【連載】Wako Organic Chemical News No.02「Grignard試薬」
今月の反応・試薬 「塩化亜鉛(II)によるGrignard試薬の活性化」
サイエンスライター : 佐藤 健太郎氏
Grignard試薬による、カルボニル化合物への求核的付加反応は、有機合成において最も汎用される反応の一つである。しかしGrignard試薬は塩基性が強いため、基質によってはα位プロトンの引き抜きによるエノール化が優先して進行し、付加体が得られないことがある。また基質の立体障害が大きい場合、ケトンが還元されることがあるなど、存外副反応も多く起こる。
これらの副反応を抑制するため、塩化セリウム(III)を添加する手法がよく知られている。ただし、無水の塩化セリウムの調製は難しい上、当量以上用いなければならないなどの問題がある。
名古屋大学の石原らは、塩化亜鉛(II)を触媒量用いることで、これら副反応を抑制して、望みの付加体が収率よく得られることを示した(J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 9998-9999)。1.3当量ほどのGrignard試薬に、10mol%ほどの塩化亜鉛(II)を添加しておくだけで効果を示し、100mmolスケールの大量合成にも適用可能とされている。求核性の高い亜鉛アート錯体R3ZnMgXが活性種と考えられている。
たとえばベンゾフェノンにEtMgClを作用させると、通常では付加体の収率は25%にとどまり、ケトンの還元が優先して進行する(収率72%)。しかし、塩化亜鉛(II)の存在下で反応を行うと、付加体の収率は84%にも上昇し、還元体は15%に抑えられた。また、通常反応性の低いアルジミン(R-CH=NR')も、この条件では高収率で付加体を与える。
また、TMSCH2MgClをダミーリガンドとして加える改良法も報告されており、かさ高い基質同士の組み合わせでも、十分な収率で付加体を与える(J. Org. Chem., 75, 5008-5016 (2010))。
注目の論文
①A photocatalyzed aliphatic fluorination
Steven Bloom, James Levi Knippel and Thomas Lectka*
Chem. Sci., DOI: 10.1039/c3sc53261e
光反応によるアルカンのフッ素化。SelectFluorをフッ素化剤、1,2,4,5-テトラシアノベンゼンを光増感剤とし、アセトニトリル中UVランプ照射下室温で撹拌するという温和な条件で、アルカンがフッ素化される。単純なシクロアルカンが45~71%の収率でモノフルオロ化されている他、ラクトン環を持つ天然物などに適用しても、中程度の収率でフッ化体が得られている。
②Zinc-Catalyzed Borylation of Primary, Secondary and Tertiary Alkyl Halides with Alkoxy Diboron Reagents at Room Temperature
Shubhankar Kumar Bose, Katharina Fucke, Lei Liu, Patrick G. Steel, and Todd B. Marder*
Angew. Chem. Int. Ed. DOI: 10.1002/anie.201308855
ハロゲン化アルキルから、ビス(ピナコラト)ジボロンをホウ素化剤として、対応するアルキルホウ酸エステルを合成する。触媒として、塩化亜鉛(II)にかさ高いN-ヘテロサイクリックカルベン配位子を結合させたものを用いる。塩基としてカリウムtert-ブトキシド、溶媒としてMTBEを用いた時によい結果を与えている。一級~三級のハロゲン化アルキルに適用でき、1-ブロモアダマンタンのようなかさ高い基質でも比較的良好な収率で目的物が得られる。
③The Trifluoromethylating Sandmeyer Reaction: A Method for Transforming C-N into C-CF3
Duncan L. Browne*
Angew. Chem. Int. Ed. DOI: 10.1002/anie.201308997
近年急速に進展するトリフルオロメチル化反応のうち、芳香族アミンからSandmeyer反応によってAr-CF3型化合物を与える反応をまとめている。銀塩とTMSCF3を用いるWangらの方法、銅塩とTMSCF3を用いるGoossenらの方法、梅本試薬と銅を用いるFuらの方法が紹介されている。