トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン
本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト「Chem-Station」の協力のもと、ご提供しています。
概要
空軌道をもつ三置換のホウ素は、通常ハードなルイス酸として働くとみなされます。しかしトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン・B(C6F5)3は、少し違った性質を持っています。
ホウ素でありながらアルキルアニオンやヒドリドといった、ソフト求核試薬のほうに親和性が高いのです。こういった特殊な性質をもつ点を活用して、精密有機合成の世界でもユニークな変換をこなす触媒として応用されています。
今回はB(C6F5)3を触媒として用いた化学変換のうち、実用的な例をいくつかピックアップしてご紹介します。
アルコールのシリル保護1)
シランとアルコールが反応し、水素を発生させながらシリル保護体を与えます。B(C6F5)3触媒条件の特長は、官能基受容性の高さは勿論のこと、混み合ったアルコールを短時間で効果的に保護できるという点にあります。下に典型的な例を示しています。
この一風変わった挙動は、「B(C6F5)3がヒドロシランと相互作用してカチオン性シリル種が生じ、それが酸素官能基と結合して活性化する」と考えるとある程度理解できます。
「三級アルコールの保護をしたい、しかし操作の面倒なシリルトリフラートのような条件を使いたくない」というときに、覚えておくと便利です。
カルボニル基からメチレン基への変換2)
カルボニル基から一段階でメチレンまで還元する反応は、今もなお難しいものです。Wolff-Kischner還元やClemmensen還元などの古典的条件は往々にして強すぎ、一般的に適しているとはいえません。条件によっては芳香族ケトンにしか通用しないものも数多く見られます。
一方、B(C6F5)3条件は、下に示すように基質一般性が高く、かつ室温で混ぜるだけで速やかに進行します。還元剤PMHSも、安価に大量入手できる試薬です。なかなか使い勝手の良い反応です。
- ただし、α,β-不飽和カルボニル化合物の場合には、オレフィンの共役還元が優先します3)。カチオン性シリル種の生成がキーなのは、シリル保護のケースと同様です。
ヒドロホウ素化触媒の添加剤4)
ピナコールボランのような嵩高く低ルイス酸性の化合物にてヒドロホウ素化を進行させるには、加熱もしくは遷移金属触媒の添加が必要となります。カチオン性ロジウム錯体は、ヒドロホウ素化触媒として有効であることが知られていますが、やはり内部オレフィンのような基質のヒドロホウ素化は難しいとされています。上記の条件では、反応性および位置選択性においてB(C6F5)3添加が劇的な影響を与えています。やはりB(C6F5)3はここでも、ピナコールボランのヒドリドと複合体をつくり、酸化的付加を促進させる効果を示しているようです。
おわりに
役立つ変換に使えるB(C6F5)3についていくつか紹介しました。Flustrated Lewis Pairsの化学にも活用されており、その応用範囲は広がっています。
市販ではありますが、若干特殊なイメージの試薬なので、合成のファーストチョイスとして用いることは少ないと思いますが、conventionalな方法が上手くいかないときの「奥の手候補」としておくと、いざというとき役立つ一手になるはずです。普通の触媒系・反応で上手くいかないとき、是非試してみてはいかがでしょうか。
参考文献
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(総説)
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- Kargbo, R. B. : SYNLETT, 1118 (2004). doi: 10.1055/s-2004-822908