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【連載】The Gateway to qNMR ~定量NMRへの扉~ 「第 3 話 測定例のご紹介」

本記事は、和光純薬時報 Vol.86 No.1(2018年1月号)において、和光純薬工業株式会社 試薬化成品研究所 三浦 亨が執筆したものです。

本シリーズも今回で無事に第3話を迎えることができました。第1話では「qNMR 高精度化のはじまり」を、第2話では「qNMR で精確な測定をするために」をご紹介しましたが、今回は、日本薬局方に収載されている生薬「ペオノール、定量用」のqNMR 純度規定(Fig. 1)に従った実際の測定例をご紹介させて頂きます。

なお、日本薬局方では、分子量 300 程度の測定対象化合物の場合、使用機器間誤差を含めて通常の実験室レベルで、有効数字 2 桁を保証しながら値付けが可能な(すなわち、98% なのか 99% なのかを区別可能な)qNMR での試験条件が設定されています。ペオノールに限らず他の化合物についても日本薬局方生薬等におけるqNMR 純度規定は、「ピークの単一性」と「定量法」の二本立てになっています。

ここでいう「定量法」はqNMR での純度測定を指しています。では「ピークの単一性」とは何を指しているのでしょう か?これは、NMR 測定とは関係なく、本品をクロマトグラフで測定した際に、ペオノールのピークに不純物ピークが重複していないこと(すなわちピークが単一であること)を確認する試験を指しています。

qNMR が、日本薬局方に適用された背景は、クロマトグラフで使用する標品の純度を qNMR で値付けすることによって、この標品を使ったクロマトグラフでの分析値の信頼性を担保することにあります。これは qNMR に用いる内部基準物質として、国際単位系(International System of Units;SI、この場合は物質量(モル)を指します)トレーサビリティが確保された認証標準物質(Certified Reference Material;CRM)を使用することで、qNMR で測定した純度値を SI トレーサブルな絶対純度として国際単位系へ紐付けする形で達成することができます。

そもそもクロマトグラムにおいて標品ピークに不純物のピークが重複していては、せっかく qNMR で純度を値付けしても正確さを担保することができませんが「ピークの単一性」は、これを回避する目的で設定されています。「ピークの単一性」の詳細なご紹介については、また別の機会に譲ることとして、ここから「定量法」について詳しくご紹介したいと思います。

Fig. 1 に示した定量法本文の序盤には、qNMR での試料調製が記載されています。

Fig. 1. 日本薬局方ペオノール、定量用の qNMR 純度規定(クリックで拡大)

Fig. 1. 日本薬局方ペオノール、定量用の qNMR 純度規定

   出展:「第十七改正日本薬局方」(厚生労働省)(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000066530.html

その中では、本品 5mg と核磁気共鳴スペクトル測定用 1,4-BTMSB-d4 (内部基準物質)1mg をウルトラミクロ化学はかりを使って秤量する旨が規定されています。なお、ウルトラミクロ化学はかりとは、最小読み取り値が 0.1µg の天秤(天秤業界用語ではウルトラミクロ天秤といいます)のことを指します。

このウルトラミクロ化学はかりを使って秤量操作を行うのですが、これが非常にやっかいです。そもそも、ウルトラミクロ化学はかりの皿は非常に小さいので、バイアルなどの容器も小さいものしか載りません。そして、この小さいバイアルを秤量皿の上に載せ風袋引きを行い、そのバイアルの中に薬匙を使って本品 5mg と内部基準物質 1mg をバイアルの縁に付着せずに巧く入れることは非常に難しく、場合によっては、バイアルの外に本品や内部基準物質をこぼすことがあります。

これに気付かずに測定した結果、大きな誤差を生じる可能性があります。そのため、ウルトラミクロ化学はかりを使った場合によく利用される精確な秤量を行う手法として、アルミ製の秤量皿などの風袋を利用する方法があります。この流れを Fig. 2 に示しましたが、この手法を使うことで本品や内部基準物質がバイアルの縁に付着することや、天秤の皿にこぼれることもなく、巧くバイアルの中に入れることが可能です。

Fig. 2. 試料調製のフロー
Fig. 2. 試料調製のフロー

次に、秤量した本品及び内部基準物質が入ったバイアルに重水素化メタノールを 1mL 添加して試料溶液を調製します。この調製した試料溶液を NMR 試料管へ分注し(分注量は、装置メーカーが推奨する量にして下さい)、これを Fig. 1 の「定量法」本文中盤に規定された「試験条件」に従って 1H NMR 測定に供します。

得られた 1H NMR スペクトルについて、Fig. 1 の「定量法」本文の記載に従って、内部基準物質のシグナルを 0ppm にレファレンス設定し、δ 6.17 〜 6.25ppm 付近のシグナルの面積強度 A1 と δ 7.54ppm 付近のシグナルの面積強度 A2 を算出します(Fig. 3 に示した 1H NMR スペクトル参照)。

