【連載】LC-MS分析 −測定原理から様々な分野での活用例− 第1回 LC-MSの基礎とLCMS-2050の特長
本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.4(2023年10月号)において、株式会社島津製作所 分析計測事業部 小寺澤 功明様に執筆いただいたものです。
シリーズ開始にあたって
LC-MSは、食品・環境・バイオ・生体など幅広い分野で、高精度な分析機器として急速に普及が進んでいます。また、昨今のヘリウム不足に伴う代替法への切り替えや、検体の多様化・極微量化による装置高精度化の流れに伴い、LC-MSの更なる活躍が期待されています。試薬においても、微量不純物を低減させるなどしたLC-MS分析に適した溶媒が開発されています。
本シリーズでは、LC-MSの基礎から、様々な分野におけるLC-MSの活用例を第一線の研究者の方々にご紹介いただきます。本連載が読者の皆様のご研究の一助になりましたら幸いです。
1.はじめに
質量分析計(Mass Spectrometer, MS)とは、化合物をイオン化させ、その質量と電荷の比(m/z)を測定する装置です。検出できる質量と電荷の比を走査することで質量情報(マススペクトル)を得ることもできます。液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography, LC)とMSを直列に接続すると、LCとMSの長所を組み合わせた効果的な分析が可能であり、この構成のために設計された質量分析計をLC-MSと呼びます。
LC-MSを用いた分析では、LCによる化合物の溶出に合わせて、マススペクトルを数百ミリ秒程度の間隔ごとに取得します。取得されたデータの表示方法として、測定された全イオンの強度の合算値をLCの保持時間に対してプロットしたTICクロマトグラム(Total Ion Current Chromatogram, TICC)と、特定のm/zのイオンの強度をプロットしたマスクロマトグラム(Mass Chromatogram, MC)があります。Fig.1にMS検出によるクロマトグラム、MSスペクトルの例を示します。
LC単独では、保持時間の近い成分はピークが重なった形で検出されてしまい、正確な分析の妨げになりますが、LC-MSでは分子量に応じたマスクロマトグラムを描画することにより、別々のピークとして分離検出されます。これは食品や生体試料など複雑性の高い試料に含まれる特定の化合物を分析したいときに特に役立ちます。カラムによる分離が不完全でも分析を成立させやすいため、分析メソッド開発の省力化や、高速化も可能です。
2.質量分析計の原理
質量分析計の原理概要
質量分析計は化合物をイオン化し、特殊な電場の中を通過させることにより、イオンのm/zに応じて分離検出する装置です。装置は主にイオン化部と質量分離部、イオン検出部の3つで構成されます。
イオン化部
LC-MSでは、最初にカラムからの溶出液を噴霧し化合物をイオン化させる必要があります。このイオン化には、主にエレクトロスプレーイオン化法(Electrospray Ionization, ESI)および大気圧化学イオン化法(Atmospheric Pressure Chemical Ionization, APCI)と呼ばれる2種類のイオン化法が使われています。これらは、イオン化に伴うエネルギーの授受が少ないのが特長で、分子を壊さずにイオン化させられる「ソフトイオン化法」に分類されます。観測されるイオンから化合物の分子量情報が容易に得られます。
ESIでは、カラムからの溶出液に高電圧を印加し帯電液滴を生成します。帯電により生じる静電気的な反発力が、より小さな液滴への分裂、さらには脱溶媒を加速させ、最終的に化合物に電荷が付与したイオンが気相に放出されます。ネブライザーガスと呼ばれるガスを噴霧すると、LCの送液流量が高い場合においても効率的に脱溶媒・イオン化を行うことができます。
APCIでは、カラムからの溶出液をネブライザーガスおよび高温により気化させてから、高電圧が印加されたニードルから生じるコロナ放電によりイオンを生成します。分析対象の化合物が直接イオン化しにくい場合においても、イオン化した溶媒との相互作用を通じて化学的にイオン化させることができます。
これらイオン化法の模式図をFig.2に示しました。
このイオン化部については、化合物をイオン化させられるかどうかに関係するため、対象となる化合物に合わせて選択する必要があります。ESIとAPCIのイオン化可能な化合物の傾向についてFig.3に示しました。
質量分離部・イオン検出部
