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【特別講座】プラチナ、固定化触媒(Pt IC-I)の開発 ― 固定化金属触媒のプロセス化学への応用 ―

本記事は、OrganicSquare Vol.23 (2008年3月号)において、和光純薬工業株式会社 試薬研究所 主任研究員 佐藤 睦が執筆したものです。

グリーンケミストリーを指向した高分子固定化白金触媒(Pt IC-I)を開発し、重合禁止剤である N-ニトロソフェニルヒドロキシルアミンの工業的な製法に応用した。この触媒を用いると 98% の選択性でニトロベンゼンからフェニルヒドロキシルアミンへの還元が進行し、30 回繰り返し使用しても活性は低下しなかった。

はじめに

近年、環境汚染や廃棄物の問題がクローズアップされるようになり、化学産業界においてもグリーンケミストリーへの関心が急速に高まっている。この様な中にあって、当社は、グリーンケミストリー用試薬として様々な固定化触媒の品揃えを進めてきた 1)

しかし、プロセス化学の立場からすると、それらの触媒をどの様に実際の製造に利用するかということが極めて重要である。

ここでは、当社がすでに製造して販売している N-ニトロソフェニルヒドロキシルアミンの合成に固定化触媒を応用した例を紹介し、固定化触媒の有用性を示したい。

N-ニトロソフェニルヒドロキシルアミンの従来の合成法

水溶性のアンモニウム N-ニトロソフェニルヒドロキシルアミンは、ラジカル重合に際してハイドロキノンや t-ブチルカテコールなどに比べて強い禁止効果を有することで知られ、工業的に広く用いられている。

一方、そのアルミニウム塩は油溶性で感光性塗料や UV インクの保存安定剤として、年間数十トン単位で消費されている(Fig. 1)2)

Fig. 1 Major applications of N-nitroso phenylhydroxylamines
Fig. 1 Major applications of N-nitroso phenylhydroxylamines

これらの化合物の工業的な製法としては、現在も、主にコスト上の理由から下記の古典的な方法が採用されている(スキーム 1)。

Scheme 1
Scheme 1

しかし、これらの古典的な方法では、第 1 工程のニトロベンゼンからフェニルヒドロキシルアミンへの反応をヒドロキシルアミンの状態で止めることができず、還元がさらに進行したアニリンの生成が避けられない。

一方、反応時間が長すぎるとヒドロキシルアミンの生成率は約 60% を頂点として減少に転じ、逆に反応を止めるタイミングが早すぎると原料のニトロベンゼンが残存する。また、カルシウム濃度の高い廃液や水硫化ナトリウムに由来する悪臭性の物質(硫化水素)が多量に生成するなど、環境への負荷も大きい。金属錯体を触媒とする還元方法も検討されてはいるがコスト面から実用化にはいたっていない(Table 1)。

Table 1 Time profiles of reduction of nitrobenzene by NaSH/CaCl2
Table 1 Time profiles of reduction of nitrobenzene by NaSH/CaCl2

固定化触媒への応用

高分子固定化選択的還元触媒の検討

上述したニトロベンゼンからフェニルヒドロキシルアミンへの反応に固定化触媒の技術が応用できれば、反応選択性と環境への負荷の低減という課題を一挙に解決できる可能性がある。この検討にあたって、最も環境負荷の小さい接触還元に絞ることとした。

ニトロベンゼンのフェニルヒドロキシルアミンへの選択的還元は、過去に白金系触媒を用いた検討も行われている。しかし、選択性は必ずしも満足できるものではなかった 3)。そこで、触媒活性を調節するうえで触媒の被毒が可能なアミン系のポリマーを用いて新しい白金系の選択的還元用触媒の開発を行った。

触媒に用いるポリマーは、製造コストを考慮し市販のポリマーを使用した。また、回収、再利用の容易さを考えデカント等により容易に反応液と分離できるように粒子径の大きなビーズ状のポリマーを採用し、アミノ基部位の構造を種々変えて最適な触媒を調製した。

同様のポリマーに担持させたパラジウム系の触媒を比較対象として、調製した種々の触媒をスクリーニングした結果、パラジウムを担持させた触媒では過剰に反応が進行し、定量的にアニリンが生成したが、白金を担持させた固定化触媒では、選択性が完全ではないがヒドロキシルアミンを得ることができた(Table 2)。また、今回調製した高分子固定化選択的還元触媒は、ビーズ状であるため回収再利用の点で容易であり、ポリマーのアミンによって触媒活性が抑えられている関係から発火性がなく、工業的に使用するうえで取り扱いのよい触媒であることがわかった。

Table 2 Selective reduction of nitrobenzene using various metal catalysts.
Table 2 Selective reduction of nitrobenzene using various metal catalysts.
高分子固定化選択的還元触媒の開発

