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【総説】真空蒸着法に適した高性能n型有機半導体材料とデバイス特性

本記事は、和光純薬時報 Vol.89 No.3(2021年7月号)において、東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 物質系専攻 岡本 敏宏様、熊谷 翔平様に執筆いただいたものです。

はじめに

あらゆるモノにセンシングデバイスを装着しインターネットを通じて制御管理するInternet of Things(IoT)社会の創成が期待される中、トリリオン・センサ・ユニバースを実現するための多様なセンシングデバイスや、データを通信するRFIDタグなどの開発が盛んに行われている。これらを、ペットボトルや人体のような湾曲面に貼り付けられるフレキシブルデバイスや医療用センサなどとして社会実装するためには、例えば軽量性、柔軟性、生体・環境適合性などの性質が求められる。

従来のデバイスにはシリコンに代表される無機半導体が用いられているが、上記の性質に優れる半導体材料として有機半導体が注目されており、現在、有機デバイスの研究が精力的に行われている。有機半導体は有機溶媒に対する可溶性を活かしたプリンテッドエレクトロニクスへの応用が特に注目されているが、有機溶媒を用いないクリーンなデバイス作製プロセスである真空蒸着法で得られる有機発光ダイオード(Organic Light-Emitting Diode ; OLED)や有機薄膜トランジスタ(Organic Thin-Film Transistor ; OTFT)も未だ重要な有機デバイスである。

例えば、近年は真空蒸着型OTFTの高周波応答性1)や差動増幅回路応用2)が報告されており、集積論理回路およびIoTデバイスの開発が嘱望される。しかしながら、論理回路の省電力化や信号利得の向上には正孔輸送型(p型)OTFTと電子輸送型(n型)OTFTを一対とした相補型回路が有利であるが、実際にはp型OTFTに関する研究や回路応用が主であり、n型OTFTの進展は極端に遅れている。これは、デバイス応用研究に適したn型有機半導体の欠如が理由と考えられ、その開発が喫緊の課題である。

OTFTに用いる有機半導体の性能指標は、電荷移動度(以下、移動度と略す)や大気安定性、輸送電荷の極性などである。真空蒸着法で得られるのは多結晶薄膜であるため、これらの性能は結晶性や粒径などにも大きく依存する。加えて、多結晶中の集合体構造は再結晶などで得られる単結晶構造とは異なることが多々あり、構造・物性相関の理解が単純でない。輸送電荷の極性については、電荷輸送を担う分子軌道準位と電極材料の仕事関数とのエネルギー的な差に依存するため、分子設計による制御が可能である。

一般に、有機半導体はベンゼン環やチオフェン環などから成りπ電子豊富なため、正孔輸送に関与する最高被占軌道(Highest Occupied Molecular Orbital ; HOMO) 準位が、大気安定な電極材料としてよくOTFTに用いられる金(Gold)や炭素(Carbon)電極の仕事 関数と近いため、p型有機半導体の設計は比較的容易である。一方、電子輸送は最低空軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital ; LUMO)が関与するが、LUMO準位は上記電極材料の仕事関数との差が大きい。一般には電子求引基の導入によりLUMO準位を深めることで、n型有機半導体を得ることができる。深いLUMO準位はn型OTFTの大気安定性にも繋がるため重要な指針であるが、電荷伝導に直接関与しない電子求引基の導入により伝導に有利な構造を形成しづらくなるなど分子設計上の制約がn型有機半導体の開発を困難にしている。

我々は最近、n型OTFTに有用な高性能n型有機半導体材料を報告した3)。このベンゾ[de]イソキノリノ[1,8-gh]キノリン-3,4,9,10-テトラカルボン酸ジ イミド(benzo[de]isoquinolino[1,8-gh]quinoline-3,4,9,10-tetracarboxylic diimide ; BQQDI)骨格(図1)は、電子求引性のイミド基に加え、電気陰性な窒素原子をπ共役骨格中に持つため、深いLUMO準位を有する(−4.17 eV(密度汎関数法による計算値)、−4.11eV(サイクリックボルタンメトリーによる実測値))。

