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【連載】ライフサイエンス論文レビュー 「第2回 低分子化合物 -幹細胞研究を行うための高品質な未分化維持、分化誘導試薬-」

本記事は、富士フイルム和光純薬 バイオ製品推進部 木上 椋介 が執筆したものです。

本企画のコンセプトは、当社の製品説明ではなく、当社製品を使用してくださった全世界の研究員や企業の方を検索し、当社製品をどのような部分で使用したのか、その結果によってどのようなエビデンスを構築したのかをあくまで第三者として分析したコラムです。

人工多能性幹細胞 (iPS細胞) が世の中に登場してから20年が経過した。倫理面で展開が難しいとされたES細胞(Embryonic stem cell)の代替として、京都大学の山中氏が考案した処方により創生された。iPS細胞はその成り立ちからES細胞の下位互換として扱われた時期もあったが、もともと体細胞からの脱分化が極意であるため、自家/他家どちらの細胞もソースにすることができる。この性質が、他人の細胞を移植する際に危惧される「免疫原性」の回避に繋がるため、iPS細胞は、ES細胞にはない独自のメリットを確立している。
iPS細胞の樹立には、体細胞へ山中4因子と呼ばれる4種類の遺伝子を導入する必要がある。当初、遺伝子の導入には導入効率の良さからウイルスベクターが採用された。これには、レトロウイルスやレンチウイルスといった研究分野で長らく使われていたウイルス由来のベクターが使用されたが、ホスト細胞のゲノムに挿入点変異を起こさせる特性があり、樹立されたiPS細胞のがん化が危惧されていた。その後、これを回避するために非ウイルスベクタータイプの遺伝子導入法の開発や、遺伝子導入を行わず低分子化合物を用いて細胞をリプログラミングする方法などが開発されるなど、iPS細胞のがん化のリスクを軽減する努力がされている。
iPS細胞は体細胞からの樹立後、細胞の維持や分化誘導に低分子化合物やサイトカインといった成長因子を必要とする。低分子化合物とサイトカインはともに、基礎研究から臨床応用まで幅広く使用されている。その中で低分子化合物は化学的に合成されるため、動物由来成分による汚染リスクや、ロット間差が起こる可能性が低く、安定した培養結果が得られるとされる。
2026年、発明国である日本において、世界で初めてiPS細胞を用いた治療製品が承認された。その道のりは平坦なものではなかったことは発明からの年月が証明している。発明当初、誰もが「再生医療」を夢みたと言えるiPS細胞を用いた製剤の開発は、安全性を大前提とした再生医療の承認に対するハードルの高さから、ひとまずは別の方向に舵とりされたと筆者は考える。それは「薬効評価」や「毒性評価」など、動物試験の代替に位置づけられる領域である。これは従来なされていた細胞評価以上、かつ、動物試験以下の評価と位置付けられる。しかし、これは動物試験の完全な下位互換とは言い切ることはできない。なぜなら、動物試験とはあくまで動物での評価であるのに対して、iPS細胞はヒト細胞からの派生であるため、in vitroであるとはいえ、ヒトでの評価が可能な点にあるからだ。この観点により、ヒトの生検体をいちいち採取し評価するという、侵襲性が高い試験を回避できるという極めて優れたメリットが誕生している。創薬において、First-in-humanである第1相治験は依然としてハードルが高い中、First-in-humanをいち早く実現できるiPS細胞は、世界の創薬開発を躍動、そして発展させたに違いない。実際にiPS細胞を利用した評価系は実用化へ確実に進んでいる。オルガノイドやMPS(生体模倣システム)の誕生がその代表例になる。iPS細胞はその発見後これらの領域を十二分に踏みしめる歴史を経て、2026年、満を持して再生医療としての火ぶたを切った。
今回のコラムでは再生医療、iPS細胞の分野から、5つの論文を紹介する。一口にiPS細胞の研究といっても、その分野、研究対象は様々である。このコラムにより、読者の方に新しい知見をお知らせすることができれば幸いである。論文紹介と併せて、実験で使用されている低分子化合物の情報も記載した。

【iPS細胞の浮遊培養】

ヒトiPS細胞は浮遊培養をすることにより自発的に分化してしまう性質がある。そのため、接着培養および単層培養条件で培養されることが一般的である。もしも、iPS細胞の浮遊培養が可能になれば、培養にかかるコストやタスクを大幅に削減できる。そのためのプロトコルの確立が長らく望まれていた。
Takasakiら1)は浮遊条件下での培養で発生するiPS細胞の突発的な分化に、WntシグナルとPKCβシグナルが関与していることを突き止めた。これらのシグナルの阻害剤であるIWR-1-endoとLY333531を培養液に加えることで、浮遊培養時においても、ヒトiPS細胞の自発的な分化誘導が抑制されることを報告した。この結果を基に、上記の2化合物を加えた浮遊培養で、自己複製能を維持したままの10継代を超える長期培養、培養細胞の直接凍結保存とそれらの回収、そして320 mL容量バイオリアクターでの大量培養を成し遂げたと報告している。
<論文内で使用されている低分子化合物で、富士フイルム和光純薬で取り扱いがあるもの :Y-27632, IWR-1-endo, DMH1, SB43154, CHIR99021, A-83-01, Dorsomprphin, Purmorphamine >

