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【連載】Talking of LAL「第36話 エンドトキシンと電子線」

本記事は、和光純薬時報 Vol.67 No.3(1999年7月号)において、和光純薬工業 土谷 正和が執筆したものです。

第36話 エンドトキシンと電子線

エンドトキシンの不活性化には、通常 250℃ 以上の温度で乾熱滅菌する方法が用いられています。乾熱滅菌が行えない材料については、オートクレーブや洗浄等の方法が用いられる場合もありますが、エンドトキシンの高度な汚染を完全に除くことは困難です。

このことから、耐熱性の低いプラスチックなどの材料から、有効にエンドトキシンを除去、あるいは不活性化する方法の開発が望まれています。滅菌、ポリマーの改質などに使用されている電子線は、安全性が高く、短時間に高線量の照射が可能であるといった利点があり、各方面への利用が期待されています。

今回は、エンドトキシンの不活性化に対する電子線の利用の可能性について考えてみましょう。

1967 年に Previte ら1)は、ガンマ線照射がエンドトキシンのマウス致死活性を減少させることを報告しています。しかし、このときウサギ発熱活性の減少は認められていません。

その後、Koppensteiner ら2)は、25 KGy のガンマ線照射が 500 ng/mL のエンドトキシン溶液の活性を 5 ng/mL まで低下させること、乾燥状態では不活性化の効果が少ないことを、また、Csako ら3)は、米国標準エンドトキシンを用いてエンドトキシン溶液に対するガンマ線照射の影響を調べ、10 KGy のガンマ線照射でエンドトキシンのウサギ発熱活性が約 200 分の 1 に低下し、リムルス試験でも同様の傾向があることを報告しています。

一方、Guyomard らによる電子線及びガンマ線を用いた実験4)では、リムルス試験及びウサギ発熱試験によるエンドトキシン活性に関して、溶液状態の方が乾燥状態より不活性化の程度が大きいこと、電子線よりガンマ線の方が不活性化能が強いことが報告されています。

図1.電子線照射による乾燥状態エンドトキシンの不活性化

筆者らは、報告されている照射線量より広い範囲で精製 LPS に電子線照射を行い、その活性変化を調べました5)。エンドトキシンは、LPS 溶液をバイアルに分注した状態(溶液状態)、並びに、LPS をバイアル中で凍結乾燥した状態(乾燥状態)で比較しました。電子線照射後、溶液状態試料は希釈後またはそのまま、乾燥状態試料はエンドトキシン検出用抽出液(和光純薬)で抽出した後、それぞれのエンドトキシン活性を測定しました

その結果、エンドトキシン活性は照射電子線量の増加に伴い減少し、乾燥状態より溶液状態の方がより大きいエンドトキシンの不活性化が観察されました(図1, 2)。エンドトキシン活性を 1/10 に低下させるのに必要な電子線量は、乾燥状態では 100KGy ~ 300KGy 溶液状態では 50KGy 程度でした。

電子線照射による溶液状態エンドトキシンの不活性化

これらの結果は、Guyomardらによる実験4)と同様の傾向と考えられます。このように電子線を照射するときのエンドトキシンの状態によって不活性化の程度に違いが認められた原因として、乾燥状態の場合ではエンドトキシンそのものに直接電子線が作用するだけであるのに対して、溶液状態では電子線による水の電離作用により生成したヒドロキシラジカルの化学作用が加わり、相乗的にエンドトキシンの不活性化が起こった可能性が考えられます。

また、電子線による不活性化の程度は、エンドトキシンの種類によっても異なっていました。例えば、乾燥状態で 300KGy の電子線を照射した場合のエンドトキシン活性残存率は、E. coli O111:B4 由来エンドトキシンでは 10% 程度であるのに対し、他のエンドトキシンでは 10% 以下まで減少しました。

この原因としては、エンドトキシンの由来や、それぞれの試料中のエンドトキシンの存在状態や共存物質(蛋白や核酸)の違いも考えられますが、明確な答えを出すにはさらに検討が必要でしょう。

これらの結果から、電子線照射によってエンドトキシンを不活性化するためには、通常行われる殺菌目的の照射条件と比較してかなり高線量の照射が必要のようです。高線量の照射では材質への影響が予想されるため、高線量照射に対する耐性を持った材質が必要になります。

短時間で大量処理ができ、温度の上昇もある程度コントロールできるといった電子線の利点を利用して、なんとかエンドトキシンフリーにできるプラスチック製品を作っていただきたいものです。最近のプラスチック製品の中には、かなりエンドトキシンレベルの低い製品があります。

初期の汚染量が少なければ、それだけ電子線の照射量は少なくてすむわけですから、エンドトキシンフリープラスチック製品の商品化が荒唐無稽というわけではないと思います。

参考文献

  1. Previte, J. J. et al. : J. Bacteriol., 93, 1607-1614 (1967).
  2. Koppensteiner, G. et al. : Drugs Made Ger., 19, 113-123 (1976).
  3. Csako, G. et al. : Infect. Immun., 41, 190-196 (1983).
  4. Guyomard, S. et al. : Radiat. Phys. Chem., 31, 679-684 (1988).
  5. 井尻晴久,土谷正和:クリーンテクノロジー,6,18-20 (1996).

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