【連載】Talking of LAL「第42話 エンドトキシンの糖鎖」
本記事は、和光純薬時報 Vol.69 No.1(2001年1月号)において、和光純薬工業 土谷 正和が執筆したものです。
第42話 エンドトキシンの糖鎖
エンドトキシン、すなわちリポ多糖(LPS)は、リピド Aと呼ばれる脂質部分と、コア糖鎖・O 抗原多糖からなる糖鎖部分で構成されています。リムルス試験に関わる方々は、リムルス試薬の活性化をはじめとしたエンドトキシンの生物活性の多くを担うリピド A に興味を持たれることが多いと思います。
エンドトキシンの糖鎖の部分については、いかがでしょう。著者自身もどちらかというとリピド A の方に興味を持ってきました。実際 Talking of LAL でも、第 26 話で O 抗原多糖を取り上げた以外は、エンドトキシンの糖鎖にあまり触れていません。
今回は、エンドトキシンの糖鎖部分について、少し考えてみたいと思います。
大腸菌の中にも、丸くなめらかなコロニーを形成する菌株と周辺がギザギザのコロニーを形成する菌株が認められます。これらは S 型菌、R 型菌と呼ばれており、O 抗原多糖を持った菌株は S 型、O 抗原多糖を欠いた菌株は R 型を示すと言われています。R 型菌の LPS は糖鎖が短いため、疎水性が高くなり精製方法や物理化学的な性質が S 型菌の LPSと異なることが知られています1)。
コア糖鎖の部分は、比較的菌種間で共通の構造が認められる部分です。特に腸内細菌では共通部分がよく保存されており、サルモネラではすべての血清型のコア糖鎖は同一だそうです2)。しかし、種々の細菌のコア糖鎖を比較すると多くのバリエーションが認められます。
例えば、コア糖鎖に特徴の一つと考えられる Kdo(3-deoxy-Dmanno-2-octulosonic acid)が Vibrio 属ではりん酸化されていたり、Acinetobacter calcoaceticus で Kdo の代わりに KO(D-glycero-D-talo-2-octulosonic acid)が見つかったりしています。このような違いは、LPS の分解性などに影響を及ぼすことがわかっています3)。
細菌の糖鎖の中には、病原性に強く関わっているものがあります。
Neisseria gonorrhoeae(淋菌)や N. meningitis(髄膜炎菌)は O 抗原を持たない R 型菌です。これらの菌のコア糖鎖は、ヒト赤血球上の糖脂質と同一の構造を持っており、菌が宿主から異物としての認識を受けないようにする働きがあります2)。
同様の糖鎖が Haemophilus influenzae(インフルエンザ菌)でも認められています。これらの菌は、宿主の抗原と同じ抗原を持つという戦略で、細胞内寄生を可能にしていると考えられます。
神経や筋肉の麻痺を引き起こすギラン・バレー症候群やフィッシャー症候群も、Campyrobacter jejuni のコア糖鎖が深く関わっている病気です 4)。この菌の中には、動物神経細胞のガングリオシドと同じ構造を持つものがあります。
「そのような菌が感染することによって、宿主の生体防御系が抗ガングリオシド抗体を作ってしまい、感染菌のみならず宿主自身の神経細胞にも傷害を与えてしまう」というシナリオは、単純ながらなかなか恐ろしいと思うのですがいかがでしょう。
エンドトキシンの活性を考えるとき、発熱性やサイトカインの誘導といった華々しい生物活性を担うリピド Aと共に、抗原性などで動物に大きな影響を与えている糖鎖部分の作用も重要と考えられます。糖鎖部分の難しさは、リピド A のように種々の菌で(強さに違いはあるものの)同様の生物活性を持っているのではなく、個々の菌で作用が異なる点ではないでしょうか。
分析技術の進歩によって、菌株ごとの LPS の構造がどんどん明らかになってくるものと思われます。今後、私たちは「エンドトキシン」の個性にも目を向ける必要があるのかもしれません。
参考文献
- Galanos, C. and Luderitz, O. :"Handbook of Endotoxin, vol.1 : Chemistry of Endotoxin"ed. by Rietchel, E.T., Elsevier, Amsterdam, p.46 (1984).
- 川原一芳,一色恭徳:日細菌誌,50,451(1995).
- 中野昌康,小玉正智編:「エンドトキシン」,p.15,(講談社サイエンティフィク)(1995).
- 結城伸泰:日細菌誌,50,991 (1995).