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キレイの現場③ 防げ!アレルゲンの混入

本記事は、キッコーマンバイオケミファ株式会社 関 智章 様に執筆いただいたものです。

キッコーマンバイオケミファ(株)はATPふき取り検査試薬のメーカーとして、30年近く衛生検査事業を展開しております。今回は食品製造現場におけるアレルゲンの管理とATPふき取り検査(A3法)の活用についてご紹介します。

はじめに

近年、食物アレルギーを引き起こす人が増加しており、食品業界においても、原材料の適切な表示とともに、アレルゲン混入を防ぐための工程管理の重要性が高まっています。

2020年現在、省令・通知により表示が義務付けられている特定原材料は7品目、推奨されている準特定原材料は21品目(2019年9月にアーモンドが追加)となっています。

表1:特定原材料と特定原材料に準ずるもの
分類 名称
特定原材料
(表示義務)
えび、かに、小麦、そば、卵、乳、落花生(ピーナッツ)
特定原材料に準ずるもの
(表示推奨)
アーモンド、あわび、いか、いくら、オレンジ、カシューナッツ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、ごま、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんご、ゼラチン

アレルゲンの検査方法と課題

食品中に含まれるアレルゲンの検査方法としては、消費者庁よりスクリーニング検査(ELISA法)と、確認検査(ウェスタンブロット法、PCR法)が示されています。これらの検査法は特異性や定量性の観点で優れている反面、操作手順が多く、測定時間も長いことが難点です。

これらの検査の代替法として、定性的なタンパク質法がありますが、感度や数値で管理できないなどの課題があります。また、アレルゲンを特定できるイムノクロマト法も、数値化できない点やコストの面で課題があります。

食肉や果物、魚など一部食品の中には、ELISA法やイムノクロマト法で分析できない物もあります。

アレルゲン管理におけるATPふき取り検査

多くの食品企業においては、製造ラインの洗浄確認といったアレルゲンの工程管理には、各種ふき取り検査が用いられています。製造工程のふき取り検査では、迅速性と簡便性が求められます。なぜなら、迅速に結果が出ない場合、再洗浄などの対策をすぐに取れない、また、使用方法が簡便でなければ、現場担当者が工程管理として日常的に実施する事が難しいからです。

ATPふき取り検査はアレルゲンの特定はできませんが、食品の残留を確認する検査として、アレルゲンの洗浄管理に活用できます。多くの食材において、ATPとアレルゲンそれぞれの量が相関するため、アレルゲンの特定はできなくても間接的にアレルゲンを測定できます。また、検査も簡便で、約10秒で数値として結果が出るため、現場で出来る衛生管理として、多くの食品企業で利用されています。

ATPふき取り検査(A3法)によるアレルゲン食材の検出

A3法でアレルゲンを含む食材をどの程度検出できるか説明します。表2は特定原材料7品目に対して、食材1mg当たりの測定値(RLU)と100 RLU当たりの食材量になります。

表2:特定原材料7品目のA3法データ

各食材を10倍量の水で粉砕して調製した液を、さらに水で10倍に希釈し、これをルシパックA3 Surface付属の綿棒に100 μL添加して測定(綿棒には1 mgの食材が含まれることになる)

食材 食材1 mg当たりの測定値(RLU) 100 RLU当たりの食材量(µg)
1,674 59.6
牛乳 425 247.9
小麦 524 191.1
落花生 235,073 0.42
えび 274,581 0.04
そば 11,127 9.0
かに 17,173 5.8

※食材量 0.1 mgでの測定値

ATP、ADP、AMPの含有量は食材によって異なる為、1 mg当たりの測定値は食材によって異なります。例えば落花生の場合、1 mg相当の希釈サンプルと測定すると、測定値は235,073 RLUであり、希釈系列から計算した100 RLU当たりの食材量は0.42 μgでした。(この値は食材全体の量であり、アレルゲンの量ではないことは注意が必要)

この他、特定原材料に準ずる21品目については表3にまとめました。

表3:特定原材料に準ずる21品目のA3法データ
食材 食材1 mg当たりの測定値(RLU) 100 RLU当たりの食材量(µg)
いくら 9,228 10.8
さば 493,078 0.20
さけ 588,697 0.17
いか※1 138,864 0.07
あわび※1 233,280 0.04
大豆 134,412 0.74
くるみ 5,519 17.9
カシューナッツ 1,274,530 0.78
アーモンド 277,834 0.36
ごま 232,716 0.43
やまいも 116,612 0.86
鶏肉 8,122 12.9
豚肉 7,816 13.3
牛肉 5,083 19.7
キウイフルーツ 30,806 3.26
バナナ 35,223 2.86
オレンジ 2,105 47.3
もも 7,478 13.3
りんご 29,297 3.41
まつたけ 125,122 0.81
ゼラチン※2 141 454.8

