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【テクニカルレポート】オンラインSPE-LC/MSシステムによる水中PFOA、PFOS及びPFHxSの全自動分析法の開発

本記事は、ChemGrowing Vol.28(2024年05月号)において、株式会社アイスティサイエンス 佐々野 僚一様に執筆いただいたものです。

1. はじめに

ペルフルオロオクタン酸(PFOA)、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)はフッ素樹脂の加工助剤、塗料、撥水剤、乳化剤、消火剤、フライパンなど日常生活で広範囲に使用されている。これらの物質(総称"PFAS")は不揮発性で難分解性のため環境に長く残留することによる環境汚染や人体への様々な毒性の懸念が報告されており、各国で急速に規制が強まっている。工場からの排出や消火剤、産廃処理等から土壌、地下水、公共用水、水道水等に汚染が広がっていると考えられ、環境省では人の健康の保護に関する要監視項目の暫定指標値として0.05 ppm以下の低い濃度が設定されている。

そのため、河川水中のPFASの分析方法では試料採取量が多く、固相抽出カラムを用いた分析方法が提案されているが、前処理操作が煩雑で長時間を要している。また、PFASは利便性が良いことから前処理に使用する器具や分析装置の部材などに使用されているため、一連の分析操作時による汚染(コンタミネーション)に注意が必要である。使用する器具類の基本的な注意点は、溶媒や標準液及び試料と接触する工程にテフロン(ポリテトラフルオロエチレン)が使用されている器具を用いないことである。さらに使用器具はメタノールで入念に洗浄し、ブランクの影響を低減した上で使用する必要がある。また、ガラス表面へ PFAS が吸着する可能性も指摘されているため、試料調製時、特に低濃度域での添加回収試験を実施するときにはバイアル等にはポリプロピレン製(PP)を使用することが望ましい。このように、PFAS分析における前処理作業は、煩雑且つ注意が必要で、分析現場の負荷が大きく、作業時間の増大が懸念される。現在国内では分析技術者の人手不足が進んでおり、それに伴い技術の継承も課題となっているため、分析現場の作業負担が大きな問題となっている。
本稿では、自動で固相抽出から測定までを全自動分析が可能なオンラインSPE-LC/MSシステムを使用して、「試料の少量」、「窒素ガスパージ濃縮の省略」、「前処理時間の短縮」かつ「自動化」を目的とした河川水中のPFASの分析法を開発したので紹介する。

2. オンラインSPE-LC/MSシステム

2-1.装置の概要

オンライン用固相抽出装置 SPL-W100(アイスティサイエンス社製、以下SPL-W100)と液体クロマトグラフ-トリプル四重極質量分析計LCMS-8045(島津製作所社製)を組み合わせたオンラインSPE-LC/MSシステムを図1に示す。オンラインSPE-LC/MSシステムは、SPL-W100を用いて試料を固相抽出し、自動でその溶出液をLCに全量注入しLC/MSで測定するシステムである。SPL-W100は前処理部(上部:アーム型ロボット)と送液部(下部:シリンジポンプやバルブ)からなり試料をセットするだけで固相抽出からLCへの試料導入、LC/MS測定までの工程を全て自動で行うことができる。(図2)

図1 オンラインSPE-LC/MSシステム

図2 オンラインSPE-LCの概念図

本システムにおいてオンライン自動化を可能にしているのがオンラインSPE-LC専用固相カートリッジ「Flash-SPE」とその固相からの溶出液をLCへ導入するための混合注入バルブシステム「MiVS(Mixing Injection Valve System)」である(いずれも特許取得)。
オンラインSPE-LC専用固相カートリッジFlash-SPEとその構造を図3に示す。この固相カートリッジは充填量が2~5 mgと非常に少ないコンパクト設計となっており固相から数十μLの溶媒で目的物質を溶出することが可能である。さらに、カートリッジの上下の配管接続部がプレスフィット型になっており、容易に配管との脱着ができる構造になっており、デッドスペースが小さいのも特長である。

図3 Flash-SPE固相カートリッジとその構造

混合注入バルブシステム「MiVS」(図4)は固相からの溶出液をバルブ内で希釈液(水等)と混合しながらサンプルループに溜めて、流路の切り替えにより、溶出液の全量をLCカラムへ導入する。一般的に固相からの溶出液は溶媒比率が高いため、水で希釈して溶媒比率を下げることでLCカラムの先端で目的物質が濃縮されシャープなピーク形状を保つことができる。

図4 混合注入バルブシステム(MiVS)

2-2. 従来法と本法の比較

図5に水中PFAS分析の従来法の例とオンラインSPE-LC/MSシステムによる本法との比較を示す。従来法では、試料1 Lを固相500 mgに負荷し目的物質を保持させて洗浄後、固相を吸引乾燥、メタノール5 mLで溶出したのち、窒素パージなどで濃縮して1 mLに定容し、そのうち1 μLをLC/MSに注入する。それに対し本法では試料1 mLをFlash-SPE C18 5 mgに負荷し目的物質を保持させて洗浄後、メタノール‐水70 μLで溶出し、バルブを切り替えて溶出物を全量LCへ導入している。
従来法は試料1 Lを1 mLまで濃縮しているが、LCへはそのうち1 μLしか注入していないため、実質的には1 Lの1/1000、つまり試料相対量として1 mLをLC/MSで測定していることになる。本法では1 mLの試料を固相に保持し、その全量をLCへ導入しているため、従来法と全く同じ感度を得ることになる。固相からの溶出液を全量LCへ導入することで試料量を1/1000に少量化でき、前処理工程をスケールダウンできた。そして、従来法では120分間かかっていた前処理時間が、本法では12分に短縮され、オンライン専用Flash-SPEと混合注入バルブシステムMiVSにより、前処理から測定までの全自動化を成し遂げた。
溶出液をそのままLCへ全量導入すると、PFOAのピーク形状がブロードになってしまうことが懸念された。そこで、溶出液に水を混合させて、MeOHの濃度比を下げてからLCへ全量導入することできれいなピーク形状を得ることができた。また、従来法と比べて本法は密閉系で、かつ、洗浄器具は無く、試料が通るラインは常に洗浄していることからコンタミネーションのリスクが小さいと考えられる。
本システムではLC/MSで測定している間に次の検体の前処理を併行して行えるため、ほぼLC/MSのサイクルタイムで分析が可能となり、効率的に分析を行うことができる。

