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【総説】炎症時におけるミクログリアのダイナミクス

本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.4(2023年10月号)において、京都工芸繊維大学 応用生物学系 宮田 清司様に執筆いただいたものです。

はじめに

グリア細胞の一種であるミクログリアは、中枢神経系に存在する常在性マクロファージで、齧歯類の脳では細胞の5〜12%の比率で存在しています。ミクログリアは、感染や損傷による炎症時に活性化されることから、中枢神経系の免疫担当細胞と言われています。しかし、最近の研究では、ミクログリアは正常条件下でも細胞質突起により周囲の微小環境を感知し中枢神経系の機能と恒常性を制御していることが明らかになっています1)。具体的には、ミクログリアは神経新生やオリゴデンドロジェネシスなどの細胞新生及びシナプスの刈り込みに関与しています2)。一方、病原体、毒素、または機械的損傷、放射線被曝、自己免疫などにより生じる脳恒常性の異変を検出し、炎症性サイトカイン(IL-1やIL-6,TNF-α)の発現を増加させ、アポトーシスまたは病原体の食作用を促進させます3)。また、ミクログリアは抗炎症性サイトカイン(IL-10やTGF-β)の発現も増加させ、炎症症状を抑制することで免疫反応が過剰にならないようにしています。しかし、これら炎症性と抗炎症性のサイトカインのバランスが崩れるとサイトカインストームが生じ、炎症が急激に悪化します。末梢に存在するマクロファージは、主に培養系の研究により炎症機能を担うM1タイプ(CD16/32やCD86陽性)と抗炎症機能を有するM2タイプ(CD206やYm1陽性)に分類されていますが、この概念が動物生体レベルでの中枢神経系ミクログリアに当てはまるかについては疑問も呈されています4)。実際に、微生物内で保存されている分子モチーフである病原体関連分子パターンの投与による神経炎症時において、ミクログリアのM1/M2タンパク質発現はほとんど認められません。

ミクログリアは、炎症などによる活性化に伴いサイトカイン産生やM1/M2タンパク質発現の増加だけでなく、顕著な形態変化を起こすことが報告されています。生理的に正常条件下では、ミクログリアは小さな細胞体と多数の長い細胞質突起を樹状に伸ばしたramified型の形態を示しますが、活性化すると細胞質突起が退縮し細胞体が肥大化したamoeboid型の形態に変化します5)。ミクログリアのamoeboid型への形態変化は、脳卒中、脳損傷、アルツハイマー病などの重度の病的条件下で引き起こされることが知られています1)。さらに、グラム陰性菌由来のエンドトキシンであるリポ多糖類(LPS)の末梢投与も、ramified型からamoeboid型への形態変化を誘導します5)。LPSは、神経炎症の実験動物モデルで最も一般的に使用されている病原体関連分子パターンで、自然免疫系の認識受容体であるToll様受容体4(TLR4)によって特異的に認識され、遺伝子発現に影響を与えます。よって、神経炎症によるミクログリアの形態変化は、遺伝子レベルの発現変化と連動して起きる特徴と考えられます。

