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熱中症患者における 腎障害の早期バイオマーカー:前向き観察研究

本記事は、シミックホールディングスが編集する「News Letter L-FABP No.22」をもとに掲載しています。

背景・目的

地球温暖化に伴い年間平均気温が上昇傾向にあり、暑熱環境に関連する疾患は世界的にも深刻な懸念事項となっている。日本国内においても近年、熱中症患者数が増加傾向にある。熱中症は労作性と非労作性に分けられる。前者はアスリートや消防士、陸上自衛隊を含む軍関係者など、比較的若く健康で活動量の多い人に多く見られることから、非労作性の古典的な熱中症よりも死亡率が低いとされるが、一方で急性腎障害(AKI)のリスクが高いことが報告されている。熱中症誘発性AKIは一過性とは限らず慢性腎臓病に進行するおそれもあり、特に暑い環境で働く労働者やアスリートにとっては深刻な問題である。しかしながら熱中症誘発性AKIの研究報告はその多くが入院患者に焦点をあてており、軽度から中等度の熱中症患者におけるAKIリスクは明らかとなっていない部分も多い。このような背景から、比較的軽度の患者においても熱中症誘発性AKIのリスクを早期に検出し、直ちに治療が必要な患者を判断できるようにすることは有益な情報となる。
近年、いくつかの尿中バイオマーカーのAKI早期診断における有用性が報告され注目されている。日本国内ではL-FABPとNGALがAKI診断マーカーとして保険適用されている。これらのバイオマーカーは心臓外科手術を受けた患者やICU入室患者においても数多くの研究報告がありその有用性が認められているが、熱中症の重症度との関係性は明らかではない。そこで本試験ではこれらの尿中バイオマーカーと熱中症重症度の関係性を評価した。

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対策と方法

2020年5月1日から9月30日までに静岡県自衛隊富士病院に来院した熱中症患者44名を対象とした。
熱中症の重症度は通常、2015年に発表された日本救急医学会熱中症分類(2015JAAM基準)をもとにグレードIからIIIまでの3段階にカテゴリー分けされる。しかしながらこれは現場で対処可能な病態か、速やかに医療機関への受診が必要であるか、さらには入院もしくは集中治療が必要な病態であるかどうかを判断し意思決定を容易にすることを目的としており、臓器不全の科学的かつ客観的な定義を示すものではない。そこで同学会熱中症ワーキンググループによる熱中症重症度分類(JAAM-HS-WG基準)をもとに患者をグループ分けした。 JAAM-HS-WG基準は暑熱環境にさらされた患者において表1に示された項目によって構成されており、本試験ではこのうち少なくとも1つを満たした際に陽性とし、患者はその陽性項目数の合計をもとに分類された。いずれの項目も陽性とならない患者をスコア0、1項目のみ陽性となる患者をスコア1、2項目が陽性となる患者をスコア2、3項目が陽性となる患者をスコア3とした。
尿中バイオマーカーとしてL-FABP、NGALの他、KIM-1、NAG、β2ミクログロブリンを測定した。また暑さの指標として湿球黒球温度(WBGT)を日本環境省のWebページから取得した。

表
1 JAAM HS WG 基準

結果

WBGTと熱中症患者数との間には有意な正の相関関係が認められた(r=0.75、p<0.01)。2015JAAM基準に基づく熱中症患者の分類では、グレードIが9名、グレードIIが24名、グレードIIIが11名となり、さらに2015JAAM基準のグレードが高いほどJAAM-HS-WG基準項目のうち意識障害スコアが14以下の患者と血清クレアチニン値1.2mg/dL以上の患者の割合が有意に高い結果となった。またグレードIIの患者において3名が血清クレアチニン値1.2mg/dL以上を示した。
それぞれの基準で分類した結果とその関係を図1に示す。

図1

さらにJAAM-HS-WG基準をもとにしたスコア分類ごとの尿中バイオマーカー測定値を図2に示す。結果、尿中L-FABP/Creと尿中NGAL/Cre、また尿中NAG/Creがスコア0と2+(スコア2と3をまとめたもの)の間で有意な差が認められた。また血清クレアチニン1.2mg/dLを基準として尿中バイオマーカー測定値を評価したところ、尿中L-FABP/Creのみで有意な差が認められた(図3)
各尿中バイオマーカーと血清クレアチニンの相関をみると、尿中L-FABP/Creのみが有意な正の相関関係を示し(r=0.6、p<0.0001)、その他のバイオマーカーでは有意な相関関係は認められなかった。また、血清シスタチンCとの相関をみたところ、尿中L-FABP/Creと尿中KIM-1/Creとの間にのみに有意な相関関係が認められた。

図3

結論

尿中L-FABPは熱中症重症度に応じて上昇し、かつ血清クレアチニンが高い患者ほど高い値を示した唯一の尿中バイオマーカーであった。尿中L-FABPはPOCキットを用いた簡便な測定が可能であり、現場救助の段階でさらなる腎障害を防ぐための治療方針に関わる、科学的かつ客観的な指標として有用である可能性が考えられる。また尿中KIM-1は尿中L-FABPとともに血清シスタチンとの相関関係を示したことから熱中症患者のAKIを検出するための候補バイオマーカーである可能性があり、さらなる検証が必要である。
本試験において対象となった患者は過去の入院患者に焦点を当てたものと異なり、比較的軽度の患者を含み、より実際の現場で起こっている事象を反映していると考えられる。特に入院を必要としないと考えられていたグレードIIの患者においても腎機能障害を表す血清クレアチニン高値の患者が含まれたことから、軽度から中等度の熱中症患者においてもAKIリスクを有する患者が含まれる可能性があり、その現場での方針決定に注意が必要と考えられた。

出典

  1. Goto H, Shoda S, Nakashima H, Noguchi M, Imakiire T, Ohshima N, Kinoshita M, Tomimatsu S, Kumagai H. : Nephrol Dial Transplant.(2022) DOI: 10.1093/ndt/gfac166

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