【連載】The Gateway to qNMR ~定量NMRへの扉~ 「第 4 話 日本及び海外の動向のご紹介」
本記事は、和光純薬時報 Vol.86 No.2(2018年4月号)において、富士フイルム和光純薬株式会社 試薬化成品事業部ケミカル開発本部 機能性材料研究所 三浦 亨が執筆したものです。
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本シリーズも今回で最終話となりました。最終話となった今回は、qNMR を取り巻く日本及び海外の動向をご紹介させて頂きます。
第1話(qNMR 高精度化のはじまり)においてもご紹介させて頂きましたが、精確な内標準法としての qNMR は日本の食品添加物公定書において世界で初めて公定法化されました。食品添加物公定書では、既に 3 種の定量対象標品の純度決定に、日本薬局方では 8 種の定量指標成分標品の純度決定に採用されています。またラウンドロビン試験を含めた検討の結果1)、2018 年 1 月には日本産業規格(JIS)の通則に定量核磁気共鳴分光法通則 (qNMR 通則)として採用されています。なお余談ですが、JIS においては核磁気共鳴分光法(すなわち NMR)の通則は未だ制定されておらず、定量法としての NMR(すなわち qNMR)が先に制定されたことになります。
qNMR を取り巻く動向も日本が最もエキサイティングであることは間違いありません。また日本国内のみならず米国・欧州をはじめとした海外においても、qNMR の標準化・公定法化に関する取り組みが開始されており、後述する「qNMR summit」を中心に活発に検討が進められています。以下 qNMR に関する動向を中心にそのホットな話題をご紹介させて頂きます。
![Fig. 1.「qNMR」を Google Scholar で検索した結果](images/si10996_img01.png)
Fig. 1.「qNMR」を Google Scholar で検索した結果 2)
近年、qNMR に関する論文、学術誌、出版物などの数が増加しています。Google 社が提供する Google Scholar(グーグル・スカラー)を使って「qNMR」の語句で検索し、年ごとの論文などの数の変化を調査したところ、2005 年頃を境に急激にその数が増加し、その注目度が高まっていることが分かります2)。
また、qNMR の普及や標準化を目的としたコミュニティーが世界各国で設立され活発な活動が行われ始めています。
日本では、2012 年に日本の国家計量機関(National Metrology Institute, NMI)である産業技術総合研究所計量総合標準センター(National Metrology Institute of Japan, NMIJ)(昔の工業技術院計量研究所が母体となっています)が定量 NMR クラブを発足し、NMR を利用した有機化合物の定量分析を汎用的かつ信頼性の高い技術として普及させることを目的に活動を行っています3)。例年 12 月に多くの一般参加者を含めた会合を開催し qNMR に関連する講演が行われ、日本におけるqNMR の普及を積極的に推進しています。
一方、米国においては、これまでNMR 関連学会と言えばアカデミックな ENC(Experimental Nuclear Magnetic Resonance Conference)が思い浮かべられましたが(参加者はほぼ大学関係者で占められています)、ここ数年これまでのNMR 関連学会とは一線を画す新たな学会 PANIC(Practical Applications of NMR in Industry Conference)が開催され話題を集めています。本学会は、その学会名からも分かるように産業界の研究員を中心に実用的な NMR 関連の講演が行われ、例年、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration ; FDA)、米国標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology, NIST)などの国立機関やデュポン、ファイザー、バクスターなどの民間企業から参加があります。また qNMR 関連の発表が多い学会としても知られており、筆者がはじめて参加した 2015 年の PANIC では、発表の 4 割以上が qNMR に関連した発表であったことから大きな衝撃を受けたことを覚えています。
![Fig. 2.NMR Validation Wiki page ウェブサイト](images/si10996_img02.png)
Fig. 2.NMR Validation Wiki page ウェブサイト 4)
