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【連載】フロー合成の魅力 ~安全・高効率なグリーンものづくりへ~ 第2回 フロー合成の基礎 ~要素技術と設計~

本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.4(2023年10月号)において、静岡大学グリーン科学技術研究所 間瀬 暢之様に執筆いただいたものです。

第1回目において、フロー合成の魅力 ~なぜフロー合成?~について解説した。遠い存在だったフロー合成を身近に感じてもらえただろうか? 今回、実際にフロー合成を導入するために、フロー合成の基礎 ~要素技術と設計~について紹介する。

フロー合成を始めるために必要な準備

フロー合成に関する学術論文、書籍、特許、参考書など、学べる資料は数多くある。これらの中でも特におすすめの書籍は「有機合成のためのフロー化学(東京化学同人)」1)である。本書にはフロー化学の基礎、触媒反応、光化学反応、電気化学反応、フロー精密合成、連続生産社会実装、実験手順などが載っており、フロー化学のトピックスが網羅的に説明されている。また、オープンアクセスの「How to approach flow chemistry」2)やレジェンド論文の「The Hitchhiker's Guide to Flow Chemistry parallel」3)も併せて、ぜひ、ご一読していただきたい。

フロー合成を実践するには、以下の学問分野の知識が必要とされる。有機化学(分子の設計や合成技術の理解)、分析化学(反応生成物や中間体の評価技術の理解)、物理化学(反応機構や反応速度の理解)、プロセス化学・化学工学(フロー反応容器の設計と最適化)などである。また、統計学やデータサイエンスの知識も有用である。なぜならフロー合成では連続的なデータ収集が可能であり、これらのデータを分析することで、より効率的なフロー合成手法を開発できるからである4)

次に、フロー合成を制御し、実践するには、装置の設計についての詳細な知識が求められる。これらはマイクロ流体力学や熱力学、物質輸送理論といった基本理論に基づいている。これらの理論の理解は、装置の効率的な使用と反応条件の最適化に寄与する。

最後に、化学反応の安全性についての知識が必要である。これには発熱量や圧力上昇を予測する技術が含まれる。これらの情報は、反応の安全な進行を確保し、過熱や過圧などの予期せぬ事態を避けるために重要である。

フロー合成で用いられる装置

フロー合成で使用される主な装置として、ポンプ、ミキサー、フロー反応容器、背圧弁などがある(図1左)。

図1.フロー合成用装置の概要(左)と多相系のフローパターン(右)

これらの装置は流量、温度、圧力の精密な制御を可能にし、所望の化学反応を効率的かつ精度高く実行できる。
研究室で扱うことができるサイズのフロー合成システムは、海外メーカーのVapourtec社、Syrris社、UNIQSIS社、Thales-Nano社、Corning社、国内メーカーのYMC社、EYELA社、中村超硬社、サイダ・FDS社、DFC社などから購入可能である。しかし、これらのシステムの導入にはコストが必要で、特に地方大学などの予算に制約のある研究者にとっては負担となり得る。そのため、初めてフロー合成に取り組む際は、シンプルな構成の装置で基本的な反応を試すことから始め、結果と経験を積み重ねていくことを推奨する。また、フロー合成システムを保有する研究者と共同研究を推進することも1つの方法である。これにより、フロー合成の専門知識を持つ研究者との協働を通じて、自身の研究を深めることができる。

本稿では、断りがない限り、研究室レベルから始められる手法に重点を置いて紹介する。したがって、大規模な連続合成(例えば年産数千トンを目指すなど)を計画する場合は、さらなる詳細な情報や指導が必要となるので、専門書を参照することを推奨する。

フロー合成用ポンプとミキサー

図1左にフロー合成用装置の基本構成を示す。初めてフロー合成に取り組む際や、高精度に実験をしたい場合、コストパフォーマンスが高いシリンジポンプの使用を推奨する。ただし、試薬量がシリンジ容量に依存するため、連続的な試液の送液には工夫が必要であり、例えば、複数のシリンジポンプを用いて連続化をする必要がある。連続送液する場合、耐薬品性を考慮するとHPLCポンプ(フロム社製など)が好ましい選択となる。また、取り扱いが容易なダイヤフラムポンプ(タクミナ社製など)もお勧めである。いずれの連続型ポンプを選択する場合でも、流路やプランジャヘッドの洗浄などのメンテナンスが必要になるため、機械いじりが得意な研究者にその役割を割り当てるのが無難である。

続いて、2液以上を反応させる際にはミキサーが必要である。T型、Y型、クロス型など、反応に適したタイプのミキサーを選択する5)。特に不均一系の反応では、混合効率が反応速度に大きく影響する。したがって、反応に最適な混合方法を特定するために、形状や内部流路の内径などが異なる複数のミキサーを準備し、適切に選択することが重要である。

