【連載】Talking of LAL「第26話 O 抗原多糖」
本記事は、和光純薬時報 Vol.65 No.1(1997年1月号)において、和光純薬工業 土谷 正和が執筆したものです。
第26話 O 抗原多糖
前回の話題は、細菌の細胞壁の内側に存在するペプチドグリカンでした。今回は、細胞壁の外側に位置するエンドトキシンの O 抗原多糖についてお話したいと思います。
今年の日本列島では、病原性大腸菌 O157 が猛威をふるいました。この O(オー)の 157 という記号が何を表しているかをご存じでしょうか。この O157 こそ、まさに今回の話題である O 抗原多糖の種類を表しているのです。
O 抗原多糖は、エンドトキシンの一部で、3 ないし 4 個(最大 7 個)の糖の繰り返し構造を持っています。発熱性やリムルス試薬の活性化などの活性はリピド A の部分が担っていますが、O 抗原多糖はバクテリオファージのレセプターとなったり、強い抗原性を発揮します。
LPS の血清学的特異性はいわゆる O ファクターによって決定されます。例えば、Salmonella abortus equi の LPS には、O ファクター 4 と O ファクター 12 が含まれていますが、それぞれアベコース(abequose)、D-グルコース-α-(1→4)-Dガラクトースがエピトープであることがわかっています。
また、S.typhi の LPS に含まれる O ファクター 9 は、チベロース(tyvelose)と決定されています。アベコースやチベロースは細菌に特有の 3,6-ジデオキシヘキソースです。このような小さな構造の変化は、細菌の免疫学的特性を変えるだけでなく、そのビルレンスにも影響すると言われています。
ただし、O 抗原として分類されているすべてのエピトープが解っているわけではないようで、今後の研究が期待されます。細菌の抗原性の分類としては、この O 抗原をはじめ、鞭毛が持つ H 抗原、莢膜が持つ K 抗原によるものがあります。今年猛威をふるった病原性大腸菌についている O157 という番号は、O 抗原で分類された 157 番目の抗原性を持っていることを表しているのです。
この大腸菌が産生するベロ毒素はファージがその遺伝子を持っており、そのレセプターとして O 抗原が重要な働きをしている可能性があります。余談ですが、ベロ毒素を産生する大腸菌は O157 以外にも O111 や O26 などがあり、これらの O 抗原多糖の構造の違いに興味が持たれます。
O 抗原多糖は、コア部分を介してリピド A に結合しています。コア部分は、ガラクトースの他、ヘプトース、KDO(2-keto-3-deoxyocturonic acid)といった特殊な糖を含んでいます。
グラム陰性菌の変異株として R 型があります。通常の S 型がスムースな輪郭のコロニーを作るのに対して、R 型ではぎざぎざの(ラフな)輪郭のコロニーを作ります。この違いも、O 抗原多糖の有無によって起こります。すなわち、R 型変異株は O 抗原多糖欠損株なのです。S 型 LPS が水になじみやすく、R 型 LPS が水になじみにくいのも、親水性の O 抗原多糖の有無によるところが多いと言えます。
エンドトキシンの多くの生物活性はリピド A の部分が担っています。また、O 抗原多糖も LPS の物理学的・免疫学的性質に大きな影響を与えていると思われます。リムルス試験に関わると、その活性の面からリピド A ばかりに注目しがちですが、O 抗原多糖の関与についても考えていく必要があるのかもしれません。
参考文献
- 河西信彦, 入江昌親, 上野芳夫編:「最新微生物学」, p 27-28, 東京 (1977).
- 岩永貞昭, 丹羽允, 吉田昌男編:「内毒素-その構造と活性-」, p-62-86, (医歯薬出版), 東京 (1983).