【テクニカルレポート】蛍光顕微鏡を必要としない高感度な未分化細胞染色キット Human ES/iPS Cell Staining Kit-BF の使用例について
本記事は、和光純薬時報 Vol.88 No.4(2020年10月号)において、富士フイルム和光純薬 ライフサイエンス研究所 吉居 華子が執筆したものです。
はじめに
近年、ヒト ES 細胞や iPS 細胞などを細胞源とした再生医療への期待が高まり、細胞加工製品(再生医療等製品)の研究開発・実用化が急速に進展している。実際にヒト ES/iPS 細胞を用いた治験が実施されるようになってきたが、その一方で、再生医療等製品の安全性と品質の評価方法は確立していないのが現状である。今回、当社で開発した Human ES/iPS Cell Staining Kit-BF は、簡易的にかつ高感度に未分化細胞を検出でき、再生医療の安全性向上への貢献が期待される。本稿では本キットの使用方法について紹介する。
未分化マーカー rBC2LCN
rBC2LCN(AiLecS1)はBurkholderia cenocepacia 由来のレクチンである BC2L-C の N 末端ドメインを大腸菌で発現させた組換え体レクチンである( コ ー ド No. 029-18061、025-18063)。rBC2LCN は未分化なヒトES/iPS 細胞の細胞膜に存在するポドカリキシン上のムチン様O 型糖鎖である H タイプ 3(Fucα1-2Galβ1-3GalNAc)に高い親和性を持つため、ヒトES/iPS 細胞の未分化マーカーとして報告されている 1-3)。rBC2LCN は細胞毒性をほとんど示さないため、培養液中に蛍光標識 rBC2LCN を添加するだけで細胞を生きたまま簡便に染色することができる。当社では rBC2LCN を蛍光標識した rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-547、rBC2LCN-635 を開発した(図1)。
Human ES/iPS Cell Staining Kit-BFの開発
ヒトES/iPS 細胞の未分化性の確認には、rBC2LCN や Nanog、Oct4、Sox2、SSEA-1、SSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81 などの未分化マーカーと細胞を反応させ、蛍光で検出する手法が多用されている。しかし、上記の未分化マーカーでの検出には蛍光顕微鏡などの高額な装置が必要であり、また観察に熟練の技術を要することから、その使用に制限がある。そのため、蛍光顕微鏡を使用せず、可視光下で検出可能な未分化性の確認方法として、ALP(アルカリフォスファターゼ)染色が用いられている。
ALP はヒトES/iPS 細胞で高発現していること、ALP活性の検出には特殊な装置を必要としないことなどから ALP は未分化マーカーとして広く使用されている。しかし、骨、軟骨、肝臓などの複数種の細胞が ALP 活性を持ち、特異性が低いことから、ALP 活性を持つ細胞への分化実験における未分化細胞の検出などにはALP 染色は使用できない(表 1)。
表1.未分化細胞検出法(可視)の比較
従来法 | 本キット | |
---|---|---|
アルカリフォスファターゼ染色 | rBC2LCN-POD 染色 | |
ターゲット | 細胞膜上酵素 | 細胞膜上糖鎖 |
特異性 | ✖ 一部使用できない細胞あり |
◎ |
操作性 | 〇 | 〇 |
検出感度 | 〇 | 〇 |
そこで当社では、未分化なヒトES/iPS 細胞への特異性が高い rBC2LCN のPOD(ペルオキシダーゼ)標識体を使用し、可視光下で高感度に未分化細胞を検出できる Human ES/iPS Cell Staining Kit-BF を開発した。本キットは、rBC2LCN-POD、発色基質、washing buffer で構成されており、rBC2LCN-POD が未分化なヒト ES/iPS 細胞に結合し、発色基質と反応することで、可視光下で未分化細胞を観察することができる(図 2A)。
キット構成品だけで、未分化なヒト ES/iPS 細胞を検出することができ、操作も非常に簡便である。また、本キットには高感度の基質を採用しており、rBC2LCN-POD は ALP と同等の染色強度を示す(図 2B)。
Human ES/iPS Cell Staining Kit-BFの使用例
rBC2LCN は未分化性を失ったヒト ES/iPS 細胞には結合しないため、培養中に出現する未分化状態を逸脱した細胞(例:図 3A の赤枠の細胞)は本キットでは染色されない。よって、本キットは培養したヒトES/iPS 細胞の品質管理に使用可能である。また、rBC2LCN-POD の特異性は他の未分化マーカー抗体よりも高く 4)、ヒト ES/iPS 細胞を ALP 活性を有する細胞へと分化させた際の残存未分化細胞の検出にも利用できる。
実際に、ALP 活性を有する MSC(間葉系幹細胞)中にスパイクしたヒトiPS 細胞の検出も可能であった(図 3B)。使用方法も非常に簡便であることから、ヒト ES/iPS 細胞を使用した研究へ幅広く利用いただきたい。
最後に
ヒトES/iPS 細胞を用いた細胞加工製品の開発、実用化が急速に進む中、安全性や品質評価方法に大きな課題が残されている。これに対し当社が開発した Human ES/iPS Cell Staining Kit-BF は、特異性が高く、高感度に未分化細胞の検出を可能にした。また、特殊な装置や技術を必要とせず、操作も非常に簡便であることから、さまざまな場面での使用が可能となり、再生医療の安全性向上への貢献が期待される。
- rBC2LCN は国立研究開発法人産業技術総合研究所との共同開発品である。
参考文献
- Onuma, Y., Tateno, H., Hirabayashi, J., Ito, Y. and Asashima, M. : Biochem. Biophys. Res. Commun., 431, 524 (2013). DOI: 10.1016/j.bbrc.2013.01.025
- Tateno, H., Matsushima, A., Hiemori, K., Onuma, Y., Ito, Y., Hasehira, K., Nishimura, K., Ohtaka, M., Takayasu, S., Nakanishi, M., Ikehara, Y., Nakanishi, M., Ohnuma, K., Chan, T., Toyoda, M., Akutsu, H., Umezawa, A., Asashima, M. and Hirabayashi, J. : Stem Cells Transl. Med., 2, 265 (2013). DOI: 10.5966/sctm.2012-0154
- Tateno, H., Toyota, M., Saito, S., Onuma, Y., Ito, Y., Hiemori, K., Fukumura, M., Matsushima, A., Nakanishi, M., Ohnuma, K., Akutsu, H., Umezawa, A., Horimoto, K., Hirabayashi, J. and Asashima, M. : J. Biol. Chem., 286, 20345 (2011). DOI: 10.1074/jbc.M111.231274
- Watanabe, T., Yasuda, S., Kusakawa, S., Kuroda, T., Futamura, M., Ogawa, M., Mochizuki, H., Kikkawa, E., Furukawa, H., Nagaoka, M. and Sato, Y. : Cytotherapy (2020). DOI:https://doi.org/10.1016/j.jcyt.2020.07.009