【連載】エンドトキシン便り「第1話 Low Endotoxin Recovery(LER)について(1)」
本記事は、和光純薬工業 試薬化成品事業部開発第一本部 BMS 開発部 BMS センター 高須賀 禎浩が執筆したものです。
はじめに
今回は現在、エンドトキシン試験の分野において活発に議論されている Low Endotoxin Recovery (LER) について取り上げたいと思います。
2013 年の Parenteral Drug Association (PDA) で Chen らがこの問題を取り上げて以来1)、ある特殊な条件下で、エンドトキシンが検出されないことから、各種の懸念が生じています。
今回は、これまで発表されている事柄の紹介を中心に、お話をさせて頂きます。
LER 現象とはどの様な現象か
今日、各国の局方やガイドラインによって注射用医薬品や医療機器のエンドトキシン試験法として、カブトガニ血球抽出物を用いたライセート試薬が広く用いられています。
溶液中のエンドトキシン活性が経時的に低下する現象は以前から確認されていました2)。しかし、2013 年の PDA において Genentech 社の J.Chen らはある種の生物学的製剤に界面活性剤(ポリソルベート)とクエン酸ナトリウムやリン酸ナトリウムなどの共存下でエンドトキシンを添加すると、エンドトキシンが回収されないと報告し、この現象を Low Endotoxin Recovery (LER) と命名しました。しかも、LER 現象が認められた検体のうちの一つは、ウサギ発熱性が検出されたと報告しました1)。
ある種の生物学的製剤、かつある種の界面活性剤とあるキレート剤が共存した場合であるとはいえライセート試薬が陰性で、かつウサギ発熱性試験が陽性であったことから、議論になっており、2014 年度ならびに 2015 年度 PDA や 2014 年 PMF Bacterial Endotoxin Summit (BES) では LER について活発な討議がなされました。
この問題に関してはまだまだ疑問点や不明な点が多いですが、学会や論文で報告されている LER 現象としては、
- 生物学的製剤に界面活性剤とクエン酸 Na やリン酸 Na などが共存下で、エンドトキシンの活性が急激に下がる1)。
- 温度と時間依存性がある1)。
- LER が起こったサンプルでウサギ発熱性試験が陽性のサンプルが存在した1)。
- ゲル化法、比濁時間分析法、比色時間分析法で LER の結果が異なるかもしれない3)。
- 精製されていない LPS (Naturally occurring endotoxin; NOE) は LER 現象が起きないか、または、活性低下は少ない1,4,5,6)。
などがあります。
何が問題になっているか
ある特殊な条件下(製剤と成分)であるとはいえ、通常のライセート試薬の阻害とは異なり、添加したエンドトキシンがリムルス試験では検出されず、ウサギ発熱性試験で検出された検体が存在する(すべてはない、一部の検体)ことから、
- LER 現象とは何が起こっているのか。
- RSE (Reference Standard Endotoxin: 薬局方標準品)や CSE (Control Standard Endotoxin: メーカーが添付している2次標準) は適切か。
- リムルス試験は最良の発熱性物質試験か。
- LER 現象を回避する方法があるのか。
等が問題になっています。
メカニズム
メカニズムに関しては種々の仮説がなされていますが7)、具体的に解明されているわけではありません。ただ、複数の機構が重なりあって起こっている可能性が高いと考えられます。
この現象を最初に発表した Chen らは、ポリソルベートやキレート剤の存在下では LPS は Factor C との結合が阻害される LER 複合体の様なものを形成するのではないかと仮定しました1)。組み換え Factor C を用いた系においても同様の現象がみられる7)ことから、この "LPS と Factor C の結合に何らかの阻害が働いている" という仮定は正しいと考えられます。
では何故、LPS と Factor C の結合が阻害されたのでしょうか。Reich らはライセート試薬ではなく、組み換え Factor C を用いた試薬での測定結果から、2 段階の変化-始めにキレート剤によって LPS の凝集の不安定化、次に界面活性剤による LPS の凝集状態の変化-が起こることを提唱しています7)。
さらに、Tsuchiya は過去に発表されている論文から LPS の凝集状態の重要性を指摘しています8)。
LER 現象は回避可能か
2014 年のエンドトキシン試験法セミナーで筆者も講演したようにリムルス試験に影響を与える物質は数多くあり、それら物質に応じた阻害の回避方法が使用されていますが、1 つの方法ですべての物質に対応できる方法はなく、また、物質の濃度などによっては回避できない場合もあり、完璧な方法はありません。
LER 現象に関しても決定的な方法はありません。Reich らは LER 現象からの回復(Demasking)を報告していますが、ライセート試薬ではなく組み換え Factor C を用いた試薬を使用しています9)。更にサンプルの組成によってプロトコールの確立が必要とも述べています。
