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【テクニカルレポート】蛍光標識未分化マーカーレクチン rBC2LCN【AiLecS1】~未分化ヒト万能性幹細胞を生きたまま検出する~

本記事は、和光純薬時報 Vol.83 No.2(2015年4月号)において、和光純薬工業 ライフサイエンス研究所 新井 華子が執筆したものです。

はじめに

近年、幹細胞研究分野は目覚ましい発展を遂げ、ヒト万能性幹細胞(ES 細胞及び iPS 細胞)を用いた再生医療に大きな期待がよせられている。iPS 細胞をさまざまな細胞に分化させ、治療や創薬に用いる研究が世界中で進められている。わが国では昨年、世界で初めて iPS 細胞を使用した臨床研究が行われ、iPS 細胞を利用した再生医療が実現に向けて大きく動き出した。iPS 細胞を利用した再生医療を一般に広めるためには、iPS 細胞の未分化状態を維持し、安定して培養を行い、目的の細胞に確実に分化させ移植する必要がある。また、移植細胞の中に腫瘍化の可能性のある未分化な iPS 細胞が残存しないことが重要とされている。そのため、未分化な iPS 細胞を高感度で検出できるマーカーが望まれていた。

これまで、iPS 細胞の未分化状態を判別する方法として、未分化マーカーに対する抗体を用いた染色法があったが、細胞を染色するためにiPS 細胞の固定が必要な場合や、生細胞染色ができても感度面で不十分なものが多かった。

今回、当社では、高感度で簡便に未分化なヒト万能性幹細胞を検出する蛍光標識マーカーを上市したため紹介する。

rBC2LCN【AiLecS1】によるライブセルイメージング

rBC2LCN【AiLecS1】は、未分化なヒト万能性幹細胞の細胞膜上糖鎖の1つであるO 型糖鎖H タイプ3(Fucα1-2Galβ1-3GalNAc)に結合するレクチンとして同定されたリコンビナントタンパク質である1, 2, 3)。rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-635、rBC2LCN-547 は、それぞれFITC、Cy5、Cy3 領域蛍光色素で蛍光標識した製品(rBC2LCN-547は近日発売予定)で、細胞毒性をほとんど示さないため、細胞を生きたまま染色できる安全性の高いマーカーである。

また、培養液中に添加するだけで使用できるため非常に簡単で、生きたヒトiPS 細胞の良好な染色像を得ることができる(図1)。これら蛍光標識rBC2LCN による染色は培養液を交換しても数日間持続し、培養液交換のたびに蛍光標識rBC2LCN を添加することにより長期間観察できることから、ヒトiPS 細胞樹立時の観察やヒトES/iPS 細胞の品質管理への利用が期待できる。

図1.rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-635を用いたヒトiPS細胞の生細胞染色
図1.rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-635を用いたヒトiPS細胞の生細胞染色
ヒトiPS細胞(201B7株)の培養液に各蛍光標識rBC2LCNを添加し、2時間後に撮影(使用濃度:1/1,000)

結合性や特異性について従来広く使用されてきたヒトES/iPS 細胞表面マーカーである抗Tra-1-60/81 抗体、抗SSEA-4 抗体と比較したところ同等以上であった(図2)。抗体による染色と比較して蛍光標識 rBC2LCN は、添加後、速やかに細胞と結合することや、培養液に添加し観察を続けることが可能であることから非常に使用しやすい。

図2.rBC2LCN-FITCを用いたヒトiPS細胞の生細胞染色
図2.rBC2LCN-FITCを用いたヒトiPS細胞の生細胞染色
ヒトiPS細胞(201B7株)の培養液にFITCで標識した各抗体及びrBC2LCNを添加し、2時間後に撮影(使用濃度:1/100)

また、固定細胞ではより鮮明な染色画像の取得が可能で、他の抗体との多重染色も可能であった(図3)。

図3.rBC2LCN-FITCを用いた固定ヒトiPS細胞の染色
図3.rBC2LCN-FITCを用いた固定ヒトiPS細胞の染色
4%パラホルムアルデヒドで固定したヒトiPS細胞(201B7株)を抗Oct3/4抗体及びrBC2LCNで染色した(使用濃度:1/1,000)