フロー合成用反応容器の選択と活用

化学反応の種類は非常に多岐にわたるため、それに応じてフロー合成用の反応容器を適切に選択することが重要である6)。例えば、マイクロチャネル(マックエンジニアリング社など)は、ディーン流れを主とした物質混合と、高い表面積対体積比による優れた熱移動に特長がある。さらに複数のマイクロチャネル反応容器を連結すれば、大量の有用物質を生産できる。ただし、それぞれの反応容器が一貫したパフォーマンスを保つには、精密な制御と高度なエンジニアリングが必要である。また、マイクロ流路であるため、化合物が結晶化しやすい反応の場合には、目詰まりが問題となる。

一方、反応容器として直接チューブを使用する方法もあり、これは通常、コイルリアクターと呼ばれる。入手容易性が高く、コイル化によりディーン流れを利用した混合も期待できるため、初めてフロー合成に取り組む際には、この方式を採用することを勧める。

また、固体触媒を用いる不均一系反応では、Packed-bed反応容器として触媒を詰め込んだカラムを利用する。市販の触媒や自作の触媒を詰め込むことで、多種多様な反応に適応できる。触媒のろ過も不要であり、超高活性な固体触媒の開発により、フロー合成手法の社会実装が大きく進展する。

いずれの反応容器を選択する場合でも、背圧弁を使用して反応系を加圧し、気体の溶解度を高めたり、試薬や溶媒の沸点以上の反応を実施したりできる。バッチ反応で圧力を変更するには耐圧反応容器が必要となるが、フロー合成システムでは、任意の圧力で容易に実験することができる。なお、小型の背圧弁は、DFC社やフロム社から購入できる。

多相系フロー合成における流れ

均一反応の場合、バッチ系でもフロー系でも、各試薬が混ざり合って均一になれば均一流となり(図1右)、その後の撹拌効率の相対的重要性は低下する。一方で、気体、液体、固体が組み合わさる多相系反応では、界面での物質移動が鍵となり、ミキサーの選択と配置は反応効率に大きく影響を及ぼす。例えば、気液反応では、気体の流量によって気液二相流の状況が大きく変わる(図1右)。ここで考えられる流れのパターンには、気泡流(連続した液相中に小さな気泡が分散する流れ)、スラグ流(気液が交互に流れる流れ)、チャーン流(気体スラグが伸長し、その界面が脈動する流れ)、環状流(管壁に液膜が、中心部に気相が存在する流れ)などがある7)。これらの流れを大きな反応容器内で制御することは困難であるが、配管内での制御が可能なフロー手法は、多相系反応においても大きな利点となる。

さらに、気液固反応の場合、壁近傍や触媒充填の不均一な空間に由来する偏流(チャネリング)を制御することが必要である。この問題は、ハニカム構造のモノリス触媒(図1左)を活用することで回避できる可能性があり、キャタラー社などが研究開発に取り組んでいる。ミキサーと触媒機能を併せ持つことで、装置のコンパクト化にも貢献する技術となる。

フロー合成システムのオプション

フロー合成を行う最低限の設備としては、ポンプ、ミキサー、反応容器、背圧弁が挙げられる。しかし、さらに効率的にフロー反応を進行させるためには、オプションを考慮することが有益である。例えば、連続して別のサンプルを注入することにより基質や試薬の最適化をしたい場合、オートサンプラーを用いることで簡便化できる。また、溶媒などを検討したい場合、切り替えバルブを導入する。さらに、反応温度を精密に制御したい場合、または、グラジエント昇温したい場合、ヒーターやクーラーを設置する。また、反応を促進するために、熱、光、電気、マイクロ波、超音波など多くの外部刺激技術を導入することができる。

反応後の後処理プロセスでも、さまざまなオプションが存在する。例えば、プロセス分析技術(PAT:Process Analytical Technology)を駆使することで、反応の進行度合いや中間体の検出が可能である。IR(メトラー・トレド社など)、NIR(ビートセンシング社など)、NMR(Magritek社など)は高い汎用性を有し、一度に多くの情報を得られる。また、既存のHPLCの検出器(紫外可視吸光度、PDA、蛍光、示差屈折率、円二色性、旋光度)を活用することも可能で、HPLCシステムを利用することは現実的な選択肢となる。