図5 従来法と本法の分析法の比較

3. 分析方法

3-1.分析試料

河川水

3-2.標準溶液

富士フイルム和光純薬株式会社製の下記の混合標準液を使用した。
3種有機ふっ素化合物混合標準液 (PFHxS,PFOS,PFOA各2 μg/mL メタノール溶液), コードNo.162-29071。

3-3.試料調製

採取した河川水約500 mLを振とう後、1 mL分取し、ポリプロピレン製のバイアルに入れて、アルミ箔のセプタムでキャップした。それを本システムにセットした。

3-4. 前処理条件

オンラインSPE-LC前処理装置SPL-W100の前処理フローを図6に示す。固相カラムは疎水性のシリカゲル系C18を充填したオンライン専用カートリッジFlash-SPE C18(5 mg)を使用した。
自動前処理ではバイアル中の試料1 mLを分取し、予めコンディショニングした固相に流速5 μL/secで負荷して、目的物質を固相に保持させた。そのままメタノール-水(1/9)250 μLで洗浄して、固相を溶出配管へ接続し、メタノール-水(95/5) 70 μLで流速2 μL/secにて目的物質を溶出しながら、同時に水70 μLを流速2 μL/secでその溶出液に混合しながら溶出ループに溜めた。バルブを60秒間切り替えて、サンプルループ中の目的物質を移動相で全量をLCへ導入した。

図6 前処理フロー

3-5. 測定条件

LC-MSの測定条件を表1に示す。
迅速な分析を目的として、LCカラムはInertsil ODS-3 3 μm, 2.1 mmID×75 mm を使用した。

表1 LC/MS条件

【LC条件】
分析カラム Inertsil ODS-3, 3 μm, 2.1 mmID×75 mm
移動相 A液: 2 mM 酢酸アンモニウム水溶液
B液: 2 mM 酢酸アンモニウムMeOH/アセトニトリル(1/1)溶液
流速 0.3 mL/min
クラジエント B.Conc. 40%(0-1 min)→100%(7-9 min)
カラム温度 40℃
【MS条件】
イオン化モード ESI Negative
NRM PFOA 412.9>169, 412.9>368.9
PFOS 499>79.8, 499>98.9
PFHxS 399>79.8, 399>98.9

4. 実験結果

4-1 検量線について

超純水に混合標準液を添加し、試料中濃度が0.5, 1, 2, 5, 10 pptになるように調製した試料を本システムで測定し作成した検量線を図7に示した。それぞれの相関係数は PFOA: 0.9998, PFOS: 0.9998, PFHxS: 0.9996と良好な直線性を得ることができた。

図7 オンラインSPE-LC/MSシステムによる検量線

4-2. 河川水を用いた添加回収試験

採取した河川水をそのまま本システムで測定して得られたピーク面積値と河川水に試料中濃度が5 ppt増加するように標準液を添加して得られたピーク面積値から得られた回収率とそれらの連続測定(n=6)の再現性を表2に示した。それぞれの回収率はPFOA: 95%, PFOS: 80%,PFHxS: 88%と良好な結果が得られた。添加試料のn=6の連続測定によるRSDはPFOA: 2.6%, PFOS: 8.6%,PFHxS: 1.8%と良好な再現性が得られた。尚、本試験で河川水からPFOAが5.4 ppt、PFOSが2.9 ppt検出された。
暫定指針値である50 pptの1/10の濃度である5 pptの標準液(A)と河川水(B)と操作Blank(C)の本システムで得られたMRM定量イオンクロマトグラムを図8に示した。いずれも良好なピーク形状を得ており、5 pptにおいても十分な感度を得ていることが示された。一方、操作ブランク(C)ではPFOAが0.17 ppt検出された。

表2 添加回収試験結果と再現性

図8 本システムで得られたMRM 定量イオンクロマトグラム

5. おわりに

本研究により、河川水をバイアルに入れ、セットするだけで、河川水中PFASの前処理から測定までの完全な自動かつ迅速な分析が可能となった。
分析現場の負荷軽減だけでなく、前処理の平準化により、分析結果の精度向上が期待される。また、自動化に伴う前処理のスケールダウンにより、使用する有機溶媒が数十分の一となり大幅な減量につながる。これはランニングコストの低減のほか、廃溶媒の減量にもなり環境負荷低減の効果もある。
今後、本システムを用いて、PFOA・PFOS・PFHxSに加えてPFASの多成分一斉分析法を確立してく予定である。

▶オンサイトSPEサンプリング法
従来法では採取した試料(河川水)をボトルに入れて分析室に持ち帰り、前処理を行う。
本法では試料量が1 mLと少量になったことで、現場で試料を固相に負荷することができ、その固相を持ち帰ってシステムにセットするだけとなる。また、固相を郵送で送ることもできるため、遠方の河川水も低コストで分析が可能となる。

6. 参考文献

佐々野僚一, 浅井智紀, 渡辺淳, 伊藤理恵, 穐山浩:
「オンラインSPE-LC/MSシステムを用いた河川水中のPFOA分析法の開発」, p.658( 第30回環境化学討論会 講演要旨集) (2022).

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