図1.BQQDI 化合物の分子構造と設計された分子間相互作用
図1.BQQDI 化合物の分子構造と設計された分子間相互作用

指標の一つであるLUMO準位が<−4.0 eV(真空準位基準)4)であるため、BQQDI化合物は大気安定なn型OTFTとして有望である。また、BQQ骨格中の窒素原子やイミド基の酸素原子が帯びる負電荷により、水素結合による分子間相互作用が顕著となり、高い電子輸送能を示す。とりわけ、イミド基上にフェネチル基(−C2H4Ph)を有するPhC2−BQQDIは塗布型単結晶OTFTとしてバンド伝導による高移動度や優れた環境ストレス安定性を示すことを明らかにした3,5)。本稿では、BQQDI化合物としての大気安定性とPhC2−BQQDIの特徴である"フェニルアルキル基"を拡張した新規BQQDI化合物PhC3−BQQDI6) について、真空蒸着型OTFT特性に焦点を当てて解説したい。

合成および熱・化学安定性評価

PhC3−BQQDIはPhC2−BQQDIと同様の手法で合成し、昇華精製によりデバイス評価に適した高純度(>99%LC)材料として得ることができた。PhC2−BQQDIと同様、PhC3−BQQDIは高い熱安定性を有し、窒素気流下での熱重量(thermogravimetry ; TG)測定から、5%重量減少を示す温度(T95%)は404℃と推定された。また、同時に行われた示差熱分析(diff erential thermal analysis ; DTA)でT95%まで熱異常が観測されなかったことから、結晶相の高い安定性が推察される。

また、真空蒸着法により合成石英基板上に厚み100 nmのPhC3−BQQDI多結晶薄膜を作製し、紫外可視(ultraviolet−visible ; UV−Vis)吸収スペクトルの経時変化を4週間追跡したところ、スペクトルに変化は見られなかったことから、大気下・室内光下で化学的に安定な材料であると言える。

単結晶構造と電子輸送能計算

置換基(フェネチル基およびフェニルプロピル基)の影響を調べるため、PhC3−BQQDIの単結晶構造解析を行いPhC2−BQQDIと比較した。PhC3−BQQDIはPhC2−BQQDIをはじめとする他のBQQDI化合物と同様に伝導層を担うブリックワーク構造を形成し、フェニルプロピル基により層状の集合体構造を有している(図2上)。

その基本的な集合体構造様式はPhC2−BQQDIに似ているものの、置換基の嵩高さの違いにより、ブリックワークの相対的な配置に違いが見られた。よってLUMO軌道の重なりにも違いが生じ、密度汎関数法によりLUMO軌道間のトランスファー積分は図2下に示すように推定された。

図2.PhC3−BQQDIの単結晶構造とLUMO間のトランスファー積分
図2.PhC3−BQQDIの単結晶構造とLUMO間のトランスファー積分

図1右に示したような分子間C−H...OおよびC−H...N相互作用により横方向の分子間配置はほとんど同じであるため、t2は約19 meVと両化合物に違いは無いが、πスタックを介するt1およびt3はPhC3−BQQDIで顕著に小さく推定された。このことから、単結晶構造とトランスファー積分だけを考慮すると、PhC3−BQQDIの電子輸送能はPhC2−BQQDIに比べて低いことが推察される。

真空蒸着型薄膜トランジスタ特性

はじめに述べたように、電子輸送能は真空蒸着型OTFTを作製することで実験的に検証した。基板には熱酸化膜(SiO2)200 nm付のnドープシリコンウエハーを用い、SiO2表面はデシルトリメトキシシラン(DTS)で化学修飾することで電子輸送を阻害する官能基(例えばSi−OH)の影響を低減させた。真空蒸着法により活性層としてPhC3−BQQDIまたはPhC2−BQQDIの約20 nm厚の多結晶膜を成膜した。蒸着中は基板温度を室温、100℃または180℃に保つことで多結晶粒径を制御した。最後にメタルマスクを用いて金電極60 nmを蒸着し、ソースおよびドレイン電極を形成した(図3a)。

PhC2−BQQDI、PhC3−BQQDIともに大気下でも典型的なn型OTFT挙動を示し(図3b-c)、移動度や閾値電圧は表1に示す通りであった。移動度はPhC3−BQQDIの方がやや高い程度で同等なものの、閾値電圧および伝達曲線に見られるヒステリシスはPhC3−BQQDIの方が小さく、優れたOTFT特性を示した。