【ドーパミン神経前駆細胞の誘導と選別】

パーキンソン病 (PD) は、ドーパミン (DA) 神経細胞の消失を特徴とし、運動緩慢、筋強剛および安静時振戦などの運動症状を引き起こす。DA神経前駆細胞の移植がPDの治療における有望な戦略の一つとして、iPS細胞を用いた研究が広く行われている。しかし、分化させた細胞に残存する未分化幹細胞などの細胞が腫瘍形成を引き起こす可能性があることや、コンタミネーションしたセロトニン作動性神経細胞が移植誘発性ジスキネジアを引き起こす可能性があることが示唆されていた。これらの有害な結果を避けるためには、ドナー細胞集団から不要な細胞を高精度に取り除くことが必要である。
※ジスキネジア:口や舌、手足などが自分の意志に反して動いてしまう不随意運動

Doiら2)は、脳中で発現しているCORINというタンパク質を利用して、ヒトiPS細胞から分化させたDA神経前駆細胞を選別、濃縮することに成功している。まず著書らは、既存の神経細胞分化プロトコルに、CHIR99021を加えるなどの改良を加え、iPS細胞をDA神経前駆細胞へ分化させている。続いて、分化させた細胞から蛍光活性化セルソーティングにより、CORIN陽性細胞の分離と濃縮を行った。選別したCORIN陽性細胞は未選別細胞と比較して、中脳マーカー (LMX1A, EN1) や底板マーカー (FOXA2) の発現レベルが高く、一方、後脳マーカー (GBX2) と前脳マーカー (SIX3) の発現レベルは低かったこと報告している。
次に、著書らは分化させたDA神経前駆細胞をPDモデルマウスに移植する実験を行っている。結果として、CORIN陽性細胞由来の移植片では、未選別細胞由来の移植片と比較して、DA神経細胞マーカー (TH) を発現する細胞がより多く生存し、神経突起の伸長を示していることが明らかとなった。さらに、CORIN陽性細胞を移植したPDモデルマウスは、運動能力の著しい回復が確認された。また、CORIN陽性細胞由来の移植片では増殖細胞が0.1%未満しか含まれておらず、腫瘍形成のリスクが低いことも示唆された。これらの結果を踏まえ、CORINの有無による選別が、DA神経細胞の選別に有用であると筆者らは結論づけている。
<論文内で使用されている低分子化合物で、富士フイルム和光純薬で取り扱いがあるもの : Y-27632, A83-01, CHIR99021 , Purmorphamine >

なお、京都大学の高橋氏は上記論文に続いて、iPS細胞から分化させたDA神経細胞が、非ヒト霊長類のPDモデルの脳内でもドーパミンを産生し、運動症状を改善することを確認3)。さらに、腫瘍形成性、毒性、生体内分布に関する安全性を前臨床試験で確認したのち、臨床試験へ進んでいる4-5)。 一連の実験、臨床試験で使用されたDA神経細胞は、上記論文で開発されたプロトコルを用いてiPS細胞よりDA神経細胞へ分化されている。