2017 年には当社と日本電子(株)が共同で qNMR ランチョンセミナーを開催し 200 名を超える参加者が集まりました。なお学会に付随する形で NMR Validation Workshop も合わせて開催されており、NMR 技術全体の標準化の検討が進められています。この Workshop の参加者が中心となって、NMR に関する Wiki page のウェブサイト作成が検討されており、米国のみならず国際的な NMR 技術の標準化への寄与が期待されています。
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Fig. 3.Guide to NMR Method Development and Validation 表紙 5)
欧州においても、qNMR の普及・発展を目的とした活動は開始されており、欧州試験所協力機構(EUROLAB)が、qNMR を含めた NMR のバリデーションガイドライン(Guide to NMR Method Development and Validation)をウェブサイトで公開しています。EUROLAB は、欧州における試験所と校正機関の任意協力機構であり、オブザーバーなどのメンバーを含め 34 の公的及び民間試験所・校正機関から構成されています。
EUROLAB が公開するバリデーションガイドラインは、現在Part 1(2014, Identification and Quantification)とPart 2 (2016, Multivariate Data Analysis)が公開されており、Part 1 において qNMR に関するガイドラインが紹介されています5)。その内容は基本的なものでありますが、qNMR を行う上で重要な情報が得られることから、欧州のみならず世界各国で活用されています。とりわけデータ解析時のベースラインコレクションについて注意を払う必要がある旨の記載は筆者も同感であり、qNMR 測定を行う上で参考にさせて頂いています。みなさまもぜひ一読し SOP などの作成にご活用頂ければと思います。
また昨今では qNMR に特化した国際会議である qNMR summit が世界各国で開催されています。qNMR summit は NMR による定量分析技術の向上と幅広い分野への応用を目指し設立されました。2016 年 10 月に米国薬局方(United States Pharmacopeia, USP)(ロックビル市)で第 1 回、2017 年3 月にドイツの NMI であるドイツ連邦材料試験研究所(Federal Institute for Materials Research and Testing, BAM)(ベルリン市)で第 2 回が開催され、第 3 回は 2018 年 1 月に東京で「qNMR summit 2018 in Tokyo」として開催されました。
「qNMR summit 2018 in Tokyo」は、経済産業省「平成 29 年度 戦略的国際標準化加速事業 (政府戦略分野に係る国際標準開発活動)」制度支援のもと、qNMR 法の国際標準化(ISO)の取り組みの一環として開催されました。ISO 化の状況報告、世界の NMR 規格を知るための国際フォーラム、医薬品分野の qNMR の規格、活用事例をテーマにしたシンポジウム、さらには USP 主催の「USP qNMR Symposium」が開催され、国立医薬品食品衛生研究所、イリノイ大学シカゴ校、USP、欧州薬局方を管理する EDQM(European Directorate for the Quality of Medicines)、国際度量衡局(Bureau international des poids et mesures, BIPM)をはじめ国内外の専門家の方々が講演し活発な質疑応答が行われました。qNMR summit は、2018 年 10 月にドイツ・ヴュルツブルク市で第 4 回が開催されることが決定しており6)、今後も qNMR の発展や普及に寄与することが期待されています。
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Fig. 4.qNMR summit 2018 Würzburg, Germany 案内 6)
qNMR は、Forensic science(犯罪捜査学)を担当する警察関係の研究機関にも広がりを見せています。その理由のひとつに危険ドラッグの台頭があります。危険ドラッグの多くはカンナビノイド(大麻草)の分子構造の一部を人工的に改変した合成カンナビノイド類です。通常、これら合成カンナビノイド類の精確な分析は、標準品を立ててこれを基準に分析しますが、次々に現れるこれら危険ドラッグに対応する標準品の整備が追い付いていないのが現状です。
これを打破する技術として、彼らはqNMR に着目し定量分析への適用を開始しています。すなわち qNMR は分析対象化合物と同じ種類の化合物を標準品とせずに(まったく違った構造の化合物を基準に)、絶対定量することが可能な手法ですので、実際に、米国麻薬取締局(Drug Enforcement Administration, DEA)、ドイツ連邦刑事庁(Bundeskriminalamt, BKA)、スウェーデン国立科学鑑定センター(Swedish National Forensic Centre, NFC)などの機関から、qNMR の危険ドラッグ分析への適用が報告されており、今後も犯罪捜査学へ一層活用されることが予想されます。
