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「キレイ」は検査できる! 清浄度検査について

本記事は、キッコーマンバイオケミファ株式会社 関 智章 様に執筆いただいたものです。

キッコーマンバイオケミファ(株)は、ATPふき取り検査試薬のメーカーとして、30年近く衛生検査事業を展開しております。今回はATPふき取り検査の説明にあたり、清浄度検査についご紹介します。

汚染指標としてのATP

図1:ATP(アデノシン3リン酸)とは
図1:ATP(アデノシン3リン酸)とは

ATP(アデノシン3リン酸)は、すべての生物に共通のエネルギー物質です(図1)。ATPは食品残渣や微生物、動植物の体液にも含まれている為、食品製造現場や医療現場における清浄度の指標として利用されています。ATPを汚染指標とするメリットとしては、①測定結果が迅速に得られる、②微生物以外も含めた汚染状況が評価できるなどの点が挙げられます。

微生物検査と清浄度検査

食品における衛生検査は、微生物検査(細菌、カビ、ウイルスなど)と理化学検査(アレルゲン、自然毒、放射能など)の2つに分類されます。ここでは微生物検査を例に、清浄度検査についてご説明します。

微生物検査の目的は、大きく分けて①食品の微生物汚染検査と②食品製造環境の清浄度検査----という2 種類があります。①は、汚染微生物の定性・定量評価を行うことで、その食材の利用可否や製品の品質を判断します②では、機器表面などの汚染物質を定量し、その清浄度を判定します。

②の汚染指標としては、微生物以外(タンパク質やデンプンなど)を汚染指標とした考え方もあります。微生物は培養法を用いることで菌数を測定できる反面、結果判定までに数日を要します。一方、微生物以外を汚染指標とした清浄度検査は、簡易さや迅速性に優れたメリットがあります。

ATPと菌数の関係

ATPふき取り検査について「菌やカビは測れますか?」「測定値は菌の数ですか?」といったお問い合わせを多くいただきます。ATPは、すべての生物に共通するエネルギー物質なので、菌やカビもATPを持っています。しかしながら、ATPふき取り検査はATP量を測定する検査ですので、菌のATP量だけを選択して測定することはできません。

例えばATP量が多い状態は、生物由来の汚れが存在していると言えますが、それらの汚れの中には、微生物以外にも食品残渣や動植物の体液といった物も含まれます。

図2は、実際に飲食施設でふき取り検査を行い、ATP量と菌数(CFU)を測定した結果のグラフです。

図2:ATP量と菌数の関係
図2:ATP量と菌数の関係

水色の部分はATPふき取り検査の値(RLU)が低く、微生物検査でも菌が検出されていないことから、食品残渣も微生物も残っていない清潔な状態と言えます。一方、ピンク色の部分はRLUが高く、菌数も多いことから、食品残渣も微生物も残っている状態となります。

緑色の部分は菌が検出されていない為、一見清潔な状態と思えますが、RLUは高い値を示しているので、食品残渣が残っている状態と考えられます。食品残渣があると、微生物が短時間で増殖するリスクがある為、ピンク色の部分に移行する可能性もあります。

ウイルスとATPについて

ウイルスは、遺伝物質(DNAやRNA)が、脂質やタンパク質の殻に納まっただけの存在の為、ATPを含みません。ただし、ウイルスを含んだ宿主の細胞や、動植物の体液(血液、唾液、鼻水、飛沫など)、その他の有機物質にはATPが含まれています。そういった汚れの有無をATPふき取り検査で評価することで、ウイルスの残存リスクを間接的に評価することは可能です。

清浄度検査の意義

培養を伴う検査は、原材料や製品がどれだけ微生物に汚染されているかを知ることができますが、衛生管理において重要なことは、汚染されない製造環境づくりと維持です。

例え汚染されていない原材料や製品を扱っていても、それらが接する機器表面などが汚れていれば、二次汚染が生じます。

食品製造現場の場合、主な汚れとしては食品残渣が想定されます。洗浄等が不十分で食品残渣が残留していた場合、それらを餌に微生物が増殖するリスクが生じます。また加熱やアルコール等で殺菌をしていても、食物アレルゲンや異物といった別のリスクには効果がありません。こういったリスクを回避するには、「微生物を測る」培養検査ではなく、「汚れを測る」清浄度検査が欠かせません。

また医療現場においては感染対策の観点から、日常的に器械や器具の消毒作業が行われていますが、消毒対象物に血液や体液などの有機物が残留していると、消毒剤の効果に影響を与えることが分かっています。このような場合においても、消毒作業前の清拭・洗浄が適切に行われているかを確認する為の清浄度検査として、ATPふき取り検査が活用されています(写真)。

写真:ATPふき取り検査の活用事例
写真:ATPふき取り検査の活用事例
  • ATPふき取り検査は「食品衛生検査指針 微生物編(2018)」や「医療現場における滅菌保証のガイドライン(2015)」などに収載されている

判定結果とリスクの違いについて

洗浄後のまな板を例に、微生物検査(培養法)とATPふき取り検査の判定結果の違いについてまとめたのが図3です。

図3:培養法とATPふき取り検査の判定結果の違い
図3:培養法とATPふき取り検査の判定結果の違い

まず、①のまな板ですが、これは菌も食物残渣も多く残っている状態です。この場合、微生物検査、ATPふき取り検査共に判定は、「不合格」となります。一方、③のまな板は、菌も食物残渣もありませんので、しっかりと洗浄されている状態です。こちらは微生物検査、ATPふき取り検査共に「合格」となります。

注目すべきは、②のまな板です。こちらは、菌はいませんが、食物残渣が残っています。この場合、微生物検査では「合格」ですが、ATPふき取り検査の判定は「不合格」となります。また検査の時点では無菌でも、何らかの形で菌が付着した場合、餌となる食物残渣が存在する為、菌が短時間で増殖する可能性があります。微生物検査とは違う問題になりますが、食物残渣が残っている場合、食物アレルゲンの交差汚染というリスクもあります。

まとめ

微生物検査は菌その物を検出できる反面、結果が出るのに時間がかかり、菌の増殖に適した状態を見過ごしてしまうリスクがあります。

一方、清浄度を検査するATPふき取り検査 (A3法)は、菌だけを検出することはできませんが、その場で簡単に、菌の増殖リスクやアレルゲン物質の汚染も含めた、清浄度の判定ができます。

特徴の異なる2つの衛生検査手法ですが、それぞれのメリットとデメリットを理解した上で使い分けることが、衛生管理において重要なポイントとなります。

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