※1 食材量 0.1 mgでの測定値 ※2 食材量 0.5 mgでの測定値

実際の食品製造ラインでは、単一の食材を使用することは少なく、複数の食材を使用して製品を製造します。そのため、複数の食材由来のATP、ADP、AMPが製造ラインに残留する為、100 RLUの測定結果であれば、表2および表3に示した食材量よりも低い残留量であることが予想されます。ただし、ATP、ADP、AMPの含有量は、食材の個体差や状態など様々な要因で変化するため、本測定の結果はあくまで参考値としてご覧下さい。

アレルゲンを含む食品におけるA3法と他の検査方法との比較

A3法、ATP法、タンパク質定性法の比較

前回は、特定原材料7品目と特定原材料に準ずるもの21品目に対して、食材量あたりのA3法データを紹介しました。

今回は、上記28品目に対して、以下の条件および方法にて比較したデータをご紹介いたします。

① サンプル調製

市販されている各食品材料10 gを90 mLの蒸留水で希釈した。さらに蒸留水で10倍ずつ段階希釈をしてサンプルを調製した。

② 使用キット

  • A3法:ルシパックA3 Surface
  • ATP法:ルシパックⅡ(現在は販売を終了)
  • タンパク質定性法:Clean Trace Surface Protein Test Swab(3M社製)

③ 測定方法

各試薬の綿棒に、希釈系列のサンプルを直接100 μL添加し、所定の方法で測定した。

なお、各サンプルのタンパク質量については、Pierce Coomassie(Bradford) protein assay kit(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて定量した。(Standard:BSA)

28品目に対する検出感度の比較

各分析法による検出感度の違いを図1に示します。レーダーチャートの軸は、10倍希釈系列で、一番内側の円が10倍希釈、外側の円が107倍希釈を示しています。

は、A3法で200 RLU、-は、ATP法で200 RLUを示す希釈度合いを、は、タンパク質定性法で検出できる希釈度合いを示しています。また、Bradford法で10 μg/gを示す希釈度合いをで示しています。レーダーチャートの外側ほど高感度であることを示しています。

図1:28品目の希釈サンプルの検出感度
図1:28品目の希釈サンプルの検出感度

A3法()は、ATP法(-)よりも外側にドットが分布し、またタンパク質定性法()と比べても、外側にラインがあることからこれらの方法よりも高感度であることが分かります(ゼラチンは除く)。

またタンパク質濃度10 μg/gは、A3法の測定手順において、100 μLのサンプルを綿棒に添加していることから、1 μgタンパク質/assayの検出レベルのラインを意味しています。すなわち、のラインよりも外側、もしくは重なっている場合は、1 μgタンパク質以下/assayの検出レベルで管理できる可能性があります。

例えば、豚肉、鶏肉、牛肉は、104倍希釈時にタンパク質濃度が10 μg/gであり、その時にルシパックA3で200 RLUの値を示す濃度とほぼ同等でした。仮に10 cm x 10 cmの面を綿棒でふき取り200 RLUの値が出た場合、その面に1 μgのタンパク質が存在するリスクがあると考えられます。

えびの場合も、104倍希釈時のタンパク質濃度は10 μg/gでした。一方、ルシパックA3で200 RLUの値を示すのは106倍希釈であったため、タンパク質濃度は0.1 μg/gに相当します。この場合は、ふき取った綿棒に0.01 μgのタンパク質が存在するリスクがあると考えられます。

A3法のプロットは、甲殻類、大豆、ごま、そば、アーモンド、いか、あわび、まつたけ、果物などがより外側にあり、食肉、魚などは、1 μg/assayの検出レベルと同等であることがわかります。特にELISA法などの抗原・抗体での検査キットがない食肉、果物などに対しては、A3法での洗浄管理が有用と考えられます。

Fishにおけるアレルゲン管理への活用

米国において、2004年に公布された食物アレルゲン表示消費者保護法(FALPCA)には、食物アレルギーの90%を占める8大食品アレルゲン(The Big-8:Milk, Eggs, Fish, Crustacean Shelfish, Peanuts, Soya, Wheat)が記載されています。そのうちFishについては、イムノクロマトなどが使用できないため、交差汚染の予防コントロールとして、A3法での管理が考えられます。

図2は、かつおだしの希釈系列サンプルを作成して、タンパク質濃度とA3法の測定値を確認した結果です。

図2:かつおだしにおけるタンパク質量とルシパックA3での測定値(発光量)の関係
図2:かつおだしにおけるタンパク質量とルシパックA3での測定値(発光量)の関係

A3法における感度は非常に高く、0.002 μg/assayで約1,000 RLUの測定値が得られました。このような結果から、Fishのアレルゲン管理として、A3法が洗浄管理に利用されている事例もあります。

