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【テクニカルレポート】簡便性と正確性の両立を目指したエンドトキシン試験法の紹介

本記事は、和光純薬時報 Vol.88 No.3(2020年7月号)において、量子科学技術研究開発機構 量子医学・医療部門 信頼性保証・監査室 脇 厚生様に執筆いただいたものです。

エンドトキシンはグラム陰性細菌の細胞壁成分であり、極微量で発熱性や様々な生物活性を有する為、注射剤や医療機器はエンドトキシン汚染を厳密に管理することが求められている。エンドトキシンは、カブトガニの血球抽出物の血液凝固系を利用した試薬(ライセート試薬)を用いて世界中で広く測定されている。日本では、1988 年に第十一改正日本薬局方追補(JP)に初めてエンドトキシン試験が収載され、2013 年に日米欧の三極のエンドトキシン試験法に関して国際調和が完了している。

日本薬局方エンドトキシン試験(以下、「局方試験法」という)は検体の測定試験の前に、局方に規定された方法による予備試験が必要である。局方試験法の光学的定量法では、「検量線の信頼性確認試験」「反応干渉因子試験」を行い、局方に記載されている基準に適合する必要がある。また、測定試験では測定毎に検量線を用意するとともに反応干渉因子サンプルを設置し、測定試験内でそれぞれの基準を満たさなければ測定試験が成立しないこととしている。

この様に局方試験法は測定値の信頼性を確保できるよう厳密に設計されているが、例えば、毎日ロット製造する薬剤に局方試験法を適応すると、時間とともにコスト(最低 12 試験管が必要)が膨大となるため、局方試験法と同等の信頼性を有する、より簡便なエンドトキシン測定方法が要望されていた。

短半減期の放射性同位元素を使用した放射性薬剤を病院内で製造し、がんや認知症の診断を行う PET は、保険適応され広く行われているが、その PET 診断を推進する日本核医学会は、放射線医学総合研究所(現、量子科学技術研究開発機構)や関係大学、およびエンドトキシン装置メーカーと共同で、院内製造 PET 薬剤に適したエンドトキシン試験法を開発してきた。平成 27 年にその成果をまとめ、日本薬局方エンドトキシン試験法とおよそ同等の信頼性を確保した方法として、「院内製造 PET 薬剤用エンドトキシン簡便法(以下、「簡便法」という)」を学会員に向けて発表した 1-4)

簡便法では、局方試験法で求められる、測定試験毎に作成する検量線の代わりに、局方試験法の検量線 3 本分の計 18 点のデータを使用して作成した検量線を保存利用することにより、日々の作業負荷やサンプル数を減らすことを特徴の一つとしている。この検量線の保存利用については実は新しい手法ではなく、FDA が 1991 年に発表している資料 5)において紹介している方法である。

ただし、それら保存検量線が日々作成する検量線と同様の性能を有するかどうかについては、ほとんどデータが開示されていない。そこで我々は、標準溶液の真値からの乖離(添加回収率)を利用して、局方試験法検量線と保存検量線の性能を比較した(図 1)。前者では検量線とは別に当日作成した標準溶液を、後者には保存検量線とは別に作成した 3 日分の標準溶液を使用した。その結果、当日作成した検量線の添加回収率は 82.9 ~ 119.3%、保存検量線の添加回収率は 83.1 ~ 117.3%であり、検量線の保存利用は当日作成する検量線と差がないことが分かった。ただし、簡便法では測定試験時と保存検量線作成時で異なるライセートロットを使用しないよう注意が必要である 1)

図1.局方エンドトキシン試験と簡便法の添加回収率
図1.局方エンドトキシン試験と簡便法の添加回収率

また簡便法では、保存検量線の利用に加え、測定試験時の検体を、①試験検体 n=2、②反応干渉因子検体 n=1、および、③検量線の中点濃度(0.1EU/mL、括弧内は学会プロトコルでの規定値)検体 n=1 の 4 検体に低減している。②は局方試験法と同様に、標準溶液③を添加した反応干渉因子検体のエンドトキシン濃度(①のエンドトキシン濃度を引いた濃度)が標準溶液③の濃度の 50 ~ 200% (0.05 ~ 0.2EU/mL)を示すことを試験成立要件としている。

