siyaku blog

- 研究の最前線、テクニカルレポート、実験のコツなどを幅広く紹介します。 -

ATPふき取り検査からATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)へ ~ルミテスター&ルシパック20年の歩みと今後の展開~

本記事は、キッコーマンバイオケミファ株式会社 開発部 技術開発グループ 場家 幹雄様が執筆したものです。

本稿は、キッコーマンバイオケミファ(株)が2017年4月21日、東京大学・弥生講堂で開催した「ルシパック発売20周年記念講演会」において、同社の場家幹雄氏が行った講演の要旨である(ルシパックは、キッコーマンバイオケミファ社が取り扱うATPふき取り検査用試薬の名称)。

同氏の講演では、キッコーマングループにおけるATP検出技術の開発の経緯を振り返るとともに、本年(2017年)4月に発売された最新の検査試薬「ルシパックA3」の紹介などが行われた。なお、ルシパックA3は、ATP、ADPおよびAMPが同時に検出できるふき取り検査試薬で、これらの3種が同時に検出できる試薬は世界初である。

はじめに ~衛生検査市場を取り巻く環境~

最近の衛生検査市場を取り巻く環境を見てみると、ますます検査に対する関心が高まっていることは間違いありません。その背景としては、①各国で衛生検査に関する法規制が強化されている、②減塩やClean Label(抗生物質・人口保存料減)などのトレンドに伴う微生物管理への関心の高まり、③アレルギー疾患の増加に伴うアレルゲン混入管理への関心の高まり――など、さまざまな要因が挙げられます。

そうした背景から、「正確かつ迅速な衛生検査・衛生管理」によって、食品事故を未然に防ぐことが重要となってきています。

1. キッコーマンにおけるATPふき取り検査キットの開発の経緯

(1)キッコーマンの衛生検査事業

よく「なぜキッコーマンが衛生検査事業に携わっているのですか?」と質問されることがあります。その理由としては、当社が長年の醤油醸造で培ってきた酵素や発酵などのバイオ技術を活用できることが挙げられます。また、キッコーマングループでは、食品や飲料の製造工場を運営しているだけでなく、キッコーマン総合病院の運営もしていることから、「食品・飲料・医療の安全管理の重要性」を強く認識していることも、理由の一つとして挙げられます。

そうした背景から、独自のバイオ技術を活用した衛生検査キットの開発に取り組んできました。そして、そのキットはグループ内で活用するだけではなく、「食品や飲料、医療の関係者に広く活用していただきたい」という思いで衛生検査事業を展開していきます(写真1)。

写真1.キッコーマンが開発した衛生検査キット
写真1.キッコーマンが開発した衛生検査キット

(2)ATPふき取り検査の特徴

ATP(アデノシン3リン酸)は、すべての生物に共通のエネルギー物質です。ATPは食品残さや微生物にも含まれているので、食品現場や医療現場における清浄度の指標として利用することができます(図1)。

図1.ATP(アデノシン3リン酸)とは
図1.ATP(アデノシン3リン酸)とは

ATPふき取り検査の主な特徴は、「見えない汚れを『いつでも』『どこでも』『誰にでも』10秒で数値化できる」という点です。そうした特徴を活かすことで、汚れの管理や記録の簡便な実施や、従業員の衛生意識の向上などにつなげることが可能です。

ATPふき取り検査では、食中毒菌を特定したり、特定のアレルゲンを検出することはできません。しかし、「食中毒汚染や残留アレルゲンなどのリスクを、1回の検査でチェックできる」というメリットがあることから、食品現場や医療現場などさまざまな現場で利用されています(写真2)。

写真2.ATPふき取り検査の活用実例
写真2.ATPふき取り検査の活用実例
(ATPふき取り検査は「食品衛生検査指針 微生物編 2015」などに収載されている)

(3)ATP検査の技術開発の経緯

当社では、約20年にわたりATPふき取り検査の測定装置や試薬の開発に取り組んできました。今から20年前(1998年)、ルシパックと「ルミテスターC-100」を発売しました(当社では測定装置は「ルミテスター」、測定試薬を「ルシパック」と命名しています)。