m/zが異なるイオンは、電場・磁場の中での振る舞いが少しずつ異なります。質量分離部では、この振る舞いの違いを利用してイオンの分離を行います。イオン分離の技術には様々ありますが、最も汎用的なものの1つが、四重極型です。四重極は4本のロッドで構成されており、向かい合った2本のロッドに同一の高周波電圧を与えています。イオンはこの四重極の間の空間に導入され、ロッドに与えられた電場によって振動しながら通過します。この時、電圧に応じて安定して通過するイオンの質量電荷比が変化します。つまり、電圧を調整することで、通過させるイオンを選択することができます(Fig.4)。
ロッドに印加する電圧を特定の値に固定すると、対応したm/zのイオンのみを高感度に検出できます(Selected Ion Monitoring, SIMモード)。電圧を走査すると、幅広いm/zに対してスキャンする動作となり、これによりマススペクトルを得ることが可能です(スキャンモード)。
この正確な電圧制御によって四重極ロッドの間を通過できたイオンのみがイオン検出部にて検出されることとなります。 質量分離部には、四重極型以外にも飛行時間型、イオントラップ型など様々な質量分離部が存在します。この質量分離部の型によって、得られる質量の精度や分解能などが変わるため、分析の目的に合わせて選択する必要があります。
タンデム質量分析(MS/MS)
タンデム質量分析とは、m/zで分離されたイオンを続けて別の質量分離部で分離する手法のことを指します。シングル質量分析では、バックグラウンドイオンが存在した場合などに分析対象成分の検出や定量が難しくなる場合があります。タンデム質量分析を用いるとさらに選択的に分離・検出することが可能となるため、より高感度に測定することが可能となります。
一例としてトリプル四重極型質量分析計があります。トリプル四重極型質量分析計では、1つ目の四重極でイオンを分離した後、2つの四重極内でイオンをコリジョンガスと衝突させるなどして分解し、その分解されたイオンを3つ目の四重極で再度分離します。本手法を用いることで、夾雑成分の影響を低減し高感度に分析することが可能となります。
また、その他の組み合わせとして四重極型と飛行時間型を組み合わせた質量分析計などもあり、それぞれの質量分離部の特性を生かした分析が可能となります。
LC-MSの留意点
イオン化部にて移動相を噴霧し揮発させることから、不揮発性の塩を含む移動相は使用できないという制約があります。カラムによる分離を行う際pH調整が非常に重要なため、リン酸やクエン酸緩衝液などが良く用いられています。しかし、このような不揮発性塩は微細液滴の生成・脱溶媒の効率を著しく損なうため、使用できません。ギ酸、酢酸、ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウムなどの揮発性の塩を用いるのが一般的です。
また、移動相に使用する溶媒のグレードにも注意が必要です。移動相に使用する水や有機溶媒の純度が低いとノイズが大きくなります。水やギ酸、アセトニトリルやメタノールなどの試薬は、LC-MSグレード以上のものを使用することが推奨されます。
3.新しい小型シングル四重極質量分析計LCMS-2050
LC検出器としての使いやすさ
LCMS-2050は、NexeraTMシリーズと完全統合されたデザインであり操作性もLCユーザーにやさしく、LC検出器として容易に扱うことが可能な質量分析計です。他のLCユニットと同サイズで、システム内に組み込むことができます。LCMS-2050は真空起動後から6分で分析開始することができるため、LCのセットアップ中に分析準備を完了することができます。
また、LCと同じ制御用ソフトウェアLabSolutionsTMで操作・データ解析することが可能です。測定時間・質量範囲・サンプリングレートのみ設定すればLC/MS分析できますので、測定時間・波長範囲・サンプリングレートを設定するPDA検出器と同じ感覚で使用できます。
LCMS-2050は、前面にイオン化部を有し、内部に質量分離部、イオン検出部を有します(Fig.5)。
イオン化部では、装置状態を維持するために感度調整、分解能調整、質量校正を自動で行うオートチューニング用のイオン化ユニットも配置されています。配管を交換することなく装置調整が可能であり、いつも最適な装置状態で使用することが可能です。
幅広いイオン化
LCMS-2050ではESIとAPCIの機能を兼ね備えたイオン化部(Dual Ion Source, DUIS)が採用されています。従来ESIとAPCIの使い分けが求められていたところを、島津の独自技術であるDUISにより、一度の分析で幅広い化合物を測定することが可能になりました。LCMS-2050のイオン化部の模式図を示します(Fig.6)。
