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【連載】Talking of LAL「第59話 SLP試薬の応用(その2)」

本記事は、和光純薬時報 Vol.73 No.2(2005年4月号)において、和光純薬工業 土谷 正和が執筆したものです。

第59話 SLP試薬の応用(その2)

SLP 試薬は、細菌のペプチドグリカンに反応する試薬です。SLP 試薬は、β-1,3-グルカンにも反応するため、使用時にその特異性を考慮する必要がありますが、ペプチドグリカンを簡単に検出する試薬としては唯一のものです。

最近、SLP 試薬を用いてペプチドグリカンを検出する応用例がいくつか報告されています。今回はこの中から一つの論文1)をご紹介したいと思います。

腹膜透析は、透析膜を使った血液透析と共に、末期腎不全に対する重要な治療法です。日本では血液透析が主流ですが、腹膜透析の方が簡便で安価であるとの理由で、世界各国で腹膜透析が採用されています。透析療法のうち、メキシコでは 90%、英国では 50%、カナダでは 40%、欧州と米国では 10% から 20% が腹膜透析を行っているとのことです1)

腹膜透析の原理は、患者さんの腹腔内に高浸透圧の液を入れ、腹膜を介した拡散で体内の水分と溶質を除去するというものです。腹膜透析用の透析液を高浸透圧にするためにブドウ糖が使われていましたが、性能のよい水溶性ブドウ糖ポリマーとして、デンプンを原料としたアイコデキストリンが開発されました。アイコデキストリンを用いた腹膜透析液は生体適合性もよく、ブドウ糖ベースの腹膜透析液にはない良さを持っています。

2002 年に欧州でアイコデキストリンが原因と考えられる無菌性腹膜炎が多発しました。メーカーの報告では 2001 年 1 月以前の無菌性腹膜炎の発生率は 1% 以下であったとのことですが、2002 年の最初の 6 か月間の発病率は 10% 以上に達しました。

メーカーは、この原因を特定ロットの製品へのペプチドグリカン汚染としています。この無菌性腹膜炎の発生率は、メーカーの汚染ロット回収によって、再び 1% 以下に回復したそうです。

この論文の著者 Toure らは、アイコデキストリンが原因と思われる無菌性腹膜炎 5 例と同時期に発生した細菌性腹膜炎 7 例について比較を行っています。アイコデキストリンによる無菌腹膜炎は、ペプチドグリカンによる汚染によって引き起こされ、細菌性腹膜炎に比べて、腹腔内のサイトカイン量が高くなること、活性化好中球の腹腔内への浸潤が少ないこと、腹腔のダメージが少ないことを報告しています。

さて、アイコデキストリンのペプチドグリカン汚染は、SLP 試薬で測定されており、回収が行われたもので 3 から 10ng/mL、汚染のないものは 0.6ng/mL 以下とされています。原因菌は Bacillus acidocaldarius で、原料のデンプン中に認められるとのことです。これらの情報は、アイコデキストリンのメーカーから得たとのことです。

これまで、ペプチドグリカンによる生物活性や生体への影響は、数多く研究され、報告されてきました。しかし、症状が報告され、その原因がペプチドグリカンであったことが明らかにされた例はほとんどないのではないでしょうか。

今回ご紹介した例は、いくつかの教訓を示唆していると思います。一つは、通常問題にされないペプチドグリカンの汚染がある病態を引き起こしたことです。これは、ペプチドグリカンの汚染も、ある種の医薬品や医療用具では管理する必要があるかもしれないことを示唆しています。

また、ペプチドグリカンの引き起こした症状がエンドトキシンに比べて非常にマイルドな症状を示したことは、これまでの研究結果通り、ペプチドグリカンの生物活性がエンドトキシンに比べて低いことを示唆しています。

汚染アイコデキストリンが原因と思われる無菌性腹膜炎患者の中には、アレルギー反応のために、アイコデキストリンの使用を中止せざるを得なかった例もあったとのことですから、マイルドであるから安全と考えることはできません。このマイルドな症状がさらにどのような病態に結びついていくかは、今後の課題です。

今回 SLP 試薬による測定値が指標として有用だったようですが、その要因の一つに 汚染源が単一の細菌(Bacillus acidocaldarius)であったことが挙げられます。すなわち、SLP 試薬の反応性は菌種によって異りますし、β-グルカンによる反応も考慮する必要がありますが、今回の例では汚染源がほぼ単一と考えられるため、定量が可能であったということです。

SLP 試薬は、その特異性や反応性に注意する必要がありますが、試料の性質を考慮して使用すれば、まだまだ有用な使用法があるように思われます。

参考文献

  1. Toure, F. et al.: Kidney International, 65, 654(2004).

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