さらに選択性を向上させるため、白金触媒のポリマーのアミン構造、反応溶媒、被毒化剤の添加等について精査した。その結果、4 級アミンのポリマーに白金を吸着させ、溶媒としてメタノールを用い、DMSO を被毒化剤として用いて反応させるとアニリンの生成を抑えることができた。

しかし、この反応は、気体と液体との反応であることから時間を要し、反応は完結しなかった。また、反応速度を速める目的で温度を上げると選択性が下がった。このように、接触還元法では水素の還元力が強すぎて実用化できるほどの選択性は見出せなかった(Table 3)。

Table 3 Influence of catalyst, solvent and additive in the selective reduction of nitrobenzene.
Table 3 Influence of catalyst, solvent and additive in the selective reduction of nitrobenzene.

そこで、還元力が水素より弱いため選択性が期待でき、環境への影響が小さいヒドラジン還元により同様の検討を行った。その結果、96 %以上の選択性でヒドロキシルアミンの合成が可能となり、従来の方法では 50 %程度であった単離収率を 85 %近くまで向上させることができた。さらに、次工程で使用するイソプロピルアルコール(IPA)を溶媒として用いても同等の結果が得られた。また、ヒドラジンは液体であるため、液体どうしの反応となり反応速度自体も接触還元法に比べ速く、目的とする官能基選択的接触還元触媒を得ることに成功した。

因みに、固定化していない白金触媒では同様の条件下では選択性が低かった(Table 4)。

Table 4 Selective reduction of nitrobenzene to phenylhydroxylamine using platinum catalyst and hydrazine as a reducing reagent.
Table 4 Selective reduction of nitrobenzene to phenylhydroxylamine using platinum catalyst and hydrazine as a reducing reagent.
高分子固定化選択的還元触媒の繰り返し使用

次に問題となるのは、固定化触媒を何回再利用できるかということである。触媒に高価な白金触媒を使用するため、1 回限りの使用では、触媒のコストだけで製品価格を上回り、工業的製法としては成り立たない。できる限り繰り返し使用する回数を増やして、バッチ当たりの触媒コストをいかに低減できるかが工業化の鍵になる。

そこで、繰り返し使用について検討した結果、今回採用した固定化触媒を用いれば、30 回の繰り返し使用でも活性、選択性がともに変化しないことを確認することができた(Table 5)。

Table 5 Recovery and reuse of Pt-Cat.3
Table 5 Recovery and reuse of Pt-Cat.3

このように、プロセス化学への応用を目標に設計した高分子固定化選択的還元触媒を用いた反応では、従来の方法と比較して反応の選択性が向上し、廃棄物を削減することによって環境に対する負荷を低減できた。また、触媒を繰り返し使用できることから従来の方法に比べて製造原価の削減を達成することもできた。

さらに、この触媒には発火性がないため安全性が向上し、ビーズ状であるため回収、再利用の際の操作も簡便になり、作業性も向上するなど、当初の目的をすべて達成することができた(スキーム 2)。

Scheme 2
Scheme 2

固定化触媒への応用

当社は、試薬メーカーとしてグリーンケミストリーの推進の一助となればと考え、数年前から一連のグリーンケミストリー用試薬の品揃えを進めてきた。これまで述べたように、今後はこれらの試薬をどの様に実際の製造工程に応用していくかが重要であり、責務であると考えている。

現状での課題は、これらの試薬を用いることにより製造コストが増加することである。この課題を解決するためには、触媒を合成する段階でのコストダウン、触媒の再利用時における性能の維持や反応の選択性の向上等まだまだ解決しなければならない課題も数多く残されている。

これらの課題はわれわれだけで解決できるものではなく、様々な分野の方々の連携ではじめて達成できると考えており、読者の諸賢のご意見、ご指導を頂ければ幸いである。

本研究は多くの共同研究者との成果であり、特に弊社試薬事業部の桂ニ氏、白木一夫氏、化成品事業部の奥山和典博士、鶴本浩之氏、広瀬聖二氏、岡山大学ナノバイオ標的医療イノベーションセンターの小林 榮博士にご協力いただきました。

参考文献

  1. A. Sano, K. Okamoto, ファインケミカル, 29, 58(2000).; K. Oono, M. Sato, A. Sano, ファインケミカル, 31, 5(2002).
  2. X. Regina, J. Polym. Sci., Part A. Polym. Chem., 30, 2665(1992). DOI: 10.1002/pola.1992.080301301; Kusch, S. D, Eurasian Chemico-Technological Journal, 4, 19(2002).
  3. P. N. Rylander et al., U. S. patent 3,694,509, Sept. 26, 1972.

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