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抗体医薬品候補のTCR (組織交差反応性) 試験 ~ 開発段階に応じた安全性評価と最適な試験プランについて ~ 第3回 TMA vs 凍結組織スライド、どちらが適切? ~TMAと凍結組織スライドの賢い使い分け~

本シリーズでは、全3回にわたり組織交差反応性 (Tissue Cross-Reactivity、TCR) 試験の基礎から実務的な導入方法、そして評価手法のポイントについて順を追って解説し、抗体医薬品開発における安全性評価の理解と実践をサポートします。

本シリーズ最後となる第3回は「TMA vs 凍結組織スライド、どちらが適切? ~TMAと凍結組織スライドの賢い使い分け~」として、両者の特徴やメリット・デメリットを比較検討し、抗体の組織交差反応性試験における最適な選択と効果的な活用法についてご紹介します。

はじめに

抗体創薬における組織交差反応性試験は、安全性リスクの評価に欠かせないプロセスです。特に抗体が非特異的に結合する組織を検出するためには、実験で用いる組織スライドの種類が試験結果に大きな影響を与えます。現在、研究・開発の現場では、従来より使用される凍結組織スライドと効率的なスクリーニングを可能にする組織マイクロアレイ (Tissue Microarray,以下TMA) が主に利用されています。TMAは経済性と高スループット処理に優れますが、組織代表性や抗原性の保持に関する課題もあります。一方、凍結組織スライドは抗原構造保持に優れ高い検出感度を維持できますが、準備に手間とコストがかかります。本稿では、両者の特長と欠点を多角的に比較し、抗体評価における適切な使い分けのポイントを整理します。

TMA

特長と利点:

TMAは、複数の患者由来組織サンプルを直径約0.6~2 mmの小さなコアに抜き取り、一枚のスライドに多数配置する技術です。これにより、一括染色が可能となり、複数症例・組織を同時に比較評価できます。この方法は組織評価の経済性向上や時間短縮に寄与し、数百の症例を効率よくスクリーニングできることから、大規模な薬物候補抗体の評価に理想的とされます1)。また、処理が一定の組織タイプに統一されているため、結果の再現性・比較性が高い点もTMAの大きな長所です。規格化された一貫した条件で抗体の特異性と交差反応性を評価でき、開発段階での迅速な意思決定を支援します。さらに、TMAの高い透過性はデジタル画像解析システムとの親和性も高く、画像解析技術を利用した客観的評価が可能である点も挙げられます。

欠点と課題:

TMAは、ハイスループットかつ効率的な試験を可能にしますが、安全性評価の観点からはいくつかの重要な課題があります。第一に、TMAで用いられる組織コアの直径は一般的に0.6~2 mmと小さいため、原組織の多様な細胞構成や病理的変化を十分に反映できないことがあります。このため、局所的な非特異的結合が検出されにくく、実際の組織全体での反応性を見落とすリスクがあります。特に、抗体が微小な特定部位にのみ交差反応を示す場合は、検出困難になることが報告されています3)。第二に、TMAは通常、パラフィン包埋された組織ブロックの一部を切り出して作製しますが、ホルマリン固定に伴う抗原の架橋形成は抗体の結合部位であるエピトープの構造変化をもたらし、結果として抗体の結合感度低下や偽陰性を引き起こします。これは、抗体種や標的によって影響度が異なり、特に糖鎖や立体構造依存的なエピトープを認識する抗体で問題となります2)。また、複数組織の接続部やパンチ抜き取り時の機械的損傷により、組織構造の一部が欠損することがあり、これも精密な評価を阻害する要因です。これらの制限により、TMA単独での実施は全組織レベルの正確な安全性リスク評価には不十分となる場合があるため、注意深い解釈と他手法との併用が求められます。さらに、TMAはさまざまな患者や施設から採取された組織ブロックを用いるため、それぞれの摘出方法、固定条件、包埋プロトコールなどが異なる場合があります。このため、一枚のTMAスライドに複数の組織が混在する際には、薄切時の条件調整が非常に難しくなることがあります。例えば、TMAに石灰化を伴う組織が混在した場合、薄切が困難になるだけでなく、ナイフマークをはじめとするアーチファクトが頻発しやすくなることも現場での大きな課題です。これらの要因は、TMAでの染色結果の均一性や再現性の確保を阻害し、評価の信頼性にも影響を及ぼす可能性があります。また、切片の損傷が原因の評価不良により追加試験や再薄切が必要になるケースもあり、試験効率を下げることがあります。

【TMA (TissueMicroarray) 一例】

画像引用:provitro AG
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凍結組織スライド

特長と利点:

凍結組織スライドは、採取後速やかに凍結保存された組織を用いることで、抗原の生理的な構造を比較的良好に保持できる点が最大の特長です2)。パラフィン包埋に伴う化学的な架橋形成や抗原構造の変性を受けにくいため、抗体の自然な結合特性をより正確に反映しやすいという利点があります。特に、複雑な糖鎖構造や立体構造依存性の高いエピトープを標的とする抗体評価においては、凍結組織が適しています。また、凍結組織では広範囲の組織構造を観察可能であり、局所的な非特異的結合や細胞の微細な形態変化まで把握しやすいため、細やかな安全性検討にも向いていると言えます。さらに、凍結組織スライドは各種染色法や染色手順の選択肢が広く、標的や抗体の特性に応じて最適な免疫組織化学条件を柔軟に設定できます。なお、技術的には凍結組織のTMA化も研究段階で試みられていますが、凍結保存の難しさやOCT包埋時または薄切時の組織損傷リスクが高いことから、抗体の安全性評価においては限定的な実用にとどまっています。したがって、広範囲の凍結組織全体スライドでの評価が、真の交差反応性を検出し安全性評価の信頼性を高める上で有効と考えられています。