図3.大気下で評価した真空蒸着型OTFT 特性
図3.大気下で評価した真空蒸着型OTFT 特性
(a) OTFT 構造の模式図 基板温度別の (b) PhC2 − BQQDI および (c) PhC3 −BQQDI の飽和領域での伝達特性(ドレイン電圧:50 V)。⻘線:室温、緑線:100℃、⾚線:180℃。(d) PhC2 − BQQDI および (e) PhC3 − BQQDI の移動度の大気下における経時変化。
表1.大気下で評価した真空蒸着型OTFT 特性(チャネル長/幅= 100 μm / 1000 μm)
化合物 基板温度 平均(最大)移動度
(cm2 V−1 s−1
平均閾値電圧
(V)
接触抵抗
(kΩ cm)
PhC2−BQQDI 室温 0.29(0.30) 4.6 4.8±0.6
100℃ 0.54(0.54) 3.3 5.8±0.5
180℃ 0.64(0.65) 3.5 4.7±0.4
PhC3−BQQDI 室温 0.32(0.33) 3.2 1.7±0.3
100℃ 0.51(0.53) 1.4 4.3±0.6
180℃ 0.65(0.70) 2.5 3.2±0.5

飽和領域(ドレイン電圧= 50 V)で評価. ゲート電圧= 50 V での推算値

この結果はトランスファー積分からの予想とは一致しないが、後述する薄膜構造の重要性や、(本稿では割愛するが)バンド構造を考慮する必要性を示唆するものである。さらに、トランスファーライン法(transfer line method ; TLM)により接触抵抗を評価した。通常、接触抵抗はチャネル抵抗に比べて小さいと考えているが、チャネル長が短くなるにつれ接触抵抗がOTFT全体の特性に大きく影響するため、OTFTの再現性や信頼性を評価する上で重要な因子である。特に、高周波応答性にはOTFTの短チャネル長化が必要なため、小さな接触抵抗が重要となる。

今回の比較では、他の特性同様PhC3−BQQDIが低接触抵抗を示した(表1)。これらはソース・ドレイン電極に金だけを用いたn型OTFTでは最小クラスの値であることから、実用的なn型OTFTの開発研究として興味深い対象となりうる。また、PhC2−BQQDIおよびPhC3−BQQDIはいずれも優れた大気安定性を示すが、特にPhC3−BQQDIでは一か月後でも90%以上の移動度を維持した(図3d-e)。

以上より、フェニルアルキル置換BQQDI化合物は真空蒸着型n型OTFTとしても優れた材料であり、とりわけPhC3−BQQDIは様々な応用研究への展開が期待できる。

真空蒸着型多結晶薄膜構造

最後に蒸着型OTFT特性の違いについて調べるため、X線回折装置を用いて面外方向X線回折測定(X線源:Cu Kα、波長:1.5406 Å)を行った。成膜時の基板温度に依らず、PhC3−BQQDIでは単結晶構造のb軸(積層方向)に一致する回折パターンのみが観測された。一方、PhC2−BQQDIでは二つの結晶相が混在していることがわかった(図4a)。このうち、一方は単結晶構造に一致する単結晶相であるが、他方は未知の薄膜相である。

薄膜相の集合体構造は未だわかっていないが、一つの仮説として、薄膜相は単結晶相に比べて電子輸送能に乏しく、この混在がPhC3−BQQDIに比べて低いOTFT特性に繋がったと推察される。また、単結晶構造を基にした分子動力学(molecular dynamics ; MD)シミュレーションにより、薄膜相の形成について考察した。ここでは、単結晶構造から取り出した二分子膜を真空空間に置きMDシミュレーションを行うことで、真空蒸着時初期過程における単結晶相の安定性について考えた。

図4bに示すように、二分子膜内部に比べて真空界面のフェニルアルキル基のB因子(熱揺らぎの指標)が大きくなったが、特にPhC2−BQQDIで顕著なB因子の増大を示した。この影響を受ける形でBQQ骨格のB因子も増大したため、基板上に分子が蒸着される際、PhC2−BQQDIでは単結晶相の形成が比較的不安定であることが示唆される。PhC3−BQQDIではフェニルプロピル基が揺らいでいるものの、BQQ骨格のB因子は抑制されている。

図3.大気下で評価した真空蒸着型OTFT 特性
図4.薄膜構造の推定
(a) 面外方向X線回折(波長= 1.5406 Å)。(b) 二分子膜のMD シミュレーションに よるB 因子マップ。

以上より、真空蒸着型OTFTではフェネチル基に比べて柔軟なフェニルプロピル基が、PhC3−BQQDIの純粋な単結晶相形成に繋がり、高性能n型OTFT特性の発現に寄与したと考えられる。