フローサイトメトリーへの適用

蛍光標識rBC2LCN はフローサイトメトリーへの適用も可能である。蛍光標識rBC2LCN を用いてヒトiPS 細胞及びヒト正常二倍体線維芽細胞を染色し、フローサイトメトリーに供したところ、未分化であるヒトiPS 細胞と分化したヒト二倍体線維芽細胞とを明確に分離可能であった(図4)。この方法を応用して、分化誘導した細胞集団から、残存した未分化細胞を分離できる可能性が示され、今後再生医療分野への応用が期待される。

図4.rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-635を用いたヒトiPS細胞の分離
図4.rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-635を用いたヒトiPS細胞の分離
分散したヒトiPS細胞(201B7株)とヒト二倍体線維芽細胞を各蛍光標識rBC2LCNで染色したフローサイトメトリーに供した(使用濃度:1/1,000)

rBC2LCN の応用

従来、細胞の未分化性のチェックには抗体が使用されているが、抗体で染色した細胞から抗体を剥離することは現実的にはほとんど不可能である。rBC2LCN ストリッピング溶液【AiWashS1】は、rBC2LCN で染色した細胞からrBC2LCN を剥がすことができる試薬である。rBC2LCN で染色したヒトiPS 細胞の培養液を rBC2LCN ストリッピング溶液に置換し 30 分間培養するだけで染色を剥離することができる(図5)。このストリッピング溶液による培養中の細胞への影響はほとんど見られず、染色を剥離後の細胞を、その後の培養や実験に使用することが可能となる。

図5.rBC2LCN-FITCで染色したヒトiPS細胞からrBC2LCNの剥離
図5.rBC2LCN-FITCで染色したヒトiPS細胞からrBC2LCNの剥離
ヒトiPS細胞(201B7株)の培養液にrBC2LCN-FITC(使用濃度:1/100)を添加し30分間染色した後、培養液をrBC2LCNストリッピング溶液に置換し30分後に撮影

従来、染色に使用されてきた抗体と比べ、低分子なレクチンによる未分化細胞の染色手法は、非常に簡便に鮮明な細胞染色を可能とし、さらに剥離することが可能であるため、この領域のさまざまな研究に活用いただきたい。

※ rBC2LCN-FITC、rBC2LCN-635、rBC2LCN-547 はいずれも同様の使用法で細胞を染色でき、rBC2LCNストリッピング溶液を用いて剥離が可能である。

rBC2LCN は国立研究開発法人産業技術総合研究所 創薬基盤研究部門との共同開発品である。

参考文献

  1. Onuma, Y., Tateno, H., Hirabayashi, J., Ito, Y. and Asashima, M. : Biochem. Biophys. Res. Commun., 431(3), 524-529 (2013). DOI: 10.1016/j.bbrc.2013.01.025
  2. Tateno, H., Matsushima, A., Hiemori, K., Onuma, Y., Ito, Y., Hasehira, K., Nishimura, K., Ohtaka, M., Takayasu, S., Nakanishi, M., Ikehara, Y., Nakanishi, M., Ohnuma, K., Chan, T., Toyoda, M., Akutsu, H., Umezawa, A., Asashima, M. and Hirabayashi, J. : Stem Cells Transl. Med., 2(4), 265-273 (2013). DOI: 10.5966/sctm.2012-0154
  3. Tateno, H., Toyota, M., Saito, S., Onuma, Y., Ito, Y., Hiemori, K., Fukumura, M., Matsushima, A., Nakanishi, M., Ohnuma, K., Akutsu, H., Umezawa, A., Horimoto, K., Hirabayashi, J. and Asashima, M. : J. Biol. Chem., 286(23), 20345-53 (2011). DOI: 10.1074/jbc.M111.231274

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