キレイの現場① 医療分野での活用例
本記事は、キッコーマンバイオケミファ株式会社 関 智章 様に執筆いただいたものです。
キッコーマンバイオケミファ(株)はATPふき取り検査試薬のメーカーとして、30年近く衛生検査事業を展開しております。今回は医療現場におけるATPふき取り検査(A3法)の活用についてご紹介いたします。
院内感染防止のために
医療現場においては、院内感染対策は欠かせない課題です。院内感染対策では、従事者の意識レベルを向上させることが重要であり、そのための感染対策チーム(ICT:Infection Control Team)が中心となって、様々な活動が実施されています。
院内感染を防止するためには、洗浄、清拭が重要な作業であると言われています。特に「手指衛生」と「環境衛生」の重要性については、学会、論文等で示されています。また、再使用される医療機器(例えば消化器内視鏡、鋼製小物など)の洗浄管理については、学会ガイドラインでも述べられています。
手指衛生と環境衛生の重要性
感染経路には様々なものがありますが、主には「接触感染」「飛沫感染」「空気感染」の3つが問題となります。多数の患者と接する機会の多い医療従事者は、自らが感染症に罹患するリスクだけでなく、病原体の媒介者となる可能性も抱えています。
実際に、手指や皮膚による患者との直接接触以外にも、患者付近の物や高頻度接触面(ベッド柵、手すり、ドアノブや照明等のスイッチほか)を介した間接接触により、病原体は伝播していきます。病原体で汚染された手指が別の患者や、高頻度接触面に触れることで、感染症の発生に繋がります。
このような感染経路を断つためには「手指衛生」の徹底と、高頻度接触面や医療機器を含む環境面の衛生対策=「環境衛生」が重要となります。
医療現場の汚れとATPふき取り検査の活用
医療現場における汚れは、血液、組織片、消化液、排泄物、汗、飛沫(唾液や鼻水)や手垢、微生物といったものとなります。このような汚れに対して、洗浄や清拭による除去が必要ですが、目視では洗浄・清拭が適切に出来ているかが分かりません。洗った、拭いた、だけではなく、客観的な指標を用いて洗浄・清拭作業の評価をすることが、効果的な感染対策に必要です。
これらの汚れは生物由来の汚れであるため、ATPを含んでいます。そのため手指や環境面の清浄度評価においても、ATPふき取り検査が活用されてきました。2004年に日本医科器械学会(現:日本医療機器学会)が発表した「鋼製小物の洗浄ガイドライン」の中では"日常業務における洗浄後の洗浄効果判定方法"として、ATPふき取り検査が収載されています。
医療現場におけるATPふき取り検査(A3法)の優位性
ATPだけでなく、その分解物であるADP、AMPも測定が可能なA3法は、従来のATP法と比較して、より高感度に汚れを検出できるようになりました。この特徴は、医療現場においても重要です。
血液中には大量のATPが存在することが知られていますが、血液がいったん溶血すると、ATPは短時間でADP、AMPへと分解されます。
図1はATP法とA3法に関して、血液に対する経時的な測定値の変化を示したものです。従来のATP法が、血液汚れがあるにも関わらず、時間経過と共に低い値を出してしまうのに対し、A3法はATP分解の影響を受けずに、測定値が安定しています。
また、ATPふき取り検査は、手洗い後の清浄度チェックにも使われていますが、手指に付着している汚れには、ATPよりもADP、AMPの方が多いことが分かっています(図2)。
「手指衛生」においては、衛生的手洗いの実施が不可欠ですが、そのためには各人の手指衛生の手技の評価と、適切な指導が必要です。A3法は、医療現場に潜む、目に見えない汚れも高感度に検出することが出来るため、洗浄・清拭作業後の清浄度のモニタリングだけでなく、衛生指導・改善においても大変有効なツールとして活用されています。
医療機器における洗浄とその評価の重要性