なお、この際に、シグナルの面積強度 A1 及び A2 については、Fig. 1 の「定量法」に記載の計算式(ペオノール(C9H10O3)の量(%))の記号 I の説明にあるように、内部基準物質(核磁気共鳴スペクトル測定用 1,4-BTMSB-d4)のシグナルの面積強度を 18.000 に設定したときの規格化した値を算出します。

あとは、得られた値(採取量、面積強度及び内部基準物質の純度)を計算式に代入することで簡単に qNMR での純度を算出することができます。

Fig. 3. ペオノール、定量用の1H NMR スペクトル
Fig. 3. ペオノール、定量用の 1H NMR スペクトル

Fig. 3 のスペクトルを使った実際の計算例を以下に示します。

ペオノール(C9H10O3)の量(%)= MI × P /(M × N )×0.7336
=0.9332×20.687×99.8/(4.7365×3)×0.7336
=99.5%

M:本品の採取量(mg) 4.7365
Ms:核磁気共鳴スペクトル測定用 1,4-BTMSB-d4 採取量(mg) 0.9332
I: 核磁気共鳴スペクトル測定用 1,4-BTMSB-d4 のシグナルの面積強度を 18.000 としたときの各シグナルの面積強度 A1 及び A2 の和 13.796 + 6.891 = 20.687
N:A1 及び A2 に由来する各シグナルの水素数の和 3
P:核磁気共鳴スペクトル測定用 1,4-BTMSB-d4 の純度(%) 99.8

この計算例では、ペオノールの絶対純度は 99.5% と計算されました。なお、計算式中の係数 0.7336 は、ペオノールの分子量 166.17 を内部基準物質 1,4-BTMSB-d4 の分子量 226.50 で除した値です。

実際の定量操作に加えて、日本薬局方の qNMR 純度規定には、システム適合性試験(System Suitability Test;SST)が規定されています。システム適合性試験についても、実際の試験例をご紹介します。システム適合性試験に供する試料は、Fig. 1 の定量法本文と同じ組成のものを使用します。この使用溶液について、「検出の確認」、「システムの性能」及び「システムの再現性」を行います。

a.検出の確認

検出の確認では、ターゲットシグナルの S/N 比が規定された値(100)以上であることを確認します。S/N 比の計算ですが、市販の NMR 解析ソフトウェアで簡単に行うことが可能です。今回は、日本電子株式会社から提供されている Delta v5.0.4.2 を使用して Root Mean Square 法(RMS 法)で検出の確認を行った結果を Fig. 4 に示しました。

ペオノールのターゲットシグナルの S/N 比は 700 以上となり、本測定系において良好な感度を得られていることが確認できます。なお検出の確認をする際の注意点として、窓関数処理があげられます。窓関数処理をすることによって、S/N 比が実際よりも高く評価される場合があります。

NMR 解析ソフトウェアによっては、デフォルトで窓関数処理が設定されている場合があるので注意が必要です。また qNMR での解析全般に言えることですが、窓関数処理の種類によっては、正確な面積強度比を得られない場合があるので、原則として窓関数処理をしないことをお勧めします。

Fig. 4. 検出の確認
b.システムの性能

次にシステムの性能についてご紹介します。システムの性能では、ペオノールのターゲットシグナルに混在物のシグナルが重なっていないことを目視で確認することと、ペオノールの各シグナル間の面積強度比が 0.99 〜 1.01 の範囲内であることを確認します。

実際の試験結果を Fig. 5 及び Table 1 に示しました。

Fig. 5.システムの性能(混在物の確認)
Table 1. システムの性能(面積強度比の確認)
面積強度 A1 12.108
面積強度 A2 6.067
面積強度比(A1/2/A2) 1.00

Fig. 5 の1H NMR スペクトルから、ペオノールのターゲットシグナルに混在物のシグナルが重なっていないことが確認できます。また Table 1 に示したように面積強度比は 1.00 の結果となり、正確な面積強度が得られていることが確認できます。

c.システムの再現性

最後にシステムの再現性についてご紹介します。システムの再現性では、本試料溶液について「試験条件」で 6 回繰り返し測定したときの、面積強度 A1 または A2 の内部基準物質の面積強度に対する比の相対標準偏差が 1.0% 以下であることを確認します。

Table 2 に面積強度 A1 を用いた場合のシステムの再現性の結果を示しました。この結果から、本測定系が非常に高精度であることが確認できます。

Table 2.システムの再現性
Run1 Run2 Run3 Run4 Run5 Run6 平均値 相対標準偏差(%)
内部基準物質の面積強度 18.000 18.000 18.000 18.000 18.000 18.000
A1 の面積強度 12.108 12.114 12.123 12.119 12.121 12.120
面積強度比
(内部基物質/A1)
1.487 1.486 1.485 1.485 1.485 1.485 1.485 0.046

日本薬局方では、生薬等の分野に限ってですが、これまで 8 化合物について qNMR を使った純度測定が規定されています。みなさまにも、これらの qNMR 純度規定をぜひ参考にして頂き、qNMR での試験条件設定にお役立て頂ければと思います。

最終回である次回は、国内及び海外の動向を中心にお話ししたいと思います。

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