実際の食品製造工場でのアレルゲン管理におけるATPふき取り検査(A3法)の活用方法

製造ラインでのA3法の活用

今回は埼玉キッコーマン社の事例をご紹介します。同工場で製造されている「うちのごはん」シリーズ「ジャーマンポテト」は原料に乳、小麦、大豆を使用しています。主な工程としては、加熱調合→パウチ充填→レトルト殺菌→ピロー包装の4工程からなります(図3)。

図3:埼玉キッコーマンの外観、および「うちのごはん」シリーズの主な製造工程
図3:埼玉キッコーマンの外観、および「うちのごはん」シリーズの主な製造工程

ここでは、加熱調合工程における調合タンクおよび、充填機の洗浄前後の乳の残留アレルゲンについて、ELISA法を利用したA3法の評価データをご紹介します。

A3法および乳アレルゲン量の測定

実際の製造ラインにおいて、A3法の測定値とアレルゲン量がどのように推移するか、以下の条件と方法にて確認しました。

① サンプリング箇所(計8か所)

「調合タンク投入口」「調合タンク内壁」「調合タンク攪拌羽」など調合タンク周辺、投入時に使用する「ヘラ」「メッシュ」、充填機の「ホッパー」「ノズル」「受け皿」

② 測定タイミング

(各箇所に対して)洗浄前、温水洗浄後、最終洗浄後

③ 使用キット

  • ATPふき取り検査試薬:ルシパックA3 Surface
  • ふき取り試薬:Pro-media ST-25 PBS(エルメックス社製)
  • ELISA検査試薬:FASTKITエライザver.Ⅲ(牛乳)(日本ハム社製)

④ ふき取り方法

ルシパックの綿棒とPro-mediaの綿棒を平行の状態で測定箇所に当てて、10 cm x 10 cm相当の面積を同時にふき取った。

測定結果

図4にA3法の測定値とELISA法で測定した乳アレルゲン量の関係を示します。

図4:A3法の測定値とELISA法で測定した乳アレルゲン量の関係
図4:A3法の測定値とELISA法で測定した乳アレルゲン量の関係

洗浄前に比べて、温水洗浄によりA3法の測定値(RLU)も乳アレルゲンも減少し、最終洗浄後はA3法で100 RLU以下、乳アレルゲンは0.1 μg以下となりました。つまり、A3法の測定値が100 RLU以下の時、最終洗浄後の残存アレルゲン量は0.1 μg/100 cm2以下と言えます。

仮に、製品調合量を1000 kg、調合液接触面積を5 m2と想定した場合、製品中のアレルゲン推定濃度は以下の値となります。

50000 cm2 ÷ 100 cm2 × 0.1 μg ÷ 1000 kg = 0.05 μg/kg = 0.05 ng/g

この結果から、A3法で製造ラインの洗浄確認を行うことは、アレルゲン管理の手段としても有効であると考えられます。

なお、今回の事例では、最終洗浄後の基準値を100 RLUとしていますが、基準値の設定については、一度ELISAや他の検査方法でバリデーションを行ってから、それぞれの現場に合った基準値を設定することを推奨します。

まとめ

食品製造現場におけるアレルゲン管理に対して、どのようにA3法が活用できるのかご紹介してきました。

A3法はアレルゲンそのものを測定しているわけではありませんが、食品残渣を高感度に検出し、洗浄度を数値化することができます。また検査も迅速かつ簡便にできることから、アレルゲン混入を防止するための洗浄を日常的に確認するツールとして、非常に効果的です。

その場で数値化できることは、洗浄不足に対して、再洗浄などの早急な対策を打てるメリットの他に、現場スタッフの意識づけにも有効です。実際、多くの製造現場ではスタッフの衛生意識向上のために利用されています。

これまでご紹介した話の他にも、食肉処理場や水産加工施設、産業給食といった、様々な食品製造現場においてもATPふき取り検査(A3法)が活用されています。キッコーマンバイオケミファ(株)のWEBサイトの「製品活用事例」にて、今回ご紹介できなかった事例についても公開していますので、ご興味がある方は是非ご覧ください。

参考
  1. 消費者庁:アレルギー表示に関する表示「別添アレルゲンを含む食品に関する表示」
    https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_sanitation/allergy/
  2. 月刊HACCP 2017年12月号 29-34頁
    志賀一樹「アレルゲン管理に対するATP+ADP+AMPふき取り検査(A3法)の活用」
  3. 月刊フードケミカル 2020年1月号 78-83頁
    松本浩祐「アレルゲン管理におけるATPふき取り検査(A3法)の活用」

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