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【テクニカルレポート】最近のミクログリア研究の動向と新しい標識 Iba1 抗体

本記事は、和光純薬時報 Vol.84 No.3(2016年7月号)において、国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 微細構造研究部 佐栁 友規 様に執筆いただいたものです。

はじめに

中枢神経系は神経細胞とグリア系細胞から構成される。グリア系細胞は、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアに大別され、なかでもミクログリアは脳内免疫担当細胞として脳病態・損傷時における神経障害をいち早く感知して活性化される。活性化に伴いミクログリアはその数や形態を大きく変化させ、障害部位への遊走、死細胞の貪食、炎症性サイトカインなどの産生増加など様々な機能を発揮することから、種々の中枢神経系疾患への関与が示唆されている。

ミクログリアは活性化されたときの形態や機能の変化が顕著であるため病態脳・損傷脳における役割が注目されてきたが、近年の in vivo イメージング技術の進展により正常脳における役割も明らかになりつつある。ミクログリアが細く分岐した突起を頻繁に動かしている様子や、ニューロンのシナプスに触れる様子が観察され、静止型ミクログリアも脳内で活発に活動することが報告された 1, 2)

大脳皮質の発達過程では、シナプスの過剰な形成とその後の除去によりシナプス数が適切に維持されているが、ミクログリアによるシナプスへの接触は、シナプスの形成と除去のどちらにも関与する可能性が報告されている 3, 4)

本稿では、ミクログリアの役割について近年注目されている精神疾患への関与に焦点をあてて述べる。また、ミクログリアのマーカー分子である Iba1 抗体を用いた免疫組織染色例を紹介する。

ミクログリアと精神疾患

近年、精神疾患患者の急速な増加が報告されている。これらの疾患患者は社会生活が困難になる場合が多く、病態解明と早期診断・治療法の開発が急がれている。自閉症スペクトラム障害(ASD)を含む発達障害や統合失調症は、脳発達過程における神経回路形成の異常や神経機能維持機構の破綻がその病因の一つであると考えられている。

ヒトを含む霊長類では、新生児期からシナプス数が急速に増大し小児期にピークに達する。この過剰に作られたシナプスは、青年期を経て成人となる過程で"刈り込み"により減少し、成熟脳へと発達する。自閉症ではシナプス形成に比べて刈り込みが少なく、一方、統合失調症では刈り込み過剰が報告されており、生後発達過程におけるシナプス数変動パターンの異常がその病態発現に関与することが示唆されている。

jiho_84-3-Iba1_01.png自閉症や統合失調症患者の脳内でミクログリアの増加や炎症関連遺伝子の発現増加が報告された(図 1)5-8)。ミクログリアの活性化を抑制するミノサイクリン投与により患者の症状が改善されることが報告されていることからも 9, 10)、これらの疾患の病態発現にミクログリアを介した神経回路形成及び機能維持機構の異常が関与している可能性が考えられる。

我々の研究グループでは、コモンマーモセットという小型霊長類に注目し研究を行っている。マーモセットは家族で生活し、育児の分担、社会的行動、コミュニケーションなどの様々な行動を観察することができるため、ヒトの社会的脳機能の理解のために有用な実験動物であると考えられる。また薬物代謝経路、生理学的・解剖学的特徴、発現遺伝子などがヒトと類似しており、さらに大脳皮質発達過程におけるシナプス数変動パターンがヒトと類似していることからも 11)、霊長類の機能的神経回路形成を理解するために有用な実験動物であると考えられる。

我々はマーモセットの胎生期にバルプロ酸を暴露することで、自閉症様モデルマーモセットを作製した 12, 13)。このモデルマーモセットを用いて自閉症病態におけるミクログリアの役割を理解することは、将来的に自閉症を含めた精神疾患の病態理解・治療法開発につながるものと期待している。

Iba1抗体を用いた免疫組織染色 ~齧歯類から霊長類まで~

Iba1(Ionized calcium binding adapter molecule 1)は、中枢神経系ではミクログリアに特異的に発現する約 17kDa のカルシウム結合タンパク質である 14)。抗 Iba1 抗体はミクログリアマーカーとして汎用されているが、最近この Iba1 抗体にビオチンあるいは赤色蛍光色素を標識した商品が発売された。

我々はマウス及びラットの脳切片を用いて、ビオチン標識及び赤色蛍光標識の抗 Iba1 抗体による免疫組織染色を行った(図 2)。その結果、いずれの標識抗体でもミクログリアがその細い突起まで染色されることが確認できた。また、ビオチン標識抗体はマーモセット脳切片にも使用可能であることが分かった。いずれの動物種の脳切片でも二次抗体使用時より非特異的染色性が低く、従来の二次抗体を使用した場合に比べ染色時間や手順も少なくなることから、使用用途の拡大が期待される。

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おわりに

ミクログリアは活性化状態における役割が注目されてきたが、近年の画像解析技術の進展により正常脳でも脳機能の維持や調節に積極的に関与するという知見が集まりつつある。本稿で紹介した新しい標識 Iba1 抗体は、ミクログリア研究の幅を広げることに寄与するだろう。ミクログリアはまだ多くの可能性を秘めた細胞であり、今後さらに新しい機能や役割が明らかになることが期待される。

謝辞

本稿で紹介した研究は、真鍋朋子さんのご協力により遂行されたものであり、深く感謝いたします。

参考文献

  1. Nimmerjahn, A., Kirchhoff, F. and Helmchen, F. : Science, 308, 1314 (2005).
  2. Wake, H. et al. : J. Neurosci., 29, 3974 (2009).
  3. Schafer, D. P. et al. : Neuron, 74, 691 (2012).
  4. Parkhurst, C. N. et al. : Cell, 155, 1596 (2013).
  5. Vargas, D. L. et al. : Ann. Neurol., 57, 67(2005).
  6. van Berckel, B. N. et al. : Biol. Psychiatry, 64, 820 (2008).
  7. Fineberg, A. M. and Ellman, L. M. : Biol. Psychiatry, 73, 951 (2013).
  8. Suzuki, K. et al. : JAMA Psychiatry, 70, 49 (2013).
  9. Chaves, C. et al. : Prog. Neuropsychopharmacol. Biol. Psychiatry, 34, 550 (2010).
  10. Siller, S. S. and Broadie, K. : Neural Plast., 2012, 124548 Epub (2012).
  11. Ichinohe, N. : Neurosci. Res., 93, 176 (2015).
  12. Kawai, N. et al. : Biol. Lett., 10, 20140058 (2014).
  13. Yasue, M. et al. : Behav. Brain Res., 292, 323 (2015).
  14. Imai, Y. et al. : Biochem. Biophys. Res. Commun., 224, 855 (1996).

キーワード

コモンマーモセット

学名 Callithrix jacchus。体長 20-30 cmの小型霊長類。霊長類の中でも繁殖効率が高く、生後18ヶ月ほどで性成熟し、妊娠期間は約150日、出産は年2回である。1産2仔が多いが、飼育環境下では3仔や4仔の場合もある。2009 年には霊長類で初めて遺伝子改変モデルマーモセットの作出に成功し、その後も種々の疾患モデルマーモセットの作製が活発に行われている。

シナプス

神経細胞間に形成される接合部位の構造。シグナル伝達などの神経活動に関与し、シナプスを介してニューロンが神経回路を形成することが正常な高次脳機能の発現に必要である。


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