【テクニカルレポート】アルデヒド類捕集および誘導体化用カートリッジのブランク値測定方法について(2)ガラス器具の影響
本記事は、和光純薬時報 Vol.73 No.2(2005年4月号)において、和光純薬工業 試薬研究所 久保田 守が執筆したものです。
ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドは、大気汚染防止法(環境省)、室内空気汚染に係るガイドライン(厚生労働省)により規制され、測定法が定められている1, 2, 3, 4)。
その手法の一つとして、2,4ージニトロフェニルヒドラジン(DNPH)含浸シリカゲルが充てんされたカートリッジに大気や室内空気を通気させることによりアルデヒドやケトン類を捕集、DNPHと誘導体化後、HPLC法により目的成分を定量する方法が採用されている。
アルデヒドの測定値は、試料を捕集したカートリッジの実測値から成分毎にブランク値を差し引いて求める。このためブランク値はその値が十分低く、かつ安定した値であることが要求される。Presep®-C DNPH、Presep®-C DNPH(Short)はこの目的に適合されるように設計、開発されたカートリッジであるが、抽出からHPLC測定に至る過程で使用する器具類及び試薬からの汚染を受ける場合があり、本誌Vol.73、No.1にてHPLC用試料容器がブランク値を上昇、変動させる原因になりうることとその予防策について報告した。
今回は、抽出操作に用いるガラス器具の洗浄法及び保管条件がブランク値に与える影響について比較検討したので報告する。
実験に用いたガラス器具、試薬を表1に示した。ブランク値はアセトニトリルをカートリッジに通液させ、その抽出液に含まれるアルデヒド類の含有量から求めるが、今回カートリッジに代わりDNPH精製品及び酸触媒としてりん酸を用いた。
表1. 使用器具と試薬
ガラス器具
- ガラス製シリンジ(容量30 mL)
- ガラス製パスツールピペット(容量2 mL)
- ガラス製メスフラスコ(容量5 mL)
- HPLC用ガラス製試料容器(容量1.9 mL、アルミシート/シリコン製O-リング、ポリプロピレン製スクリューキャップ)
その他の器具
- グローブボックス
- 高純度N2ガスボンベ
- ステンレス製スパーテル
- ピペッター
試薬
- DNPH精製品(試薬特級DNPHを再結晶法により精製した)
- アセトニトリル(アルデヒド分析用、HPLC用)
- りん酸(試薬特級)
表2に示した洗浄、乾燥及び保管条件で処理した器具を各々用いて、表3に記載した手順でホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトンのブランク値ならびに定量下限値(10s)を求めた。
公定法ではホルムアルデヒド、アセトアルデヒドの2成分について、定量下限値や操作ブランク値などの許容性を判断する基準として目標定量下限値が導入されている。目標定量下限値は原則として基準値(環境省)または指針値(厚生労働省)の1/10の濃度で、環境省ではブランク値の低減が極めて困難なために目標定量下限値の達成が厳しい物質の場合、暫定値を当面の目標定量下限値と定めている。定量下限値(10s)の値が小さいほどブランク値のばらつきが小さくなる。
表2. 使用器具の洗浄及び保管方法
第1法
メタノール洗浄 → アセトニトリル溶液に一晩以上含浸 → メタノール洗浄 → 室内で乾燥及び保管
第2法
アセトニトリル洗浄 → アセトニトリル溶液に一晩以上含浸 → アセトニトリル洗浄 → 加熱真空乾燥(60℃ x 1時間) → ガラス製デシケーター内で保管
表3. ブランク値の測定方法と定量下限値(10s)
1. 操作手順
- N2ボンベのガス出口にPresep®-C DNPHを1本取り付けた後、グローブボックスに接続してボックス内をN2ガスで置換させる。
- 容量5 mLのメスフラスコに再結晶DNPHをスパーテルで2.0 mg量り取った後、グローブボックス内に移す。
- 上記のメスフラスコにパスツールピペットを用いてりん酸を約100 µL入れた後、別のパスツールピペットでアセトニトリルを加えて全量を5 mLとする(各洗浄法で準備した器具を用いて10本ずつ、計20本を調製した)。
- DNPHが溶解したらパスツールピペットでHPLC用試料容器に約1.5 mL分注後、開口部にアルミシール、シリコン製O-リングの順に静かにのせて、最後にスクリューキャップできつめに締め付ける。
- 順次HPLCによりブランク値を測定する。
HPLC Conditions