おわりに

本稿では、真空蒸着型OTFTとしての性能に焦点を当て、フェニルプロピル基を持つPhC3−BQQDIの開発および化学的性質や集合体構造、実デバイスを指向したOTFT特性評価について最近の研究成果を述べた。単結晶構造解析からはフェネチル基を持つ類縁体PhC2−BQQDIでより優れた電子輸送能が予想され、実際に塗布型単結晶OTFTではPhC2−BQQDIが最も良好な性能を有する。

しかしながら真空蒸着型OTFTを評価したところ、移動度、閾値電圧、ヒステリシス、接触抵抗においてPhC3−BQQDIの方が優れた性能を示すことが明らかとなった。これは置換基のエチル鎖とプロピル鎖との柔軟性の違いに起因すると考えられる。以上のように、継続的なn型有機半導体の比較研究によって、単結晶構造だけでは理解し難い有機半導体分子設計、および今後のOTFT開発について重要な知見を与えることが期待される。

謝辞

本稿の研究成果は、竹谷純一教授(東大)、渡辺豪講師(北里大)、石井宏幸助教(筑波大)をはじめとする多くの共同研究者の協力のもと得られた。また本稿の一部は、科学研究費補助金基盤研究 B(No. 17H03104)、科学技術振興機構さきがけ「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」領域( 谷口研二研究総括、秋永広幸研究副総括)(No.JPMJPR17R2)、富士フイルム株式会社の支援により進められたものである。ここに深く感謝申し上げる。

キーワード

ヒステリシス

トランジスタの伝達曲線(出力曲線)でゲート電圧(ドレイン電圧)を掃引した際、ドレイン電流が往復路で異なること。またはその度合い。

トランスファーライン法

異なるチャネル長を持つ複数のトランジスタを作製し、接触抵抗を求める手法。配線抵抗が無視できる場合、全体抵抗をチャネル長に対してプロットし、近似曲線の外挿から見積もられるチャネル長ゼロの点の全体抵抗が接触抵抗として見積もられる。

接触抵抗とチャネル抵抗

トランジスタ全体の電気抵抗は、半導体/ゲート絶縁体界面に形成されるチャネル内の抵抗(チャネル抵抗)、ソース・ドレイン電極からチャネルに電荷注入するための抵抗(接触抵抗)、および両電極内の抵抗(配線抵抗)から成る。ただし、一般に用いられる金属電極の場合、配線抵抗は無視できるほど小さいため、チャネル抵抗と接触抵抗がOTFT の支配的な抵抗成分である。接触抵抗はチャネル長に依存しない値であるため、チャネル長が短くなりチャネル抵抗が低下するにつれ、OTFT 特性において接触抵抗の影響が大きくなる。

参考文献

  1. Borchert, J. W., Zschieschang, U., Letzkus, F., Giorgio, M., Weitz, R. T., Caironi, M., Burghartz, J. N., Ludwigs, S. and Klauk, H. : Sci. Adv., 6, eaaz5156 (2020). DOI: 10.1126/sciadv.aaz5156
  2. Sugiyama, M., Uemura, T., Kondo, M., Akiyama, M., Namba, N., Yoshimoto, S., Noda, Y., Araki, T. and Sekitani, T. : Nat. Electron., 2, 351 (2019).
  3. Okamoto, T., Kumagai, S., Fukuzaki, E., Ishii, H., Watanabe, G., Niitsu, N., Annaka, T., Yamagishi, M., Tani, Y., Sugiura, H., Watanabe, T., Watanabe, S. and Takeya, J. : Sci. Adv., 6, eaaz0632 (2020). DOI: 10.1126/sciadv.aaz0632
  4. Usta, H., Facchetti, A. and Marks, T. J. : Acc. Chem. Res., 44, 501 (2011). DOI: 10.1021/ar200006r
  5. Kumagai, S., Watanabe, S., Ishii, H., Isahaya, N., Yamamura, A., Wakimoto, T., Sato, H., Yamano, A., Okamoto, T. and Takeya, J. : Adv. Mater., 32, 2003245 (2020). DOI: 10.1002/adma.202003245
  6. Kumagai, S., Ishii, H., Watanabe, G., Annaka, T., Fukuzaki, E., Tani, Y., Sugiura, H., Watanabe, T., Kurosawa, T., Takeya, J. and Okamoto, T. : Chem. Mater., 32, 9115 (2020). DOI: 10.1021/acs.chemmater.0c01888

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