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ネコの早期腎機能悪化予測マーカー 尿中L型脂肪酸結合蛋白 (L-FABP) の変動

本記事は、シミックホールディングス株式会社が編集する「Animals News Letter L-FABP No.2」をもとに掲載しています。

目的

腎臓病はネコにおいて頻繁にみられる疾患である。特に高齢ネコでは慢性腎臓病 (Chronic Kidney Disease:CKD) の罹患率が高く合併症リスクの上昇とともに主要な死因の一つとされる。また急性腎障害 (Acute Kidney Injury:AKI) もネコにおいて生存率に関わる重要な疾患であり、さらにCKDへの病態進行にもつながると考えられる。現在ネコの腎疾患の診断において、早期かつ病態進行をモニタリングすることができるバイオマーカーの開発が期待されている。

尿中L型脂肪酸結合蛋白 (Liver-type Fatty Acid Binding Protein:L-FABP) はヒト臨床現場においてCKDならびにAKIの早期診断・腎機能のモニタリングに用いられるバイオマーカーである。L-FABPは腎臓の近位尿細管上皮細胞に発現し、虚血や酸化ストレスを反映し尿細管障害により細胞死がおこる前に尿中に排泄される。今回、このような尿中L-FABPがネコの腎疾患の腎機能マーカーとしても応用可能かどうか、いくつかの試験において検証された。なお本検証において、腎障害モデル試験に用いたネコは必要最小限とし、それぞれ倫理委員会の承認のもと実施された。

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方法と結果

初めにネコの腎臓においてもL-FABPが発現しているかどうかが検証された。健常ネコの腎組織を用いL-FABPの遺伝子発現とタンパク質発現をそれぞれRT-PCR法とウエスタンブロッティング法により確認したところ、ネコの腎臓においてL-FABPが発現していることが確認された。続いてL-FABPの腎臓内での分布を虚血再灌流腎障害モデルネコおよび動物病院で死亡したネコの剖検検体の腎組織を用いた免疫組織化学染色によって評価したところ、ネコの腎臓においてL-FABPはヒトと同様に近位尿細管上皮細胞に分布しており、さらに虚血再灌流障害により近位尿細管上皮細胞に分布するL-FABPは尿細管管腔内に排泄される様子が認められた (図1)。なおこのようなL-FABPの尿細管管腔内への排泄はヒトや腎疾患モデルマウスを用いた過去の報告と一致している。L-FABPの尿細管管腔内への排泄に加え、この虚血再灌流腎障害モデルにおいては再灌流直後に早期かつ鋭敏な尿中L-FABPの上昇がみられ、血清中クレアチニンと尿素窒素に大きな変化がみられないような比較的軽度のストレス条件下においても尿中L-FABPは顕著な変化を示した。

図1 ネコ腎臓の近位尿細管に分布するL-FABPが虚血再灌流により尿中に排泄される過程
図1 ネコ腎臓の近位尿細管に分布するL-FABPが虚血再灌流により尿中に排泄される過程
A:対照ネコ、 B:虚血再灌流直後、 C:虚血再灌流から60分後
図2 ネコの臨床尿検体中L-FABPのIRISステージごとの測定値
図2 ネコの臨床尿検体中L-FABPのIRISステージごとの測定値

ネコの腎臓におけるL-FABPの発現と近位尿細管上皮細胞の分布、また急性腎障害モデルでの尿中L-FABPの上昇が確認され、続いてネコの臨床尿検体を用いた評価が行われた。その結果、血清クレアチニンが高値のネコにおいて尿中L-FABPが高い傾向が認められ、IRIS (国際獣医腎臓病研究グループ) が定めたネコのCKD診断ガイドラインの指標に基づく腎疾患の病態ステージ進行に伴い、尿中L-FABPが高値となることも確認された (図2)。また、健常ネコ9頭の尿中L-FABP値は0.16-1.19μg/g Cre (中央値:0.41μg/g Cre) であった。

さらにネコ尿中L-FABPと血清クレアチニンおよび尿素窒素の測定値はいずれも相関関係を示しており、特に血清クレアチニン1.6mg/dL以上の個体ではより顕著な相関を示した (図3)。また近年注目されているSDMAとも同様に血清クレアチニン高値の個体においてより顕著な相関関係を示すことが明らかとなった。

図3 ネコの臨床尿検体中L-FABPと血清クレアチニンおよび尿素窒素との相関
図3 ネコの臨床尿検体中L-FABPと血清クレアチニンおよび尿素窒素との相関

続いて片側腎切除を併用した片側尿管閉塞・再開通モデルネコを用いCKDにおける尿中L-FABPの経時的変化を調べたところ、尿中L-FABPは腎障害が進行した個体において高値となり、さらに尿中L-FABPは血清クレアチニン、尿素窒素、SDMAよりも早い日数から上昇が認められた。この結果から、尿中L-FABPは既存のバイオマーカーと比較して早期の腎疾患評価に優位性を示すことが確認された (図4)。

図4 CKDモデルネコにおける尿中L-FABP値の経時的変化および従来の腎機能指標との比較
図4 CKDモデルネコにおける尿中L-FABP値の経時的変化および従来の腎機能指標との比較

結論

L-FABPはネコの腎臓近位尿細管に分布し、ヒトや腎疾患モデル動物を用いた過去の報告と同様に腎障害により早期に尿中に排泄されることが示された。また既存のマーカーに加えネコの尿中L-FABPが慢性腎障害の病態進展のモニタリングに有用であること、さらに本試験で比較した従来の腎機能指標よりも尿中L-FABPは早期に腎機能低下を予測することができるバイオマーカーであることが示唆された。

出典

  1. Temporal Changes in Urinary Excretion of Liver-Type Fatty Acid Binding Protein (L-FABP) in Acute Kidney Injury Model of Domestic Cats: A Preliminary Study. J Vet Med Sci. 2019, 81(12):1868-1872.
  2. Renal Expression and Urinary Excretion of Liver-Type Fatty Acid-Binding Protein in Cats With Renal Disease. J Vet Intern Med. 2020, 34(2):761-769.
  3. Preliminary Study of Urinary Excretion of Liver-Type Fatty Acid-Binding Protein in a Cat Model of Chronic Kidney Disease. Can J Vet Res. 2021, 85(2):156-160.

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