Column: Wakosil-Ⅱ 5C18RS, 4.6 x 250mm
Eluent: CH3CN/H2O=60/40(v/v)
Flow Rate: 1.0 mL/min at 40℃
Detection: UV 360 nm, 0.005 AUFS
Injection vol.: 10 µL
(オートサンプラーは、ニードル洗浄液としてHPLC用アセトニトリル100%を使用した。)
2. 定量下限値(10s)
各成分のピーク面積値より、1)ブランク値(µg/5 mL)、2)環境省より公示されている有害大気汚染物質測定マニュアル1)ならびに厚生労働省の室内空気中化学物質の測定方法2, 3)に記載されている大気中のアルデヒド濃度換算式をもとに、1で調製した試料溶液の10 µLをHPLCに注入して各アルデヒド類のブランク値(ng)を測定し、以下の計算式①より大気濃度(µg/m3)に換算した。各ブランク成分について、10本(n=10)測定した時の大気濃度の標準偏差(s)から計算式②により定量下限値(10s : µg/m3)を求めた。
大気濃度換算式
計算式① C = (A x E x 1,000)/(v x V x 293/(273+t) x P/101.3)
C:20℃における大気中の各アルデヒド類の濃度(µg/m3)
A:ブランク値(ng)[ HPLCへ注入した試料10 µLに含まれる各ブランク成分重量(ng)]
E:試験液量(mL)[抽出液量=5 mL]
v:HPLCへの注入量(µL)[v=10 µL]
V:ガスメータで測定した捕集量(L)[L=144 Lとする]
t:試料採取時の平均気温(℃)[t=20℃とする]
P:試料採取時の平均大気圧(kPa)[P=101.3とする]
計算式② 定量下限値=10s (µg/m3)
(大気汚染防止法における基準値及び目標定量下限値1))
物質名 | 目標定量下限値(µg/m3) (基準値の1/10) |
基準値(µg/m3) |
---|---|---|
ホルムアルデヒド | 0.08 (*0.8) | 0.8 |
アセトアルデヒド | 0.5 | 5 |
*印:暫定値
(室内空気汚染に係るガイドラインにおける指針値及び目標定量下限値2, 3, 4))
物質名 | 目標定量下限値(µg/m3) (指針値の1/10) |
指針値(µg/m3) |
---|---|---|
ホルムアルデヒド | 10 | 100 (0.08 ppm) |
アセトアルデヒド | 4.8 | 48 (0.03 ppm) |
測定結果を表4に示した。第1法で処理した器具を用いた場合、ホルムアルデヒドの定量下限値(10s)は0.337 µg/m3で、厚生労働省の目標定量下限値より低いが、大気汚染防止法の目標定量下限値に対して約4倍高い値を示した。一方、第2法で処理した器具を用いたときのホルムアルデヒドの定量下限値は0.109 µg/m3で、第1法の約1/3まで低下した。第2法で取り入れた洗浄、保管方法は、ガラス器具類からのホルムアルデヒドの汚染を低減する効果があることが示唆された。
表4. ブランク値と定量下限値(10s)
ホルムアルデヒド | アセトアルデヒド | アセトン | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
平均値 | 10s | 平均値 | 10s | 平均値 | 10s | |
従来法 | 0.024 | 0.337 | 0.004 | 0.203 | 0.028 | 0.161 |
新規洗浄法 | 0.020 | 0.109 | 0.006 | 0.203 | 0.026 | 0.163 |
平均値:µg/5mL 10s:µg/m3
しかしながら大気汚染防止法におけるホルムアルデヒドの目標定量下限値である0.08より高い状況にある。今後さらに検討を継続し、定量下限値の低減化を達成させるとともに、より簡便な洗浄、保管方法を見いだしたいと考えている。今回の事例が、アルデヒド類の測定に用いる器具の洗浄、保管方法の参考になれば幸いである。
参考文献
- 有害大気汚染物質測定方法マニュアル、環境庁(現環境省).
- 室内空気中化学物質の室内濃度指針値及び標準的測定方法について、厚生省(現厚生労働省)、生衛発第1093号通知.
- シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会中間報告-第6回~第7回のまとめについて、厚生労働省.
- シックハウス(室内空気汚染)問題に関する検討会中間報告-第8回~第9回のまとめについて、厚生労働省.