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【連載】アミノ酸分析~新たな潮流~ 「第 5 回 SI トレーサブルなアミノ酸測定に向けた取り組み」

本記事は、和光純薬時報 Vol.88 No.1(2020年1月号)において、産業技術総合研究所 計量標準総合センター 加藤 愛様、山﨑 太一様、井原 俊英様に執筆いただいたものです。

1.はじめに

アミノ酸は私たちの身の回りにあるありふれた化合物でありながらも、その構造の多様性や分析の難易性により、クロマトグラフィーを主体とした多くの分析法の開発が試みられてきた。クロマトグラフィーの発展はアミノ酸分析法の適用拡大において欠かせないものであったと言っても過言ではない。

近年はアミノ酸分析法が、従来の生化学分野や食品分野のみならず、臨床化学分野や医学分野においても多用されるようになってきており、それらの測定結果に対して信頼性の向上が叫ばれている。産業技術総合研究所・計量標準総合センター(AIST/NMIJ)は、アミノ酸測定の機器校正において肝となるアミノ酸標準液について、国際単位系(SI)にトレーサブルなアミノ酸混合標準液を供給すべく、この 10 年にわたって活動を行ってきた。

このたび富士フイルム和光純薬株式会社より、SI にトレーサブルなアミノ酸混合標準液の発売が開始されるにあたり、本稿ではそれにまつわる NMIJでの基礎検討~標準物質開発~混合標準液調製の技術移転までの具体的な取り組みについて概要を紹介する。

2.アミノ酸 CRM の開発

アミノ酸測定における計量トレーサビリティを確保するため、17種類のタンパク質加水分解アミノ酸については、計量学的に最高の品質を有するアミノ酸認証標準物質(Certified Reference Material; CRM)の開発を行った。CRMの形状としては、安定性に優れている点や、ユーザーが任意の種類や濃度、溶媒で溶液調製できるといったメリットを勘案し、固体粉末での供給を選択した。

アミノ酸CRMの純度決定法としては、アミノ酸の塩基性を利用した非水滴定法とアミノ酸に含まれる窒素を利用した窒素分析法という、一次標準測定法(Primary method)に該当する滴定法を二つ用いた。いずれの方法においても、滴定用試薬である過塩素酸 / 酢酸溶液や硫酸の規定度は、それぞれフタル酸水素カリウム認証標準物質(NMIJ CRM 3001-a)や炭酸ナトリウム認証標準物質(NMIJ CRM 3005-a)により標定を行い、測定結果の SI トレーサビリティを確保した 1)

非水滴定法と窒素分析法を用いたアミノ酸の定量においては、塩としての純度ならびに窒素としての純度が求まるが、いずれも他の類縁不純物(主成分以外のアミン類)を併せて測り込む可能性がある。実際、一部の候補標準物質は、無視できないレベルの類縁不純物を含んでいた。

そのため、滴定法を利用したアミノ酸の純度決定においては、類縁不純物を見落としなく精確に定量する必要があった。我々はポストカラム誘導体化検出法(OPA法など)やプレカラム誘導体化検出法(AQC法)、LC/MSなど、複数の分離分析法を組合わせることで、類縁不純物を見落としなく精確に定量できるような評価系を構築し2)、これらの定量結果を滴定値に加味することで、アミノ酸純度を求めた。

非水滴定法と窒素分析法それぞれをベースに求めたアミノ酸純度を重み付き平均したところ、17 種類全てのアミノ酸について拡張不確かさ 0.3 % 以下の精確な純度決定を行うことができ、純度もすべて 99.7 % 以上であった。また、アミノ酸は光学異性体分析への需要も見込まれることから、グリシン以外のアミノ酸については、D体についての評価も行い、「L体アミノ酸としての純度」と「光学異性体を考慮しない場合のアミノ酸純度」の2つを認証値とした。

このようにして純度評価を行った 17 種類のアミノ酸 CRM は NMIJ のウェブサイト(https://unit.aist.go.jp/qualmanmet/refmate/index.html) に掲載されている、「取扱事業者」より入手可能である。CRM に付属の認証書には、認証値、認証値の決定方法、計量計測トレーサビリティのほか、参考情報として認証時のアミノ酸関連不純物含量やD体の含量についても記載されているため、参考にされたい。

3.アミノ酸 TRM の開発

タンパク質性アミノ酸類等(尿素および塩化アンモニウムを含む)については、当所の認証標準物質(NMIJ CRM)の整備が進められてきたが、非タンパク質性アミノ酸類については、リソースの観点から当所単独では早期開発が困難であったことなどから、NMIJ CRM は整備されてこなかった。非タンパク質性アミノ酸類においては、混合標準液としての供給が主な用途であったことから、最高の計量学的品質を目指した NMIJ CRM を開発するのではなく、試薬メーカーが事前に小分け・瓶詰めした原料物質の純度を評価して、校正証明書を発行する「依頼試験型のスキーム」で開発を行うこととした。