反応と解析を連続的に実施しても、生成物の精製を連続的に実施できなければ、反応溶液が溜まっていく一方である。反応停止剤に水を用いた場合、非混和性の液-液抽出が必要になる。分液ロートを駆使して、連続的に抽出することも可能であるが、ミキサーセトラー(マックエンジニアリング社など)や膜分離法(Zaiput Flow Technologies社など)により、連続的に有機相と水相を分離できる。

研究室で生産まで検討することは稀であるため、連続晶析装置の小型化はあまり進んでいない。しかし、iFactory社(異業種8社と1機関の連携)は晶析から袋詰めまでのプロセスを連続化する技術を開発しており、商用生産への展開が推進されている。

フロー合成を始めてみよう

フロー合成への取り組み方法は多岐にわたるが、まず必要な装置を自作するアプローチが1つの手段であり、最終的に応用が利くようになる。これまでも紹介したように、日本国内では、フロー合成システム構築に必要な多くのパーツを手に入れることができる。最小構成ならば、30万円程度で装置をそろえられる(例.YMC社製KeyChemスタンダードシステム)。また、既存の分析装置の活用も考慮するのが良い。HPLCやGCのシステムは、フロー合成システムと基本構造が同じで、精密な流量制御や検出能力が求められるフロー合成において非常に有用である。研究室で眠っている状態のHPLC装置などがあるならば、それらを再活用する絶好の機会と言える。

既存の装置をカスタマイズすることで、各自の研究に最適なフロー合成システムを構築できる。静岡大学 間瀬研究室で実際に稼働しているフローシステムについて紹介する(図2)。

図2.静岡大学 間瀬研究室で自作、または改良したフロー装置

まず、反応温度を精密に制御するために、HPLC用(室温~80℃)とGC用(室温~300℃)のカラムオーブンを取り付け、伝熱フローシステムを構築した(図2左)。オートサンプラーと切り替えバルブの追加により、ハイスループット実験が可能となった。反応の進行状況はIRとNIRでインライン解析し、フラクションコレクターでサンプルを回収する。写真からもわかるように、インライン解析と切り替えバルブ以外は、研究室にあった装置を有効活用してシステムを構築した。HPLCシステムを用いることで、流量や温度、サンプルの導入やバルブの切り替えをパソコンから制御できる。ただし、異なるメーカーのGCオーブン、フラクションコレクター、熱電対などは別途制御が必要で、これにはシステムエンジニアの協力や通信の標準化(OPC Unified Architecture(OPC UA)など)の推進が必要である。

また、ヒーター以外の熱源として省電力化や特殊効果が期待できるマイクロ波が注目されている8)。そのフロー化は難航したが、近年の技術進歩によりフロー装置(サイダ・FDS社製)が開発され、デスクトップでマイクロ波フロー合成が可能となった。更なる装置の追加により、グラジエントフローやその他高度なフロー合成も可能となり、デスクトップで月産1トンの合成が視野に入ってきた(図2中)。

さらに、これまで存在しなかったフロー装置を自分たちで作り上げることもできる(図2右)。例えば、気相が関与する多相系反応に、ファインバブルを導入することで反応効率を向上できる。ファインバブル発生機構をフローシステムに組み込むことで、水素化反応などの効率化が達成された9)

今回はフロー合成の基礎 ~要素技術と設計~について概観したが、これまでフロー合成は難しそうと感じていた方も、以上の例からもわかるように、既存の装置を活用したり、改良したり、自分たちでシステムを構築したりすることで、フロー合成を実行できると感じていただけたのではないだろうか。遠い存在だったフロー合成が、もしかしたら、明日からでも始められるかもと思っていただけたのではないだろうか? それがフロー合成の一般化につながるので、ぜひ、挑戦していただきたい10)。次回は、フロー合成の実践と学術・産業への応用について紹介する。お楽しみに。

参考文献

  1. 小林修,小野澤俊也:「有機合成のためのフロー化学」(東京化学同人) (2020).
  2. Guidi, M. et al. : Chem. Soc. Rev., 49 (24), 8910 (2020).
  3. Plutschack, M. B. et al. : Chem. Rev., 117 (18), 11796 (2017).
  4. Epps, R. W. et al. : Chem. Sci., 12 (17), 6025 (2021).
  5. Lee, C.-Y. et al. : Chem. Eng. J., 288, 146 (2016).
  6. Thorat, S. et al. : Res. Rev. : J. Chem., 11 (7), 1 (2022).
  7. Wu, B. et al. : Chem. Eng. J., 326, 350 (2017).
  8. Sajiki, H. : Chem. Rec., 19 (1), 2 (2019).
  9. Iio, T. et al. : Synlett, 31 (19), 1919 (2020).
  10. Hone, C. A. and Kappe, C. O. : Chem. Methods, 1 (11), 454 (2021).

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