【ヒト肝芽オルガノイド】

オルガノイドは、幹細胞を任意の細胞へ分化させ、3次元で培養することで臓器の特徴を再現させた多細胞培養体である。作成したオルガノイドは、ヒトに移植する再生医療への利用や、新薬などのヒトへの効果を評価する「創薬研究」に利用されている。そのほか臓器の発達や病態生理学の研究への利用など、その有用性は多岐にわたる。一方、個々の臓器の本来の構造、特に組織特異的血管を忠実に模倣するように細胞を分化させていく作業には依然として大きな課題があるとされている。
Saikiら6)はiPS細胞から、推定肝類洞内皮前駆細胞 (iLSEP) 、そして肝類洞内皮細胞 (LSEC) へ分化させるプロトコルの開発に成功している。さらに、気液界面培養方法 (IMALI法) とよばれる筆者らが新たに開発した培養方法を用いることで、3つの肝芽前駆細胞とiLSEPから、多様な内皮サブセットを持つヒト肝芽オルガノイド (HLBO) へと自己組織化させることに成功している。自己組織化したHLBO内でiLSEPはiLSECへと分化し、LSECの特徴である凝固因子VIII (FVIII) の発現や多孔質構造を持つことを観察している。さらに、マウスへの移植実験により、HLBOが生体内で機能的な類洞様血管網を形成することも報告している。ここでは、scRNA-seqを行い、このHLBOに動脈様、静脈様、類洞様といった複数の血管内皮細胞が含まれること、また、時間が経過すると類洞内皮細胞が優勢に分化していくことを報告している。
また、肝臓の重要な役割として様々な凝固因子の合成と分泌が挙げられるため、筆者らはHLBOからの分泌タンパク質の凝固活性も調査している。HLBOは従来の肝臓オルガノイドモデルと比較してFVIIIの分泌レベルが有意に高く、30日の培養を通してFVIIIが産生されたと報告した。また、HLBOで産生された凝固因子は、in vitroで凝固因子欠乏血漿の凝固時間の短縮を可能にし、in vivoで血友病Aマウスの出血時間と出血量を減少させたと報告している。
今後、本研究により作成された肝臓オルガノイドを用いた血管構造の詳細な解析や薬物の動態解析、また血友病Aなどの血液凝固異常疾患の治療法の研究などが進むことが期待される。
※凝固因子VIII:肝臓で合成される血液凝固に関わるタンパク質であり、これが不足したり、欠損すると止血が正常に行われず血友病Aを発病する
<論文内で使用されている低分子化合物で、富士フイルム和光純薬で取り扱いがあるもの :CHIR99021, SB431542, Y-27632 >

【遺伝子導入を用いない細胞のリプログラミング】

近年の大きな革新として、山中因子を用いずにiPS細胞を作成する方法が考案されている。低分子化合物を用いた体細胞から多能性幹細胞へのリプログラミングや他の体細胞を直接分化させる技術がそれらに挙げられる。化学刺激によって体細胞からiPS細胞へリプログラミングされる細胞はCiPSC (Chemically Induced Pluripotent Stem Cells) と呼ばれ、外来遺伝子導入によるリスクを排除できることなどから注目を集めている7)

Liuyangら8)は、低分子化合物のスクリーニングと詳細な条件検討を行い、ヒト成人脂肪由来間質細胞をCiPS細胞の状態へリプログラミングすることに成功している。著者らが作成したプロトコルは3段階の培養で構成され、体細胞からステージIで上皮様細胞、ステージIIで中間可塑性細胞、ステージIIIで多能性を持つ初代ヒトCiPS細胞へ誘導する。各段階それぞれで10種類を超える低分子化合物を培地に添加した。このプロトコルは最短16日で完了し、論文ではテストしたドナー全て (n=17) からCiPS細胞の生成に成功したと報告している。また、リプログラミング効率は最大で31%で、平均9.5%であったと報告した。
著者らは、作製した細胞には、OCT4、SOX2,NANOGといった幹細胞マーカーが発現していること、また、全遺伝子発現パターン、全DNAメチル化、ヒストンの修飾が、ヒトES細胞と類似していることを確認している。さらに、in vitro胚様体形成アッセイおよびin vivo奇形形成アッセイでは、作製したCiPS細胞が3つの胚葉すべての代表的な細胞型に分化できたことから、本プロトコルで樹立されたCiPS細胞は、多能性幹細胞の基準を満たしていることが示された。
なお、著者らは別論文でCiPS細胞から膵島への分化を成功させている。さらに、分化させた膵島を用いた製剤で糖尿病治療の臨床試験へと進んでいる9)
<論文内で使用されている低分子化合物で、富士フイルム和光純薬で取り扱いがあるもの :CHIR99902, 616452, TTNPB, SAG, Dorsormorphin, 5-Azacytidine, PD0325901, SB590885 >

【チンパンジーからのナイーブiPS細胞樹立】

ナイーブiPS細胞は、再生医療等への応用が期待されているとともに、生殖細胞の発生やより初期の胚発生メカニズムを明らかにする目的のため、近年活発に研究が行われている (ナイーブiPS細胞については下記One pointにて詳述)。 ナイーブiPS細胞株は、ヒト、マウス、ラットなどから樹立されているが、これらの細胞株は種によって自己複製能や胚体外分化能が異なることが知られている。例えばマウスナイーブiPS細胞は胚体外組織への分化能を持たないが、ヒトナイーブiPS細胞は胚体外組織への分化が可能であり、この分化能がヒト特異的なのか、他の動物種にも見られるのかは不明とされていた。ナイーブiPS細胞の機構をより詳細に解析するため、新たな生物種のナイーブPS細胞の樹立が求められている。