また、2年間で 22 種類の開発という要請から、計量トレーサビリティを確保しつつも迅速性を重視する必要があり、タンパク質性アミノ酸類とはやや異なる値付け方法を選択した。すなわち、測定条件の最適化に時間のかかる滴定法を一つにし、定量核磁気共鳴分光法(qNMR)による純度評価を組合わせることで、計量トレーサビリティの確保と迅速性を両立した。22 種類の非タンパク質性アミノ酸類に qNMR を適用したところ、純度の不確かさとしては 0.5 % ~ 1.9 %(95 % の信頼水準)と精確さの点で滴定法にはおよばないものの、滴定法で得られた純度と不確かさの範囲で一致する良好な結果が得られた 3)

なお、タンパク質性アミノ酸類と同様に、不純物として含まれる一定濃度(0.01 % 以上)のアミノ酸類を LC/MS およびポストカラム誘導体化液体クロマトグラフィーを併用することにより定性・定量し、滴定法により得られた測定値から差し引いたものを滴定法による純度とした。

原料物質の小分け・瓶詰めや純度評価、さらには後述する混合標準液の調製を正確に行ううえで重要なのが、安定に秤量できることである。しかしながら、非タンパク質性アミノ酸類に関しては湿度環境と吸湿速度の関係についての定量的なデータがほとんど無かった。そこで、温度と湿度の両者が制御できる熱重量測定装置を用いてそれらの評価を行ったところ、7 種類の非タンパク質性アミノ酸類において有意な吸湿が認められたため、上限湿度を規定して安定的に取扱えるような工夫を行った 4)

このようにして純度評価を行った 22 種類の非タンパク質性アミノ酸類は、富士フイルム和光純薬株式会社において実施された均質性と安定性の評価結果を加味し、計量トレーサビリティの保証された標準物質である TRM(Traceable Reference Material)として、同社から供給が行われている。

4.国際比較における国際整合性確保

NMIJのような世界各国の計量機関の測定能力については、BIPM(国際度量衡局)におけるCCQM(物質量諮問委員会)で実施される国際比較で測定能力の同等性を評価し、国際的な相互承認を行っている。ここでは、純度測定、濃度測定、成分分析など多岐にわたる物質を対象とした国際比較が実施されており、得られた比較試験結果は BIPM でデータベース化され、広く閲覧できる 5)

アミノ酸に関する純度測定および混合標準液の調製・測定能力については、L- バリンの純度測定(CCQM-K55.c)やアミノ酸混合標準液の濃度測定(CCQM-K148.b)に関する比較試験が実施された。NMIJもこれらの国際比較に参加し、参加機関の中でも非常に良好な結果を報告している。

5.精確な混合標準液調製のためのシステム構築および安定性についての基礎的検討

計量トレーサビリティの確保されたアミノ酸混合標準液の供給を目指すにあたり、開発した高純度標準物質である NMIJ CRM 19 種類および TRM22 種類の計 41 種類のうち、後述する標準液中での長期安定性などの観点から、L- グルタミン、L- アスパラギン、L- トリプトファンおよび 2-アミノアジピン酸を除いた 37 種類のアミノ酸類を対象に、精確な混合標準液調製システムの構築を行った。

アミノ酸類は人に含まれることから実験操作中に比較的容易にコンタミネーションを起こしうるばかりでなく、混合標準液の調製では多くのアミノ酸類を同時に扱うことから相互のコンタミネーションにも注意する必要がある。また、吸湿防止の観点から天秤でのはかり取りを規定した上限湿度以下で行う必要がある。さらには、これらの操作が調製者の熟練度に大きく依存せずに迅速かつ堅牢に実施できることなどを念頭に、自動粉体分注ユニットを備えた天秤を恒温恒湿チャンバーに設置したシステムを用意した。

当該システムはアミノ酸類を個別に分注カートリッジ内に封入しておくことができるため、人からのコンタミネーションおよび相互のコンタミネーションの両者を最小限にすることができる。加えて、分注カートリッジを交換するだけで連続的に任意の量のアミノ酸類を自動計量できるため、ハンドリングがしやすいなどの利点がある。

そこでアミノ酸混合標準液を当該システムを用いて調製したところ、従来は熟練者であっても半日以上を要していた調製が1〜 2 時間で実施可能であり、全ての成分において相対標準偏差 0.3 % 以内で調製可能であることが確認できた。

次に、アミノ酸混合標準液の認証標準物質を開発するにあたって重要なポイントの一つである、混合標準液中における各成分の安定性について基礎的検討を行った。評価に着手する時点において、これまで市販されてきたアミノ酸混合標準液では、いずれの先行品においても個々のアミノ酸の混合標準液中における安定性は十分に示されていなかった。