手術や処置に使用した各種鋼製小物(鉗子、鑷子、剪刀、持針器など)には感染性を有する血液などの体液や微細組織片が必ず付着しています。これらの器材は洗浄後に高圧蒸気滅菌やEOG滅菌などの工程を経て再使用されます。
2012年に日本医療機器学会から発表された「洗浄評価判定ガイドライン」内では、「確実に滅菌を保証するためには洗浄によって付着物を可能な限り分解、除去する事が重要である」と明記されています。一方で、洗浄工程終了後の確認については「目視による判定は個人差があり、数値化ができなく、また、器械の重なり合った部分や内腔は判定できないなど正確性に劣る」とも記載されています。同ガイドライン内では、洗浄評価判定方法の1つとしてATPふき取り検査が収載されています。
消化器内視鏡の洗浄評価
消化器内視鏡の洗浄の手順については、日本消化器内視鏡技師会がガイドラインを公開しています。基本的な流れとしては、内視鏡の使用後、ベッドサイドでの洗浄で、内視鏡の外表面に付着した汚物と、チャンネル(鉗子や処置具などを挿入する、内視鏡内を通る管)内に残留している粘液や血液などを除去し、その後、洗浄室にてブラシやスポンジを用いた一次洗浄(用手洗浄)を行い、自動洗浄消毒装置にかけるパターンが一般的かと思われます。
内視鏡の洗浄では、用手洗浄が不十分だった場合、その後の自動洗浄・消毒処理において十分に消毒効果が得られない可能性があります。そのため、目視による確認と併せて、ATPふき取り検査による洗浄評価も行われています。
消化器内視鏡の汚れとA3法データ
図3はベッドサイド洗浄前の内視鏡に付着した汚れについて、ATP法と、A3法の測定値(RLU)を比較したものです。ATP法を1とした場合、上部内視鏡(食道・胃・十二指腸内視鏡)のA3量は約3.5倍、下部内視鏡(小腸・大腸)では約7.6倍となりました。
さらに、上部内視鏡のチャンネル内についてA3法、一般生菌数、タンパク量をまとめたものが図4になります。
一般生菌数が多い検体は、A3法の測定値(RLU)も高く、洗浄段階が進むにつれて一般生菌数とともにRLU値も低下する傾向が見られました。一方、タンパク量に関しては、ベッドサイド洗浄前にも関わらず、10検体が非検出でした。これにより、タンパク質量測定よりA3法の方が、より高感度に内視鏡チャンネル内の汚れを検出できることが分かりました。
実際の病院における導入効果や、ATPふき取り検査(A3法)の手指衛生・環境衛生での活用事例については、キッコーマンバイオケミファ(株)WEBサイト「医療現場向け」特設サイトや「製品活用事例」にて公開しております。ご興味がある方は是非ともご覧ください。
参考
- 日本医科器械学会(現:日本医療機器学会)「鋼製小物の洗浄ガイドライン」(2004)
https://www.jsmi.gr.jp/pdf/2004.pdf - 日本医療機器学会「洗浄評価判定ガイドライン」(2012)
https://www.jsmi.gr.jp/pdf/guideline201208.pdf - 日本医療機器学会「医療現場における滅菌保証のガイドライン 2015」(2015)
https://www.jsmi.gr.jp/pdf/Guideline2015ver3.pdf - 日本消化器内視鏡技師会「消化器内視鏡の感染制御に関するマルチソサエティ実践ガイド 改訂版」(2013)
http://www.jgets.jp/CD_MSguide20130710.pdf - 第33回 日本環境感染学会総会(2018)
場家幹雄、桐原英理奈「上部および下部消化器内視鏡チャンネル内に残留する汚れのADP+ADP+AMP、蛋白質および一般生菌数の測定」 - キッコーマンバイオケミファ株式会社「ATPふき取り検査(医療現場向け)」特設サイト
https://biochemifa.kikkoman.co.jp/kit/atpfuki/iryou/ - 「製品活用事例>医療」
https://biochemifa.kikkoman.co.jp/support/casestudy/?sw2=&sp=&sc=001006