2001年にはC-100の小型化・軽量化を実現し、ハンディタイプの「ルミテスターPD-10」を発売しました。さらに試薬にも改良を加えて、「ルシパックⅡ」(ATPふき取り検査試薬)と「ルシパックW」(ATP + AMPふき取り検査試薬)を発売しました。2008年にはC-100を改良した「ルミテスターC-110」、2009年にはPD-10を改良した「ルミテスターPD-20」を発売しました。また、PD-20の発売に合わせて、「ルシパックPen」(ATP + AMPふき取り検査試薬)も発売しました(2013年には水の測定が可能な「ルシパックPen-AQUA」を発売)。2014年にはPD-20を多機能化した「ルミテスターPD-30」を発売しました。

そして、本年よりATP・ADP・AMPを同時に測定できる「ルシパック A3 Surface」(ふき取り検査用試薬)と「ルシパック A3 Water」(水用検査試薬)を発売しました。

2. ATPふき取り検査からATP + AMPふき取り検査へ

(1)ATPふき取り検査の原理

ATPふき取り検査の原理

ATPふき取り検査では、ホタルが光る原理(ルシフェラーゼによる発光反応)を応用しています(図2)。酵素(ルシフェラーゼ)の存在下で、ホタルが持つ化合物(ルシフェリン)とATPが反応すると発光が起きます。この光の強さを測定することで、ATP量を測定することができます。

(2)酵素改良の経緯

しかし、ATPふき取り検査を実用化するには、2つの大きな課題がありました。第一にルシフェラーゼの入手が困難であること、第二にルシフェラーゼの安定性が低い、という点でした。

第一の課題については、当社がATP関連の研究に着手した当時(1980年代)は、ルシフェラーゼはホタルから精製するしかなく、1 gのルシフェラーゼを得るために約10万匹のホタルが必要でした。しかし、1987年にゲンジボタルのルシフェラーゼ遺伝子のクローニングに成功したことで、ルシフェラーゼの大量生産が可能となりました。

第二の課題については、1993年にルシフェラーゼの遺伝子を改変し、耐熱型酵素を取得することに成功しました(図3)。また、また、ルシフェラーゼの遺伝子を改変して、界面活性剤耐性型酵素を取得することにも成功しました(ATPふき取り検査では、食品や微生物からATPを抽出するために界面活性剤を用いるが、界面活性剤が存在すると酵素反応が阻害されたり、酵素が不安定になる)(図4)。

  • 図3.ルシフェラーゼの熱安定性の改良
    図3.ルシフェラーゼの熱安定性の改良
  • 図4.ルシフェラーゼの界面活性剤耐性の改良
    図4.ルシフェラーゼの界面活性剤耐性の改良

(3)ATP測定試薬「ルシフェール」の開発

このようにして開発した酵素を用いて、90年代にATP測定試薬「ルシフェール250プラス」「ルシフェールHS」、測定装置「ルミテスターK-100」「ルミテスターK-200」を発売しいました(写真4)。

写真4.発売初期の測定試薬「ルシフェール」とルミテスター「Kシリーズ」
写真4.発売初期の測定試薬「ルシフェール」とルミテスター「Kシリーズ」

(4)低価格な測定装置の開発に挑戦

ただし、当時のルミテスター(K-100やK-200)は、重量は約2.5 kg、価格は約100万円でした。そのため、ATPふき取り検査に関心を持つ関係者からは「もっと簡便に使えるようにしてほしい」という要望がありました。そこで、1997年に持ち運び可能な「ルミテスターC-100」を発売しました。しかしながら、価格は約55万円で、さらなる低価格化を望む声も寄せられました。

そうしたニーズに応えるべく、測定装置の小型化・軽量化・低価格化を進めました。当時、光の検出には光電子増倍管を用いていましたが、これは高感度ですが、高価でもありました。そこで、測定装置の低価格を実現するため、光電子増倍管より感度は低くなりますが、より安価なシリコンフォトダイオードを用いることにしました。