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Fig. 5.BIPM が提供する qNMR Internal Standard Reference Data (ISRD)Maleic Acid表紙 7)
qNMR の普及・発展を目的とした活動は BIPM と産業技術総合研究所の共同研究においても推進されています。BIPM は 1875 年にメートル条約のもとにパリに設立され、計量標準の国際的同等性の確保とその推進をミッションとする政府間組織です。BIPM と日本の国家計量機関の機能を有する産業技術総合研究所は、2014 年より革新的トレーサビリティ体系の普及・発展を目指す目的から、qNMR に関する共同研究を行っており、その研究成果は、その目的の達成のため、qNMR Internal Standard Reference Data(ISRD)としてBIPM のウェブサイトで一般公開されています7)。 ISRD においては、qNMR 内標法に用いる内部基準物質に関する有益な情報が無償で得られます。また ISRD の最大の特徴としては、論文などと違いあらたな情報が継続的にアップデートされることにあります。今後も複数の化合物について ISRD が提供される予定になっており、qNMR の普及・発展が増々加速することが予想されます。
最後に、日本においては、測定条件など qNMR の手法に関して概ねコンセンサスが得られ始めており、あらたな公定法案の策定など次の段階へと進みつつあります。当社を含め約 10 年前から始まった qNMR に対する取り組みですが、最初は全く訳が分からず混沌とした状況にあったことが思い浮かべられます。その 10 年前の状況は今の米国や欧州に当てはまり、まさに米国や欧州の現況は筆者の所感として混沌としていますが、qNMR の国際標準化や世界各国の公定法への適用と相まって今後 5 年~10 年程度で概ね日本を含め国際的なコンセンサスが得られるのではないかと期待しています。
qNMR は効率的に信頼性の高い定量値が得られる手法でありますが、測定系によっては条件設定が適切に行われず誤った結果を導く可能性もあり、我々は、それを周知した上でその利点を有効に活用する必要があります。qNMR が今後も計量標準分野、製薬分野、工業化学分野などへ広がり、分析値の信頼性担保に継続的に寄与することを望んで結びの言葉とさせて頂きます。
参考文献
- Miura, T., Sugimoto, N., Watanabe, R., Suematsu, T., Takayanagi, Y., Ito, Y., Saito, N., Sawa, R., Kato, T., Fujimine, Y., Koike, R., Ohfuku, Y., Yamada, Y., Utsumi, H. and Suzuki, T. : YAKUGAKU ZASSHI , 137(12), 1543-1553(2017).
- Inspired by Dr. Naoki Sugimoto at National Institute of Health and Science.
- NMIJ qNMR club website. https://www.nmij.jp/~nmijclub/qNMR/qNMR.html
- NMR Validation website, Acknowledgement to: Dr. Kimberly Colson at Bruker Biospin. http://www.validnmr.com/
- EUROLAB website, Acknowledgement to: Torsten Shoenberger at BKA. http://www.eurolab.org/publications.aspx?FileTypeId=7
- qNMR summit 2018 Würzburg, Germany website, Acknowledgement to: Dr. Bernd Diehl at Spectral service. https://www.uni-wuerzburg.de/index.php?id=203750
- BIPM qNMR Internal Standard Reference Data (ISRD) website, Acknowledgement to: Drs. Robert I. WIELGOSZ and Steven Westwood at BIPM. https://www.bipm.org/en/bipm/chemistry/organic-analysis/qnmr/