TLR4リガンドLPSの神経炎症に伴うミクログリア増殖

成体の齧歯類及びヒト脳のミクログリアは、比較的長寿命の細胞であり、その密度は生理的に正常状態では安定しています6)。ミクログリアの自己複製は、生涯で数回程度生じ、増殖とアポトーシスの空間的及び時間的調整によって維持されています6)。一方、ミクログリア集団は、脳卒中、脳損傷、アルツハイマー病、多発性硬化症、プリオン病などの重度の脳疾病条件下でミクログリア増殖と骨髄由来のマクロファージの浸潤によって増加することが報告されています7)。しかし、高用量(1 mg/kg)LPSを3連投してもマウスの大脳皮質でミクログリア増殖が変化しないことから、ミクログリア増殖は、神経細胞死を伴う重度の神経変性疾患に特異的に生じると考えられてきました。しかし、筆者らはTLR4リガンドであるLPSにより生じる神経炎症において、多くの脳部位でミクログリア密度が一過的に増加することを証明しました8, 9)。低用量(100 μg/kg)LPSの単回末梢投与は、マウスにおいて発熱を誘起する軽度の神経炎症刺激ですが、視床下部、延髄などの広い脳領域でミクログリア増殖を引き起こします。ミクログリア増殖は、特に脳室周囲器官とその周辺脳部位で顕著に観察されました8)。脳室周囲器官とは、脳幹にある終板脈管器官、脳弓下器官、正中隆起、最後野などの血液脳関門を欠く脳領域の総称です。これらの脳部位は、血液由来の炎症性サイトカイン及び病原体関連分子パターンを介して脳に炎症情報を伝達するための受け渡し経路の中継点と考えられています9, 10)。さらに、高用量(1 mg/kg)のLPS投与は、大脳、海馬などを除くほぼすべての脳部位で、ミクログリア増殖を誘発しました8)。ミクログリア増殖は、LPS投与後24〜72時間の間に生じ、ミクログリア密度が増加しますが、投与後3週間以内に正常密度に戻ることより、一過性の増加であることが分かりました。ミクログリアの増殖は、様々なLPSセロタイプ、Toll様受容体2(TLR2)リガンドzymosanや炎症メディエーターであるプロスタグランジンE2(PGE2)によっても生じました11)。よって、ミクログリア増殖は感染に伴う神経炎症下で普遍的に生じるものであり、ミクログリア密度は容易に変化することが明らかになりました。

Beneficial or harmful

高用量(5 mg/kg)LPS投与は、マウスの体重、摂食量、行動量などに顕著な低下を起こし敗血症状態を生じますが、ミクログリア増殖を増殖阻害剤により特異的に抑制すると、このような敗血症のsickness responseを悪化させることが分かりました11)。このことは、ミクログリア増殖による密度増加は感染による神経炎症の急性期ダメージを緩和していることを示しています。コロニー刺激因子1受容体(CSF1R)阻害薬は、ミクログリア増殖を顕著に抑制するだけでなく、99%以上のミクログリアを除去することが可能です12)。CSF1R阻害薬によるミクログリアの除去は、脳卒中や脊髄損傷モデルマウスにおいて、急性期の神経細胞死を増加させることが報告されています 13, 14) 。よって、急性期の炎症におけるミクログリアの活性化や密度増加は、神経炎症によるダメージを抑制し、神経機能を保護するbeneficialな機能を有すると考えられます。慢性的ストレスや自然免疫系のTLR2/TLR4を介して生じる炎症性サイトカインの発現誘導とミクログリア活性化は、神経細胞の応答性減弱とうつ様行動を誘導することが報告されています15,16)。以上のように、ミクログリア密度は、正常状態では一定ですが、感染による炎症によっても増加することが明らかになりました。ミクログリアは、感染急性期にはbeneficialに働きますが、逆に慢性期にはharmfulに働き精神疾患発症と関連している可能性があり、今後の解明が期待されます。

ミクログリアは脳の神経炎症における主役か?

Bruce Beutlerは、1998年にTLR4がLPSを認識する受容体であることを発見し、2011年ノーベル賞を受賞しました。活性化されたTLR4は、細胞内シグナル伝達経路を介して、転写因子であるNF-κBやIRFを活性化し、様々なサイトカイン発現を誘導し炎症を促進します。これら一連の研究は、自然免疫という新しい概念を創出し、炎症発症のメカニズム解明に大きな貢献をしました。