その際、「低感度を補うためにルシフェラーゼを増量する」ということを考えたのですが、「ルシフェラーゼを増量すると、発光量が急激に減衰する」という課題があることも知られていました。つまり、低価格な測定装置を開発するには、「ルシフェラーゼ増量下においても発光量を安定化させる」ということを実現しなければなりませんでした。

(5)ATP + AMPの同時測定を実現

そこで当社は、ATPサイクリング系の技術に着目しました(図5)。ATPはルシフェラーゼと反応した際、AMP(アデノシン1リン酸)に分解されますが、このAMPをATPにリサイクルする技術です。この技術を用いることで、発光量を安定化させることに成功しました(図6)。

  • 図5.ATPサイクリング系の原理
    図5.ATPサイクリング系の原理
  • 図6.ATPサイクリング系により発光量の安定化を実現
    図6.ATPサイクリング系により発光量の安定化を実現

発光を持続させる技術が確立できたことで、低価格の測定装置「ルミテスターPD-10」を開発しました。PD-10は小型化・軽量化を実現したハンディタイプで、価格も20万円以下まで抑えることができました。2009年には、PD-10の性能はそのままに、さらなる小型化を実現し、価格もPD-10の約半分(10万円以下)に抑えた「ルミテスターPD-20」を開発しました。2014年に発売した「ルミテスターPD-30」は、PD-20にさまざまな新機能(温度補償、8言語表示、顔イラストなど)を搭載した後継機です。

これらの機種では、ATPの分解物であるAMPも同時に検出可能で、より広く汚れの測定ができるようになりました(図7)。

図7.ATP + AMPで幅広い食品残さを検出
図7.ATP + AMPで幅広い食品残さを検出
ルシパックⅡはATPふき取り検査、ルシパックPenはATP + AMPふき取り検査の試薬

ATP + ADP + AMP ふき取り検査(A3法)

(1)A3ふき取り検査の原理

図8.A3法の原理
図8.A3法の原理

このように当社の試薬ではATPとAMPを同時に測定できますが、最新の試薬(「ルシパックA3」)ではATP、AMPに加えて、ADP(アデノシン2リン酸)も同時に測定できます。原理については、図8に示すように、AMPをATPに変換する酵素(PPDK; pyruvate orthophosphate dikinase)と、ADPをATPに変換する酵素(PK; pyruvate kinase)を用いています。

(2)従来法とA3法の比較

では、ADPも同時に測定することには、どのようなメリットがあるでしょうか。当社の研究では、ADPは生の食材に多く含まれていることが確認されています。そのため、A3法は、特に「生の食材による汚染を懸念している食品施設」などにおいて大きな効力を発揮する(食材による汚染リスクの低減に貢献できる)のではないかと考えています。

図9~12は、さまざまな食品を用いて、ルシパックⅡ(ATPのみ測定する試薬)、ルシパックPen(ATP + AMPを測定する試薬)、ルシパックA3(ATP + ADP + AMPを測定する試薬)の測定値を比較した結果です(固形サンプルはホモジナイズして、蒸留水で適宜希釈して測定に用いた)。

食肉や食肉加工品の測定(図9)では、生の食肉では、ATP法やATP + AMP法と比べて、A3法の方が高いRLU値を示しました。加工食肉について見ると、ソーセージではATP + AMP法とA3法は同程度のRLU値ですが、ベーコンではA3法の方が高いRLU値を示しました。生の魚介類についても、ATP法やATP + AMP法よりも、A3法の方が高いRLU値を示しました(図10)。乳製品(図11)でも、加工度が低い食品においては、A3法の方が顕著に高いRLU値を示す傾向があることが認められています。

図9~12の結果から、食肉や魚介類、乳製品、発酵食品のいずれにおいても、原料由来から製品由来まで、食品残さを広く検出できる方法として、A3法は有用であると考えられます。

※RLU = Relative Light Unit(ATPふき取り検査に特有の、相対的な発光の強さを表現する単位)

  • 図9.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(肉類)
    図9.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(肉類)
  • 図10.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(魚介類)
    図10.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(魚介類)
  • 図11.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(乳製品)
    図11.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(乳製品)
  • 図12.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(発酵製品)
    図12.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較(発酵製品)

