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【総説】環境調和型エーテル系溶媒「MTHP」

本記事は、和光純薬時報 Vol.91 No.4(2023年10月号)において、株式会社クラレ スペシャリティケミカル生産・技術・開発部 齊藤 勇祐様に執筆いただいたものです。

1. はじめに

持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、近年の化学産業には「グリーンケミストリー」の推進が強く求められている。「グリーンケミストリー」とは化学物質のライフサイクル全体において人体の健康や生態系、環境への負荷を低減しようとする概念や技術を指し、具体的な例としては廃棄物や排出二酸化炭素(CO2)、排水負荷を削減・低減できるような化学反応や化学プロセスの開発が挙げられる。

グリーンケミストリー推進を目的とした化学反応や化学プロセスの開発においては触媒や反応剤、製造設備などが重要な因子として挙げられるが、そのなかで最も重要な因子は溶媒である。溶媒は反応や抽出のために大量に使用されることから影響が大きく、グリーンケミストリー推進には安全性、リサイクル性、廃棄物削減、排水負荷低減といった観点から使用する溶媒を選択する必要がある。

当社はグリーンケミストリー推進に大きく貢献できる環境調和型エーテル系溶媒・4-メチルテトラヒドロピラン(MTHP、図1)を製造・販売しており、以下でMTHPの特徴や使用例について紹介する。

図1.4-メチルテトラヒドロピラン(MTHP)

2. 既存溶媒の課題

化学反応や抽出操作に用いられる溶媒には当然ながら広汎な溶解力が要求されており、一般的に用いられている溶媒としてはジクロロメタン等のハロゲン系溶媒、トルエン、テトラヒドロフラン(THF)などが挙げられる。しかしながら、ハロゲン系溶媒やトルエンは高い毒性が問題であり代替が強く望まれている。また環状エーテル系溶媒であるTHFは高い溶解力を持つため広く用いられているが、酸化に対する安定性が低く、爆発性のある過酸化物を生成するため、長期間の保管やリサイクルを前提とした使用に関し安全上の大きな問題がある。加えてTHFは水と自由に混和するため、反応溶媒として使用した場合、続く抽出工程では例えば酢酸エチルのような水と分離する抽出溶媒が別途必要となる。さらに抽出工程においては相当量のTHFが水層に溶出するため、リサイクル効率や排水負荷低減の観点からも大きな問題がある。

3. MTHPの特徴

このような既存の溶媒に存在する種々の問題はMTHPを使用することで解決可能である。MTHPと、一般的に用いられるエーテル系溶媒の基礎物性を表1に比較して示した。

表1.MTHPと、他の汎用エーテル系溶媒の基礎物性

MTHPはTHFと同様の環状エーテル系溶媒でありながら疎水性が高いことが最大の特徴である。常温におけるMTHPの水への溶解度は1.5重量%、水のMTHPへの溶解度は1.4重量%と小さいため、水と自由に混和するTHFと異なり、MTHPは水と混ざり合わず二層分離する(図2)。

図2.MTHPと水の二層分離

この水と混ざり合わず二層分離するという特徴から、MTHPを溶媒として使用することで、後処理工程におけるCO2排出量削減、エネルギー使用量削減、排水負荷低減、高回収率での溶媒リサイクルを達成することが可能となる。具体例として、図3で1tの溶媒を使用する化学反応の後処理工程について、溶媒としてTHFを用いた場合とMTHPを用いた場合とでエネルギー使用量とCO2排出量の試算結果の比較を示している。

図3.後処理工程におけるエネルギー使用量とCO2排出量の試算

THF溶媒の場合では、抽出工程前にTHFの加熱による濃縮が必要となり、THF 1tあたりCO2排出量換算で10.1kg分のエネルギーが必要となる。続いて、水と抽出溶媒である酢酸エチルを加えて抽出を行うが、その後酢酸エチルの加熱による濃縮が再度必要となり、ここでも酢酸エチル1tあたりCO2排出量換算で9.6kg分のエネルギーが必要となってしまう。結果としてTHF溶媒の場合ではCO2排出量換算で19.7kg分のエネルギーが必要となる。

一方でMTHP溶媒の場合では、MTHPは水と分離するため、抽出工程としては反応後の溶液に単純に水を加えるだけで済み、抽出工程前の加熱による濃縮は必要ない。抽出工程後のMTHPの加熱による濃縮のみ必要となるが、MTHP 1tあたりCO2排出量換算で9.4kg分のエネルギーで済むため、結果としてCO2排出量の半減化・省エネルギー化が可能となる。

加えて、CO2排出量の削減と省エネルギー化のほかに、MTHPには排水負荷の低減や高回収率での溶媒リサイクルが達成可能という長所もある。THF溶媒の場合では、抽出工程において相当量のTHFが水層へ溶出するため、排水中の有機物成分が増加し排水負荷の上昇を引き起こすだけでなく、水層へ溶出したTHFは回収困難であり溶媒リサイクルの観点でも問題である。一方でMTHP溶媒の場合では、疎水性の高さから水層への溶出が少ないため、排水負荷の低減や高回収率でのリサイクルが可能となる。

MTHPやTHFに類似した環状エーテル系溶媒としては2-メチルテトラヒドロフラン(2MTHF)が知られており、2MTHFも水と分離するため回収再利用が可能ではある。しかしながら2MTHFは常温における水への溶解度が14重量%と非常に大きいため回収率は小さいものとなり、MTHPに優位性がある(表1参照)。