LER 現象を回避する必要性があるか、ありのままのエンドトキシン値で良いのではとの議論は別にして、やはり LER 現象を回避するには、希釈、塩の添加、分散剤などの使用を検討する必要があります。
天然由来エンドトキシン(Naturally Occurring Endotoxin (NOE))
局方の標準エンドトキシン(RSE)や CSE に使用されている LPS はフェノールで抽出された、通常、自然界ではありえない状態にあります。そこで、精製されていないエンドトキシン(NOE)-各種標準菌株などからオートクレーブなどをして得られたエンドトキシン-を用いて多くの検討がなされました1,4,5,6)。
その結果、NOE の方がはるかに RSE や CSE よりも LER を受けにくいことが示されています。また、精製された LPS でも、その LPS の精製度合や LPS の種類によって LER 現象の受け方が異なるとの報告もあります。
まとめ
ライセート試薬に偉大な貢献を行った Cooper は
①自然界のエンドトキシンには LPS、細胞膜由来のタンパク質、リポタンパク質やリン脂質などが含まれており、「エンドトキシンと LPS は同じものではない」。
②NOE では LER を受けにくく、精製された LPS では受けやすい。
以上のことから、「エンドトキシンが回収されてこないのではなく、LPS が回収されてこないのであり、LER ではなく Low Lipopolysaccharide Recovery (LLR) とすべき事柄である」、「LLR 現象はヘルスケアに関するリスクではない」と述べています4)。彼の主張はエンドトキシンを測定するうえで非常に示唆に富んだ見解だと思われます。
まだまだこの LER 現象については、①メカニズムが解明されていない、②回避策などの対応方法も決まっていない状況であり、今後、さらに議論が深まっていくものと思われます。
次回はこの LER 現象に対する規制当局(FDA)の動向について更に詳しくお話ししたいと思います。
参考文献
- Chen, J. Low Endotoxin Recovery in Common Biologics Products. Presented at PDA 8th Annual Global Conference on Pharmaceutical Microbiology, Bethesda, MD, (2013).
- 高岡文ら、微量金属イオンがエンドトキシンのリムルス活性に及ぼす影響、日本薬学会 110 年会、(1990).
- Patricia, F. Endotoxin Challenge - A Regulatory Perspective. Presented at PDA 9th Annual Global Conference on Pharmaceutical Microbiology, Las Vegas, NM, (2014).
- Cooper, J. F. How Can Water Interference with BET?. Presented at the Pharmaceutical Microbiology Forum Bacterial Endotoxins Summit Meeting, Philadelphia, PA, (2014).
- Platco, C. Lab Experience Low Endotoxin Recovery. Presented at the Pharmaceutical Microbiology Forum Bacterial Endotoxins Summit Meeting, Philadelphia, PA, (2014).
- Bolden, J. et al. Evidence Against a Bacterial Endotoxin Masking Effect in Biologic Drug Product by Limulus Amebocyte Lysate Detection, PDA J Pharm Sci and Tech, 68, 472-477, (2014).
- Reich, J. Heterogeneity of Potential Endotoxin Contaminations in Parenteral Drugs. Presented at the Parenteral Drug Association Conference, Berlin, Germany, (2015).
- Tsuchiya, M. Possible Mechanism of Low Endotoxin Recovery. American Pharmaceutical Review. 17, 1-5, (2014).
- Reich, J. New Control Strategies for Monitoring of Endotoxin Masking in Biologics. Presented at the Parenteral Drug Association Conference, Berlin, Germany, (2014).