシレート等
界面活性剤, mg/kg
1000 1000

※日本語の表現はやや異なる可能性があります

これらの取り組みによって中国での大気環境は改善され、当初のPM2.5削減目標 (対2013年で10~25 %削減) に対し、2017年には34 %削減を達成しました11)

測定法は測定法規格;GB/Tで定められています。例えば上記GB18581-2020では塗料のVOC総量の測定のひとつとして、GB/T23985-200「塗料及びワニス 揮発性有機化合物 (VOC) 含有量の測定差分法」に従うよう規定されています。その内容はISO11890-1, 2007とほぼ同等であり、1 gの試料水分を105 ℃で1時間加熱した際の残量を不揮発成分とし、その差分からVOC総量を計算する方法です。排ガス規制についても、日本も中国もテドラーバッグで捕集した後にGC/FIDで同定、定量しますので、本質的な数値に差異はありません (環境省告示61号)。

また、日本と中国の排水基準は以下のようになっています (表4)。工場ごとに規制される「一級基準」と、事業所ごとに規制される「二級基準」のうち、ここでは一級基準を示します。日本と比較して中国の規制範囲は総じてより幅広い物質を対象としており、その基準値も厳しいものが多いです。

表4.日本と中国の排水基準 (一級基準)
日本 中国
許容限界濃度, mg/L
水質汚濁防止法
排水基準値, mg/L
水汚染防止法
注意事項 排水基準値 (一級基準)
BOD 160 20
COD 160 60~100
揮発フェノール類 5 0.5
メタノール 1
アミノベンゼン類 1
ニトロベンゼン類 2
クロロホルム 0.3
四塩化炭素 0.03
三塩化エチレン 0.1 0.3
四塩化エチレン 0.1 0.1
ベンゼン 0.1 0.1
トルエン 0.1
エチルベンゼン 0.4
キシレン 0.4
ジクロルベンゼン 0.4
メチルフェノール 0.1
ジクロロフェノール 0.6
三塩化フェノール 0.6
アクリル酸ニトリル 2.1
総有機炭素 20
ジクロロメタン 0.2 1.0 (有機ハロゲンAOX)
ジクロロエタン 0.04
トリクロロエタン 0.06~3
1,1-ジクロロエチレン 0.4~1
1,4-ジオキサン 0.5
ホルムアルデヒド 10

ASEANのVOC規制の最新の動向、公定法について

ASEANは各国ごとに環境規制が異なります。日本や中国とは異なり、SOxやNOxに関する規制です。なお、この地域のPM2.5濃度は約30~50 μg/m3であり、WHO基準 ( < 10~15 μg/m3) を達成していません11)

2010年半ばからPM2.5のモニタリングが開始され、PM2.5が環境基準値となりつつありますが、設備排ガスに対するVOCの排出基準が定められている地域は一部であり、原料規制も進んでいません。各国の基準値が設定されつつあり、VOCの排出規制が進められるかもしれません12)

参考文献
  1. Dockery, D.W., Pope, C.A., 3rd, Xu, X., Spengler, J.D., Ware, J.H., Fay, M.E., Ferris, B.G., Jr.& Speizer, F.E. : New England Journal of Medicine, 329, 1753-1759 (1993). DOI:10.1056/NEJM199312093292401
  2. Krewski, D., Burnett, R.T., Goldberg, M., Hoover, K., Siemiatycki, J., Abrahamowicz, M.,Villeneuve, P.J. & White, W. : Inhalation Toxicology, 17, 343-353 (2005). DOI: 10.1080/08958370590929439
  3. Krewski, D., Burnett, R.T., Goldberg, M., Hoover, K., Siemiatycki, J., Abrahamowicz, M. &White, W. : Inhalation Toxicology, 17, 335-342 (2005). DOI:10.1080/08958370590929402
  4. 環境省: 平成30年度揮発性有機化合物(VOC)排出インベントリ作成等に関する調査業務報告書 (2019).
  5. katsuaki, T. : 東京都VOC対策普及啓発セミナー講演資料, VOC削減対策の事例とメリット (2008).
  6. 株式会社三菱総合研究所: 令和2年度光化学オキシダント対策についての海外の状況把握業務, p.141 (2021).
  7. 文部科学省: 文部科学省告示第60号, 学校環境衛生基準, 第1教室等の環境に係る学校環境衛生基準 (2009).
  8. Furong, D. : 大阪大学フォーラムBOOKLET, 東アジア"生命健康圏"構築に向けて, (2015).
  9. 財団法人地球人間環境フォーラム: 「平成15年度日系企業の海外活動に係る環境配慮動向調査」報告書, (2003).
  10. 国家市场监督管理总局: 2020年第2号中国国家标准公告, 关于批准发布《木器涂料中有害物质限量》等7项国家标准的公告 (2020).
  11. 株式会社三菱総合研究所: 平成30年度主要国の大気環境分野における環境規制等動向,(2018).
  12. 独立行政法人製品評価技術基盤機構: 平成28年度アジア諸国等の化学物質管理制度等に関する調査報告書, (2016).
関連製品
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