ESIとDUISで測定した2つの化合物のマスクロマトグラムをFig.7に示します。
シメトリンはESIで感度よく検出されますが、キントゼンは低極性化合物でESIでは検出できません。DUISで測定した場合、いずれの化合物も感度よく検出することができました。
優れた長期安定性・堅牢性
データ採取の高速性
クロマトグラムを正しく測定するためには1ピーク当たり十分なデータポイント数が必要で、通常10~20点が求められます。データポイント数が不足すると、ピーク本来の形状を再現できなくなるため、定量結果のばらつきにつながります。再現性の高い測定を行うためには、データ採取を高速化しサイクルタイムを短くする必要があります(Fig.8)。
LC-MSでのサイクルタイム短縮に最も寄与するのは、幅広い質量幅を短時間でスキャンする能力(高速スキャン性能)です。正イオンおよび負イオンのどちらも測定する場合には、正と負のイオン化モードの切り替えを短時間で行うことも求められます。LCMS-2050ではUFscanningTMおよびUFswitchingTM技術の採用により、同型のLC-MSでは世界最高速となる15,000 u/secの高速スキャンおよび10 msecの正・負イオン化モード切り替え時間を実現しました。UFMS(Ultra Fast Mass Spectrometry)シリーズを通じて島津が培ってきた高電圧を高速正確に制御する技術が、小型LC-MSでも発揮されています。
高感度と優れたダイナミックレンジ
一般的に質量分析計は高感度測定が可能ですが、LCMS-2050は、小型ながらも期待を裏切らない感度性能を有しています。Reserpineを用いた感度試験では、1 pgの測定で良好な面積値再現性が得られました (Fig.9)。
さらに、0.1-1,000 pg(4桁)もの幅広いダイナミックレンジでの定量分析が可能です(Fig.10)。
LC/MS測定において、装置の安定性、堅牢性は非常に重要です。ピーク強度や質量精度が長時間安定していることが、ユーザビリティおよび生産性向上に直結します。
LCMS-2050の堅牢性を評価するための加速試験として、3,000 ng/μLの溶液を1μLずつ、連続で10,000回注入しました。これは、1,000 ng/μLの試料を日常的に分析する使用環境における15ヶ月稼働分に相当します(100分析/日、20日/月稼働)。加速試験中、一定注入ごとに10 ng/μLのプロプラノロールを測定することで、装置汚染に対するピーク面積値の安定性を評価しました。
その結果、スキャンモードで測定した時のピーク面積値%RSDが8.5%と良好な結果が得られました。
LCMS-2050は堅牢な分析を可能とするために3つの汚れ防止対策を実施しています。 イオンの取り込み口を大きくしながら装置内部の真空を維持できるよう最適化された真空排気システム(特許技術)により、詰まりにくい設計となっています。
Heated ESIガスにより汚れ成分を揮発させ除去します。さらに、イオン取り込み口の上側に向けて吹き付けることで、イオン化は促進しながら汚れ成分はMS真空内部に入らない構造となっています(特許申請中)。
高濃度サンプルや夾雑成分が多いサンプルを分析した場合などに大量のイオンが質量分析部に導入されると、精密な部品である四重極ロッドに汚れが発生することがあります。このような状態ではイオンが四重極ロッドに停滞し感度低下を引き起こします。LCMS-2050では、四重極ロッドに印加する電圧をコントロールすることで滞留したイオンを取り除きます。これにより、汚れに強い安定した分析が可能となっています。
また、万一イオン取り込み口が詰まった場合でも、真空を停止することなくイオン取り込み部品の交換が可能なため、装置のダウンタイムを最小限にすることが可能です。
4.最後に
LC-MSは、LCに質量情報を加えることで更なる分離・精度の高い同定・高感度検出を可能とする非常に重要で価値のあるツールです。そのLC-MSの中でもLCMS-2050は、LC検出器としての使いやすさとMSの優れた能力をかけ合わせて「使いやすさ」「基本性能の高さ」「コンパクトさ」の全てを兼ね備えたシングル四重極質量分析計です。LC-MSを使用するハードルを下げつつMSとしての分析を可能にするため、様々なユーザーの方々にスムーズにお使いいただけて、創薬の合成確認や不純物解析、食品中の機能性成分測定、化学材料の成分評価など広い用途・分野において活躍し、新たな技術や製品の創出に寄与することを期待します。
LCMS-2050に関するお問い合わせは、最寄の株式会社島津製作所の営業拠点にご相談ください。