ここで③は簡便法特有の検体となるが、②に添加し反応干渉因子を検討するにあたり、その濃度に試験成立要件となる基準を設定した。局方試験法では一般に、検量線作成時の中点濃度の標準溶液を反応干渉因子検体に添加するが、簡便法では保存検量線作成が測定試験より前の別日になるために検量線作成に使用した中点濃度標準溶液は利用不可能である。

そのため、測定試験時に保存検量線の中点濃度になるように作製した③標準溶液を使用せざるを得ないが、③の利用時でも局方試験法と同等の方法で反応干渉因子確認を達成できるよう、その濃度が実際に保存検量線の中点濃度であること(理論値の75〜133%(0.075~0.133EU/mL))を測定試験の成立要件とすることとした。

このように簡便法は、簡便さと信頼性を両立した方法であると考えられるが、(1)ライセートロット毎に保存検量線を作成する、(2)測定試験時にエンドトキシン標準品を段階希釈し③を作製し②に使用する、の 2 点が必要となる。特に(2)は、段階希釈によるエラーや、保存検量線作成時と測定試験時の作業の時間的誤差による試験不成立リスク等の可能性が考えられるため、作業は厳密に実施する必要がある。

最近、富士フイルム和光純薬から発売された、リムルス ES-II プラス CS シングルテストワコー(以下、プラスCS 試薬)は、上記の 2 点を、(1)検量線がメーカーより提供されること、(2)低含量 CSE が添付されていること、で解決を目指したものである。特に低含量 CSE による段階希釈が不要な点は手間と精度の両方にメリットが高いが、一方、低含量による製造時の入れ目のばらつきが原因のエラーが無いことが使用の条件である。

この点について、簡便法とプラス CS 試薬を使用した方法での添加回収率を評価することで検討した(表1)。その結果、低含量 CSE の場合はわずかに真度の低下が感じられる程度の良好な結果が得られており、低含量 CSE の利用は希釈回数が少なく手間と誤差を回避できる点で大きなメリットがあると予想された 6)

表1.簡便法とプラス CS 法の添加回収試験
方法 回収率(%) n
平均値±標準偏差 最小値 最大値
簡便法 100.3 ± 6.6 85.8 126.7 112
プラス CS 法 95.6 ± 9.2 80.6 115.3 112

簡便法やプラス CS 試薬を使用した方法は、現状では局方エンドトキシン試験と同様に注射剤の規格試験にすぐに採用することはできないが、院内製剤や医薬品・医療機器製造時の工程管理、原材料のエンドトキシン限度試験などに適用することで、コスト削減とデータの信頼性の両立が可能となる。採用にあたって詳細なデータや試験プロトコルなどが必要な場合は、筆者あるいは富士フイルム和光純薬までお問い合わせいただければ幸いである。

参考文献
  1. 脇厚生、森哲也、西嶋剣一、本城和義、萱野勇一郎、矢野良一、白石浩巳、高岡文、清野秦、藤林靖久:核医学,50,289 (2013).
  2. 脇厚生、森哲也、西嶋剣一、本城和義、萱野勇一郎、矢野良一、白石浩巳、高岡文、清野秦、藤林靖久:核医学,55,383 (2014).
  3. 「院内製造 PET 薬剤のエンドトキシン試験を適切に実施するために-局方と同等の信頼性を確保しうるエンドトキシン簡便法のご紹介-」,平成 27 年 1 月改訂令和元年 9 月(日本核医学会) (2019).URL : http://jsnm.sakura.ne.jp/wp_jsnm/wp-content/themes/theme_jsnm/doc/endotokishinshiken_190919.pdf(ア クセス日:2020/4/20)
  4. 日本核医学会:「院内製造 PET 薬剤のための簡便なエンドトキシン試験試験法 2019/8/20版」 (2019).
  5. FDA :"Interim Guidance for Human and Veterinary Drug Products and Biologicals", KINETIC LAL TECHNIQUES , July 15(1991).
  6. 脇厚生、岩隈佳寿子、高須賀禎浩、和田正悟、定村佳房:J. Antibact. Antifung. Agents., 47, 459 (2019).

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