TLR2やTLR4は末梢マクロファージや樹状細胞に発現していることより、脳においても、マクロファージ系のミクログリアに発現していると思われています。しかし、生理的に正常な条件下のマウス脳では、TLR2やTLR4のmRNA発現は、他の脳部位に比べ脳室周囲器官において顕著に高いことが報告されています9)。さらに、TLR2が脳室周囲器官のミクログリアに顕著に発現しているのに対して17)、TLR4はアストロサイトと上衣細胞に存在していることが、免疫組織化学により解明されています18)。LPSの末梢投与は、脳室周囲器官のアストロサイトと上衣細胞及び脳全域の血管内皮細胞において、TLR4の下流にあるNF-κBシグナルを活性化します18)。一方、グラム陽性菌由来のリポタンパク質断片であるPam3CSK4や酵母由来のzymosanなどのTLR2リガンドの末梢投与は、脳室周囲器官のミクログリアにNF-κBシグナルを誘起します18,19)。末梢の炎症情報がサイトカインを介して中枢神経系を活性化しているならば、同じ細胞タイプが活性化されるように思われますが、TLR2とTLR4のリガンドにより異なるタイプの細胞が活性化されることは興味深い事実です9)。また、TLR2とTLR4の発現細胞とNF-κBシグナル活性化細胞のタイプが同じであることは、脳のTLR2とTLR4がリガンドを直接受容する可能性も示唆されます。TLR2あるいはTLR4リガンドを脳室内投与することによってもNF-κBシグナル活性化が、それぞれミクログリアとアストロサイトに生じます。TLR4リガンドLPS及びTLR2リガンドzymosanは、脳室周囲器官の有窓性毛細血管を介して、実質に到達することが示されています19,20)。病原体関連分子パターンは、比較的高分子量の分子が多いのですが、病原体が有する無数の分子の中から、ある特定の分子のみがTLR2やTLR4により認識されています。筆者は、病原体関連分子パターンは、量的に多いだけでなく、トランスポーターなどにより生体の深部まで運ばれやすい性質であることがTLRsリガンドの条件として必須ではないかと推測しています。

clodronate liposomeの脳室内投与によるミクログリア除去は、低用量(100 μg/kg)のLPS投与により誘導される発熱を増強することが報告されています21)。また、CSF1R阻害薬によりミクログリアを除去しても、比較的高用量(0.5 mg/kg)のLPS投与によるsickness responseには影響がないことも報告されています22)。一方、clodronate liposomeによるミクログリア除去は、TLR2リガンドzymosanによる体温低下を抑制します19)。以上の結果は、作用する病原体関連分子パターンの種類により、ミクログリアの機能が違うことを示唆しています。

ごく最近、Osterhoutらは、LPSによる脳内の神経炎症経路について新しい仮説を提唱しました23)。彼らの仮説によると、まず脳への炎症情報は血管内皮細胞や脳室に面する上衣細胞、脳室周囲器官で情報が受容され、サイトカイン、ケモカインやPGE2などのメディエーターを介してアストロサイトやミクログリアを活性化する。その後、これらの情報が神経系に伝達・統合され、体温変化やsickness responseなどが引き起こされると考えられているようです。以上より、ミクログリアは、脳血管系、上衣細胞、脳室周囲器官、アストロサイトのネットワークの一環として機能することで神経炎症を引き起こしていることが分かります。しかし、炎症時におけるミクログリアの機能は、病原体関連分子パターンの種類、あるいは急性期と慢性期などの時期により異なり多様な側面があることも明らかになりつつあります。

最後に

人類は、ウイルスや細菌感染による炎症発症機構がほぼ解明されたかのように思っていたと思います。しかし、コロナウイルスによるパンデミックは、この分野における人類の理解が不十分であることを痛感させました。また、感染後に脳における後遺症なども報告されており、感染による脳の神経炎症経路については、未だに解明すべき事象が多いことがわかりました。よって、神経炎症の基礎的メカニズム、特にミクログリアのダイナミクスについてさらなる解明が必要であると思われます。

参考文献

  1. Hanisch, U-K., and Kettenmann, H. : Nat. Neurosci., 10, 1387 (2007).
  2. Badimon, A. et al. : Nature, 586, 417 (2020).
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  5. Stratoulias, V. et al. : EMBO J., 38, e101997 (2019).
  6. Askew, K. et al. : Cell Rep., 18, 391 (2017).
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  20. Alejandra, V-C. et al. : Sci. Rep., 7, 13113 (2017).
  21. Serrats, J. et al., Neuron, 65, 94 (2010).
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  23. Osterhout, J.A. et al. : Nature, 606, 937 (2022).

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