【テクニカルレポート】現場に寄り添う次世代の分析ツール
~ ベンチトップNMR「Spinsolve」の実践応用 ~
本記事は、和光純薬時報 Vol.93 No.4(2025年10月号)において、
Magritek GmbH 梅本 伸一様に執筆いただいたものです。
NMR(核磁気共鳴)装置は、その応用範囲の広さから構造解析・定量・反応追跡など、研究開発から製造現場まで幅広く活用されています。従来は高磁場・大型・高コストな装置が主流でしたが、近年では研究室に設置できる小型NMR装置が登場し、分析の新たな可能性が広がっています。Magritek社のベンチトップNMR「Spinsolve」は、その使いやすさと性能のバランスに優れた装置として注目されており、従来の高磁場NMRの運用に課題を感じていた多くのユーザーから支持を集めています。本稿では、Spinsolveの特長的な機能と、実際の応用例を紹介します。
1 常時稼働の「外部ロックシステム」で試料調製が不要
Spinsolveが高く評価される理由のひとつが、独自の「外部ロックシステム」搭載です。通常、NMR測定では磁場の安定化に重水素化溶媒(D2Oなど)を使用しますが、試料の溶解に重水素化溶媒を使用する必要がありません。装置内部に設置された基準試料(ロックチューブ)から常時信号を検出して磁場を自動的に安定化し、これにより、プロトン溶媒や水溶液など、普段使いの状態でそのまま測定できます。分析の高速化や試料の再利用が可能となり、特に反応途中の試料や貴重な合成中間体の測定で威力を発揮します。
2 重水素化溶媒不要でも明瞭なスペクトル−高性能な溶媒抑制
プロトン溶媒を使う場合、溶媒由来の1H信号が目的のピークを覆い隠してしまうことが懸念されます。Spinsolveでは、「WET」や「PRESAT」といった高性能な溶媒抑制機能を搭載しており、水中の微量成分の測定や有機溶媒中での定量測定にも対応可能です。
例えば、通常の水(H2O)に溶解させたグルコース溶液を測定する際、抑制後のスペクトルでは水ピークが非常に狭く抑えられ、α-およびβ-アノマーのプロトン信号が明確に分離されて観察できます(図1)。溶媒の選択肢が広がり、実験系の柔軟性が格段に向上します。さらにWET-CPMGシーケンスでは、WET溶媒抑制とCPMGエコー列を組み合わせることで、T2緩和フィルターとして機能します。このため、分子量の大きい化合物の広幅な信号を効率的に除去し、より小さな分子の信号を「あぶり出す」ことが可能になります。例えば、シャンプーや洗剤のような複雑な混合物中の微量成分(乳酸、クエン酸、酢酸など)の定性・定量分析が容易になります(図2)。この技術は、食品科学や生体液研究など、幅広い分野での活用が期待されます。

(図1)

(図2)
3 高精度な定量を可能にするqNMR
NMRのもう一つの大きな利点は、内部標準、外部標準のどちらを使用しても正確なモル比・濃度測定が可能なqNMR(定量NMR)です。Spinsolveはシグナルの直線性・再現性に優れており、濃度が既知の標準物質との積分比較により、化合物の正確な定量が行えます。また、外部ロック+溶媒抑制の組み合わせにより、日常的に使用するプロトン溶媒や実験途中の粗製品のままで信頼性の高い定量が可能であり、工程内分析や品質評価の迅速化にもつながります(図3)。

(図3)
4 リアクションモニタリング−反応の進行をリアルタイムで可視化
専用のリアクションモニタリングキットを用い、反応溶液を装置内に流しながらスペクトルを取得するオンライン解析にも対応しているため、酸触媒によるエステル化反応の進行を1H NMRで追跡することで、基質・生成物のピーク変化から収率や反応完了のタイミングをリアルタイムで判断できます。プロトン溶媒であってもロックが安定して働き、抑制機能により溶媒信号の影響も最小限に抑えられます。このように、合成化学の実験室で日常的に使用できるリアルタイム解析装置として、研究者の意思決定を迅速化し、試薬の使用量や反応時間の最適化に貢献します。
5 小型装置でも本格的な2D NMR解析
また、1D NMRだけでなく、COSYやHSQCなどの2次元NMR測定(2D NMR)も可能です(図4)。COSYを用いたアミノ酸およびペプチドの構造解析では、構成単位のスピン系(Spin System)を識別し、隣接するプロトン間の結合関係を視覚的に明らかにすることができます。実例として、ジペプチド「グリシル-L-フェニルアラニン(Gly-L-Phe)」のCOSYスペクトルでは、個別アミノ酸に由来するスピン系が保存されており、それぞれの"指紋"から構成成分を非破壊的に同定できます。このような解析は、構造式の確定、異性体の識別、生体分子の構成単位の検出など、幅広い分野で応用されており、教育用途にも適した実例となっています。

(図4)
6 拡散係数測定も実現−グラジエント搭載によるPGSTE法
さらに、高性能なグラジエントコイルを搭載しており、PGSTE(Pulsed Gradient Stimulated Echo)法による自己拡散係数の測定が可能です(図5)。特に、1Hだけでなく19Fや7Liなどの多核測定に対応している点は他にはない強みです。例えば、BMIM-BF4とLiBF4を混合したイオン液体中の各イオン種(BMIM+、BF4−、Li+)の拡散係数をそれぞれ別の核種で測定し、濃度や粘度による移動度変化を解析可能です。観測核の切り替えは、ソフトウェア上で観測核をクリックするだけで、手動でチューニングを行う必要はありません。このように多核対応のNMRとして、化学構造解析に加えて物性評価にも活用可能で、電池材料開発や輸送現象の研究にも応用が進んでいます。

(図5)
7 おわりに
Spinsolveは「NMRは専門性が高く、装置も大がかりで運用が難しい」というこれまでの常識を覆し、日常的に使えるNMRとして簡便性・高性能・多様な測定手法を兼ね備えており、有機合成、材料開発、バイオ研究、教育など、あらゆる現場での"分析の中心"として活躍が期待されています。
詳細は当社Webをご覧下さい。