欠点と課題:

凍結組織スライドは抗原の生理的構造を保持しやすい利点がある一方で、技術的および運用面でのいくつかの課題も存在します。まず、凍結保存・薄切作業には高度な技術と専門知識が必要であり、薄切の厚さの均一性や切片の平滑性を保つのが難しいことが多々あります。凍結組織はパラフィン包埋組織と比較すると組織の崩れや裂けが起こりやすく、染色の品質や再現性に影響を与えるリスクが高くなります。また、凍結組織の保存期間はパラフィン包埋組織に比べて短いため、継続的な試験や長期間の検体保管には適しません。温度管理を含む保存環境の厳格な維持が必要で、小さな管理ミスが組織品質の劣化を招くこともあります。さらに、凍結組織スライドの取扱いにおいて、ヒト検体かつ新鮮組織を扱うという性質上、バイオセーフティ面での高度な配慮が必要です。組織サンプルの入手や受け入れには法的手続きや倫理的配慮が求められ、保存管理も適切に行わなければなりません。また、薄切作業時には有害微生物の曝露リスクに対する厳重な安全衛生管理が必要であり、具体的には作業環境のクリーンルーム化、個人防護具の着用、廃棄物管理の徹底などが含まれます。これらの対策に伴う対応コストや手続き上の負担も考慮しなければならず、運用にあたっては十分な準備と管理体制が求められます。また、凍結切片とアルコール固定を組み合わせた場合には抗原流失のリスクがあることから、HER2などの特定の抗原ではホルマリン固定の方が適している場合があります。したがって、抗体の標的抗原に合わせて固定方法・切片の種類を選択し、最適な染色条件を確立する必要があり、万能的な試験条件が存在しない点も課題です。これらの点から、凍結組織スライドは精密で信頼性の高い安全性評価を行うために有用ですが、技術的難易度や管理コストが高いことから、単独使用よりも他の評価手法と組み合わせて運用することが実務上は望ましいとされています。運用面の工夫や標準化プロトコールの確立が、今後の活用拡大の鍵となると考えられます。

肝臓凍結ブロックと腫瘍・正常組織の免疫染色例】

画像引用(免疫染色):抗体医薬品候補のTCR (組織交差反応性) 試験

状況に応じて複数オプションから選択

抗体の組織交差反応性試験においては、TMAと凍結組織スライドの両方の特長を活かし、それぞれの欠点を補完する複数プランでの評価設計が推奨されます。このアプローチにより、評価の網羅性や精度を高め、より信頼性のある安全性評価が実現可能となります。具体的な試験プロトコールの例としては、まず経済的で高スループットなTMAによる広範囲の多様な組織スクリーニングを実施し、候補抗体の交差反応性リスクの大まかな把握を目指します。問題が見つかった候補については、凍結組織スライドにて詳細な再評価を行い、組織構造の全体的観察や抗原保存の良好性を活かして非特異的結合の精密検出と偽陰性リスクの低減を図ります。このような段階的な評価は、開発速度を維持しつつ安全性評価の質向上を両立できる柔軟な戦略といえます。さらに、異なる組織調製法の利用が免疫組織化学染色条件の最適化や抗体親和性の多角的評価を可能にし、規制対応の点でも効果的です。また、組織の種類や処理条件を多角的に設定することで、より多面的にリスクを評価し、不測の事態を早期に察知して回避することに繋がります。こうした複数のプランによる評価は、現代の抗体開発における有効な戦術の一つであると言えるでしょう4)

まとめ

組織交差反応性試験による抗体評価では、TMAと凍結組織スライドそれぞれに長所と短所が存在し、その特性を踏まえた適切な使い分けが重要です。TMAは効率的かつ多数の組織サンプルを網羅的に評価できるため、初期スクリーニングに適していますが、一方で組織代表性の不足や抗原保存状態に限界がある点を留意しなければなりません。凍結組織スライドはエピトープの保存に優れ、細胞・組織の微細構造を詳細に観察できるため、特に精密な安全性評価や偽陰性リスクの軽減に有効です。したがって、これらを段階的に組み合わせた評価プランは、高精度かつ効率的な安全性評価を実現するベストプラクティスと言えます。こうした手法は、開発過程のリスクを最小限に抑え、市販後の安全性問題予防に寄与し、信頼性の高い抗体医薬品開発を促進します。

今後も技術の進展に伴い、組織解析の方法は多様化・高度化が期待されますが、本稿の内容は現時点での抗体評価における重要な基本指針として大いに役立つものと確信しています。

参考文献

  1. Batistatou, A., et al. (2008). "Tissue microarrays: advantages and pitfalls." Oncology Letters, 15(1), 70-76.
  2. Almagro, J.C., et al. (2007). "Comparative assessment of tissue cross-reactivity between frozen and paraffin-embedded tissues in antibody screening." Annals of Saudi Medicine, 27(3), 175-183.
  3. Kougioumtzidou, E., et al. (2020). "Limitations of tissue microarrays in detecting tissue cross-reactivity of antibodies: Implications for antibody specificity testing." Oncology Letters, 20(5), 145.
  4. Batistatou, A., et al. (2008). "Evaluation of tissue microarrays for immunohistochemical detection of biomarkers: a comparative study." Oncology Letters, 15(2), 819-824.

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