Huangら10)は、ヒトナイーブiPS細胞の維持に重要な4つの因子MEK阻害剤:PD0325901、Wnt阻害剤:Xav939、PKC阻害剤;Go6983、LIFに加えて、Activin、IL6、PRC2 (ポリコーム抑制複合体2) 阻害剤を含む培地で培養することで、チンパンジーの体細胞から、ナイーブiPS細胞を安定的に維持培養することに成功したと報告した。作成されたナイーブiPS細胞は、ヒトナイーブiPS細胞と類似した遺伝子発現パターンを示し、さらに胚体外組織への分化能を持つことが明らかになった。さらに作成されたナイーブiPS細胞を分化させて胚盤胞モデル (ブラストイド) の作成にも成功したと報告している。 この発見により霊長類の初期発生過程の研究が進むことが見込まれるとともに、ヒトナイーブiPS細胞との比較により、生物の胚発生に関する新たな知見が得られることが期待される。
上記PRC2阻害が、チンパンジーナイーブiPS細胞の自己増殖能を向上させる効果があったことから、ヒトナイーブPS細胞におけるPRC2阻害の効果を調査したところ、PRC2の活性阻害は、ヒトのナイーブPS細胞の自己複製能も向上させた。さらに、PRC2を阻害することで、フィーダー細胞非存在化でもヒトナイーブiPS細胞の増殖することが確認された。これまでの知見として、ヒトナイーブiPS細胞の培養にはフィーダー細胞が必要とされており、これが無い場合、細胞の増殖が遅くなり最終的に停止することが一般的であった。また、PRC2阻害条件下で培養されたヒトナイーブiPS細胞の遺伝子発現プロファイルや分化能は、フィーダー細胞存在化で培養された場合と同等であるとのことであった。
<論文内で使用されている低分子化合物で、富士フイルム和光純薬で取り扱いがあるもの : PD0325901, XAV939, Go6983, Y-27632, A83-01, CHIR99021, Forskolin>

<One point:ナイーブ型とプライム型の多能性幹細胞>
ナイーブiPS細胞とプライムiPS細胞はどちらも多能性幹細胞であるが、分化・成熟の度合いや特徴の違いによって区別される。この2つの細胞は全く別の細胞というわけではなく、初期発生により近い状態を"ナイーブ型"とし、それより発生の進んだ時期の特徴をもつ状態を"プライム型"と呼んでいる。ナイーブiPS細胞は、プライムiPS細胞より高い自己複製能と多能性を持つことが知られている。ナイーブ型、プライム型は種間によって得られる細胞が異なることが知られており、マウスES細胞やマウスiPS細胞はナイーブ型であることに対して、ヒトES細胞やヒトiPS細胞は一般的にプライム型とされる。興味深い点は、ヒトES細胞が、マウスES細胞と同様に着床前の受精卵から樹立されたにもかかわらず、プライム型の特長を示すことである。
ナイーブ型PS細胞のより詳細な機構を明らかにするために、上記のように様々な種のナイーブ型iPS細胞を樹立し、その特徴や種間での差異を研究することが求められている。

参考文献

  1. Matsuo-Takasaki, M. et al.: eLife, 12, RP89724(2024).
    Complete suspension culture of human induced pluripotent stem cells supplemented with suppressors of spontaneous differentiation
  2. Doi, D. et al.: Stem Cell Reports, 2(3), 337(2014).
    Isolation of human induced pluripotent stem cell-derived dopaminergic progenitors by cell sorting for successful transplantation
  3. Kikuchi, T. et al.: Nature, 548(7669), 592(2017).
    Human iPS cell-derived dopaminergic neurons function in a primate Parkinson's disease model
  4. Sawamoto, N. et al.: Nature, 641(8064), 971(2025).
    Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson's disease
  5. Saiki, N. et al.: Biomed. Eng., 9(11), 1869(2025).
    Self-organization of sinusoidal vessels in pluripotent stem cell-derived human liver bud organoids
  6. Sen, C. K., Friday, A. J. and Roy, S.: Rev., 77(5), 100077(2025).
    Cell and tissue reprogramming: Unlocking a new era in medical drug discovery
  7. Liuyang, S. et al.: Cell Stem Cell, 30(4), 450.e9(2023).
    Highly efficient and rapid generation of human pluripotent stem cells by chemical reprogramming
  8. Wang, S. et al.: Cell, 187(22), 6152.e18(2024).
    Transplantation of chemically induced pluripotent stem-cell-derived islets under abdominal anterior rectus sheath in a type 1 diabetes patient
  9. Huang, T. et al.: Cell Stem Cell, 32(4), 627.e8(2025).
    Inhibition of PRC2 enables self-renewal of blastoid-competent naive pluripotent stem cells from chimpanzee

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