このようにMTHPはグリーンケミストリー推進に大きく貢献できる溶媒であり、加えて種々の条件における安定性も高いことから様々な化学反応やプロセスに適用可能である。MTHPとTHF、2MTHFの各種安定性を比較したデータを図4-7に示す。THFや2MTHFは酸化安定性が低いため、リサイクル使用を行った場合に爆発性の過酸化物が蓄積する恐れがある。一方でMTHPは酸化に対し安定であるため過酸化物が生成しにくくリサイクル性に優れる(図4)。

安定性の凡例
図4.酸化安定性

加えてMTHPは酸性条件(図5)や塩基性条件(図6)に対しても安定であり、種々の反応や後処理工程に適用可能である。

図5.酸に対する安定性
図6.塩基に対する安定性

さらに特筆すべき点としてはn-ブチルリチウム(n-BuLi)の安定性である(図7)。

図7.n-BuLiの安定性

THF溶媒中でn-BuLiは不安定であることが一般に知られているがMTHP溶媒中では比較的安定であり、MTHPはn-BuLiを使用するような種々の有機金属反応にも適用可能である。

4. MTHPの適用例

MTHPは前述のように安定性に優れるだけでなく、様々な化学反応に溶媒として幅広く用いることができ、以降でその適用例を紹介する。

4-1.グリニャール試薬調製

図8は1-クロロヘキサンを原料としたグリニャール試薬の調製と、調製したグリニャール試薬とベンズアルデヒドとの反応結果を示す。THFは様々なグリニャール試薬の調製において溶媒として広く用いられているが、その沸点は66℃と低いため、常圧では反応温度を66℃以上に上げることができない。

図8.グリニャール反応

図8に示すようにTHFを溶媒とした場合には反応温度上限が66℃と低すぎるためクロロヘキサンからグリニャール試薬調製が進行しなかった。一方でMTHPは沸点が105℃と高いため、常圧下でもさらなる反応の高温化が可能である。MTHP溶媒でのクロロヘキサンからのグリニャール試薬調製は反応温度を90℃に上げることで良好な収率で進行し、続くベンズアルデヒドとの反応でも目的物が収率良く得られた。

4-2.酸化反応

前述のように、MTHPは酸化に対する安定性が高いため酸化反応の溶媒としても使用可能であり、図9に示すようにアルコールの酸化反応により対応するカルボン酸が収率良く得られた。

図9.酸化反応応

ジクロロメタン等のハロゲン系溶媒が酸化反応には用いられることが多いが、ハロゲン系溶媒は強い毒性を有することからMTHPが有力な代替候補となる。

4-3.共沸脱水反応

前述のようにMTHPは酸に対する高い安定性を有することから、図10に示すようにMTHPはエステル化やアセタール化のような、酸共存下で実施する共沸脱水反応にも適用可能である。

図10.共沸脱水反応(エステル化・アセタール化)

このような共沸脱水反応にはトルエンが一般的に用いられるが、トルエンではその強い毒性が問題であり代替が強く望まれている。MTHPは水との共沸温度が85℃、水との共沸組成がMTHP 81重量% : 水19重量%といずれもトルエンと同等であり有力な代替候補となる。

4-4.リチオ化、ホウ素化、鈴木-宮浦カップリング反応

また、MTHPはn-BuLiを用いるリチオ化反応や、遷移金属錯体触媒を用いるクロスカップリング反応にも好適に使用できる。
図11に4-ブロモトルエンのn-BuLiによるリチオ化と、続くホウ素化の結果を示す。

図11.リチオ化、ホウ素化

-78℃の極低温条件ではMTHP、THFいずれも良好な収率で反応が進行するが、-78℃という極低温条件はラボスケールでは容易であっても工業スケールでは実施困難な場合が多い。そこで極低温条件の回避を目的として-20℃条件で反応を行ったところ、THFでは収率が大きく低下した一方でMTHPでは良好な収率が維持されており、MTHPは工業的なリチオ化において有用であることが示された。

続いて、図11の反応で得られた4-メチルフェニルボロン酸とブロモベンゼンとの鈴木-宮浦カップリング反応の結果を図12に示す。

図12.鈴木−宮浦カップリング反応

THFや2MTHF溶媒の場合では、水との共沸温度が低く反応温度を上げられないために反応が長期化し、収率が低下した。一方でMTHPでは水との共沸温度が高く高温での反応が可能なため、短時間で良好な収率で目的物が得られた。一般に用いられるトルエンと同等の成績であり、代替溶媒として有用である。

最後に、MTHP溶媒を用いたこれらリチオ化、ホウ素化、鈴木-宮浦カップリングのワンポット反応化の事例を紹介する(図13)。

図13.ワンポット化

従来のプロセスでは一段目のリチオ化・ホウ素化と二段目の鈴木-宮浦カップリングの間に分液抽出と溶媒交換が必要であり煩雑なプロセスとなる。一方でMTHPを用いるとワンポット反応化が可能となり、分液抽出や溶媒交換のない簡便なプロセスで従来プロセスと同等の収率を達成することができた。このようなプロセスの簡便化はコスト削減のみならずエネルギー使用量やCO2排出量削減にもつながるため、MTHPはグリーンケミストリーに適合した溶媒として有用である。

5. おわりに

以上紹介したように、当社製品である環境調和型エーテル系溶媒「MTHP」は幅広い化学反応に適用可能であり、そのうえ抽出操作をはじめとした後処理工程においてCO2排出量削減、エネルギー使用量削減、排水負荷低減、高回収率での溶媒リサイクルが実現可能というグリーンケミストリーの推進に大きく貢献できる溶媒である。ぜひ一度、お試しいただきたい。

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