そこで、先述した調製システムを用いて、先行品と同様の調製条件(各アミノ酸濃度が 2.5 mM となるよう 0.1 N の希塩酸に溶解)でアミノ酸(17 種類)混合標準液を調製し、加速試験を行ったところ、保存温度が上昇するにつれグルタミン酸が環化し、ピログルタミン酸に変化していることが確認された。加速試験結果をもとにグルタミン酸の分解速度を予測したところ、冷蔵保存では、1 年間で最大 2 %の濃度低下が起こることが推測された。

一方、より希薄な塩酸を用いて混合標準液を調製した場合、グルタミン酸の安定性は改善し、かつグルタミン酸以外の加水分解アミノ酸の安定性には影響を及ぼさなかった。したがって、グルタミン酸の pKa 近傍における溶媒 pH の最適化は、グルタミン酸の安定性を確保する上で非常に重要であることが分かった。グルタミン酸以外にも側鎖にカルボキシル基を有する、2- アミノアジピン酸は同様に環化が起きることを確認しており、このような構造のアミノ酸の安定化をはかるうえでも溶媒の pH の最適化は重要であると考えられる 6)

6.混合標準液調製の技術移転

上記のような検討結果をもとに、産業技術総合研究所では富士フイルム和光純薬株式会社からの受託研究に基づいて、アミノ酸混合標準液におけるアミノ酸濃度、溶媒の pH の最適化後に、各成分の安定性を評価して 5 処方のアミノ酸混合標準液の最適化を進め、混合標準液の調製方法およびアミノ酸濃度の評価方法を確立した。

確立した調製方法は同社へ技術移転し、2 機関での共同試験を実施することで、実際にアミノ酸混合標準液を製造する現場における調製能力に問題がないことを確認した。また、技術移転先の同社においては、2019 年 10 月に、アミノ酸類混合標準液の生産能力について、ISO 17034 の第三者認定を取得している。

図.本プロジェクト成果のトレーサビリティ体系における位置づけ
図.本プロジェクト成果のトレーサビリティ体系における位置づけ

7.おわりに

計量トレーサビリティの確保されたアミノ酸類の供給要請に応えるため、高純度標準物質として 41 種類の NMIJ CRM および TRM を開発した。また、それらを混合した混合標準液についても、精確な混合標準液の調製方法ならびに評価方法を確立し、また、標準液中での成分の安定性に関する基礎的検討により、安定性に問題のあった一部の成分における長期安定性の向上を図ることができた。

このようにして開発を行ったアミノ酸混合標準液は、富士フイルム和光純薬株式会社より、計量トレーサビリティの確保された CRM として供給が行われる運びとなっており、世界的にも類を見ない計量学的品質と種類のアミノ酸混合標準液が誕生したことで、SI トレーサブルなアミノ酸測定に向けた基盤が整備されたと言えよう。

8.謝辞

本研究の一部は富士フイルム和光純薬株式会社より産業技術総合研究所への受託研究に基づき実施されたものです。味の素株式会社、富士フイルム和光純薬株式会社および、産業技術総合研究所の関係者の皆様をはじめ、本研究の遂行に共に取り組んでくださった多くの方々、ならびに本研究に関してご指導、ご協力くださいました全ての方々に感謝申し上げます。

参考文献
  1. Kato, M. et al. : Anal. Sci., 31, 805 (2015).
  2. Kato, M. et al. : Accred. Qual. Assur., 18, 481 (2013).
  3. Saito, N. et al. : Bunseki Kagaku, 63 (11), 909 (2014).
  4. Kato, H. et al. : Bunseki Kagaku, 66 (5), 375 (2017).
  5. https://kcdb.bipm.org/AppendixB/KCDB_ApB_search.asp
  6. Kato, M. et al. : Anal. Sci., 33, 1241 (2017).
「アミノ酸分析〜新たな潮流〜」シリーズ終了にあたって

味の素株式会社 宮野 博

本連載は、HPLC の最高傑作の一つであるニンヒドリン法によるアミノ酸分析に始まり、LC/MS/MS による高速・高感度分析、D,L- アミノ酸分離分析、ペプチド・タンパク質分析まで、アミノ酸に関連する分析技術の最新情報を提供してきた。この連載の根底にあったのは、対象を「精確に定量する」ための技術開発であった。

最終回は、まさにその最後を飾るにふさわしい「SI トレーサブルなアミノ酸測定」に向けた取り組みに関する総説である。SI トレーサブルなアミノ酸混合標準液の商品化はアミノ酸を「精確に定量する」ことの根幹を形作るに必要不可欠な大きな技術進歩である。

アミノ酸のみならず、人々の食や栄養に不可欠なあらゆる成分分析やメタボロミクス研究において、「精確に定量する」ことの重要性が、この連載を通じて再認識されれば、幸いである。

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