(3)A3法とタンパク量測定の比較

図13は、ピーナッツについて、タンパク量測定(Brad-ford法)とATP法、A3法を比較した結果です。

Bradford法では検出限界は0.1 µgといわれています。そこで、図13の「タンパク量0.1 µg」の時の発光量を見ると、ルシパックⅡ(ATPのみの検査)ではほとんど発光量は得られませんでしたが、A3法では100 RLUほどの発光量が認められました。このことから、A3法はタンパク量測定と同等以上の感度でピーナッツ残さを検出できると考えられます。えびにおいても同様の傾向が認められました(図14)。

  • 図13.A3法とタンパク量測定(ピーナッツ)の比較
    図13.A3法とタンパク量測定(ピーナッツ)の比較
  • 図14.A3法とタンパク量測定(えび)の比較
    図14.A3法とタンパク量測定(えび)の比較

このことから、A3法はタンパク量測定と同等以上の感度でタンパク質の残留を検出できると考えられます。

(4)ルシパックA3を用いる場合の基準値設定

以上のように、ルシパックA3は、従来品(ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査)よりも高い測定値を示す場合があります。そのため、「ルシパックA3を用いる場合、これまでと同じ基準値でよいのか?」「しっかり洗浄すれば、これまでの基準値以下にすることができるのか?」といった質問をいただいています。

そこで、図15のような「まな板洗浄モデル」で検証実験を行いました。まず、鶏生肉をステンレスプレートにこすりつけ、3種のルシパックで検査を実施します(ルシパックⅡ=ATPふき取り検査、ルシパックPen=ATP + AMPふき取り検査、ルシパックA3=ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法))。その後、洗浄してから再度、検査を実施します。

図15.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較
図15.ATPふき取り検査、ATP + AMPふき取り検査、ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)の比較
(まな板洗浄モデル):洗浄の方法

結果は図16に示すように、軽く水洗浄や湯洗浄しただけでは、ルシパックA3では基準値を超えるRLU値になりましたが、洗剤でしっかり洗浄すれば、ルシパックA3であってもこれまでの基準値を下回る(すなわち、これまでの基準値を変更する必要がない)ことがわかりました。

図16.まな板洗浄モデルの評価結果
図16.まな板洗浄モデルの評価結果

ただし、手指については、ルシパックA3では「2000 RLU」を基準値として推奨したいと考えています(従来の基準値は1500 RLU)。これは手洗い後のATP:ADP:AMPの存在比率が、およそ1:1:2であり、ADPの分だけどうしても測定値が高くなってしまうためです。

調理器具や設備などについては、従来どおり「洗浄しにくい箇所=500 RLU」「洗浄しやすい箇所=200 RLU」を推奨値としたいと考えています。これは、先ほどのまな板洗浄モデルでも示したように、環境測定においては従来と同じ基準値で運用することによって、さらに高いレベルの衛生管理が可能となると考えられるからです。ただし、生肉や生魚などの汚染リスクがあり、高い測定値になることが見込まれる施設などでは、「ADPの存在量を考慮して基準値を高めに設定することで、これまでと同等の衛生管理が維持できる」ということも考えています。

いずれにしても、基準値設定に際しては、従業員が意欲的に衛生管理の向上にチャレンジできるような形で、柔軟に対応していただければと思います。

最後に

ATP + ADP + AMPふき取り検査(A3法)は、微生物繁殖の温床となる「汚れ」を広く検出可能な方法であると考えています。食品現場や医療現場の清浄度・洗浄度管理、従業員の意識啓発に広くご活用いただければと思います。

当社では、今後もA3法をはじめとする衛生検査資材のご提供を通じて、皆様の食中毒予防や院内感染予防に貢献していきたいと考えています。

 本記事は、月間HACCP2017年6月号に掲載されております。

  • 本文中では測定器ルミテスター PD-30を掲載しておりますが、2019年1月より最新機種ルミテスター Smartを発売しております。
ルミテスター Smart
関連リンク
  1. ATPふき取り検査の詳しい説明は、こちら
  2. ATPふき取り検査の活用事例は、こちら

関連記事

キーワード検索

月別アーカイブ

当サイトの文章・画像等の無断転載・複製等を禁止します。