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【テクニカルレポート】抗 Argonaute 抗体を用いた microRNA 研究ツールの紹介

本記事は、和光純薬時報 Vol.78 No.2(2010年4月号)において、和光純薬工業株式会社 ゲノム研究所 西部 隆宏、請川 亮、林田 幸信、黒川 勉が執筆したものです。

はじめに

microRNA は約 22 塩基からなる一群の機能性低分子 RNA で、遺伝子発現を転写後レベルで制御するガイド分子として機能し、さまざまな生体機能を担っていることが報告されています1)。ヒトやマウスでは 1,000 種類以上の microRNA の存在が示唆されており、機能未知な新規 microRNA の同定、疾患に関連する microRNA の機能解明などが世界中で盛んに進められています。また最近では、細胞内だけでなく血液などの体液中にも microRNA が存在することが報告され、がんなど疾患の臨床マーカーの候補分子としても注目を集めています2)

microRNA は細胞中で複数のステップを通して成熟化して RNA-induced silencing complex (RISC) と呼ばれるタンパク質複合体に取込まれ、その主要コンポーネントである Argonaute (Ago) サブファミリータンパク質と結合した後に標的 mRNA と結合して mRNA 鎖を分解する、あるいは翻訳を抑制すると考えられています3-5)(図 1)。

図1.microRNAの生合成と作用機構
図1.microRNAの生合成と作用機構

この Ago サブファミリーはヒトで 4 種類(hAgo1-hAgo4)存在し、それぞれがユビキタスに発現しています6)。また一群の Ago サブファミリータンパク質の中で発現量が最も多いのは Ago2 で、唯一標的 RNA を切断する Slicer 活性を有していることから、microRNA パスウェイにおいて中心的な役割を担っていると考えられています7-13)

この Ago タンパク質に対する抗体により、RISC が免疫沈降され、そこから microRNA が回収できること、さらには microRNA の標的になっている mRNA も共沈されることが分かり、Ago 免疫沈降法は microRNA の多彩な機能の解明に必須の方法論となりつつあります14-20)

このような状況のもと当社では抗 Ago 抗体を用いた microRNA 研究ツールを中心に microRNA の機能解析に向けたいくつかの解析ツールを提供しています(図 2)。これらを組合わせて用いることにより細胞、組織などに存在する RISC に含まれている microRNA と mRNA を総合的に解析することができ、microRNA の解析のみならず標的 mRNA 解析にも応用することができます。

図2.Ago免疫沈降法をベースにしたmicroRNA解析ツール
図2.Ago免疫沈降法をベースにしたmicroRNA解析ツール

以下にそれぞれのツールとその使用法、解析例の概略を提示します。

microRNA Isolation Kit シリーズ

当社では免疫沈降法に利用可能な抗 Ago 抗体を作製し、免疫沈降法による microRNA 精製が簡便に行える microRNA Isolation Kit シリーズを販売しております。現在、ヒト/マウス Ago1、ヒト Ago2、マウス Ago2 及びヒト Ago3 に対応するキットを揃えており、ヒト Ago4 に対応するキットは開発中です。これらのキットを用いることにより細胞、組織サンプルから各内在性 Ago タンパク質に結合した microRNA を簡便に精製取得することができます(図 3)。

図3.ヒト培養細胞株からのmicroRNA精製
図3.ヒト培養細胞株からのmicroRNA精製
microRNA Isolation Kit, Human Ago2 を用いて、ヒト培養細胞株3種類(HeLa、HepG2、HEK293)、及びマウス培養細胞株(P388D1)から精製したRNA画分をUrea-PAGEの後、銀染色によって検出した。その結果、ヒト培養細胞特異的にmicroRNAが精製できた。使用細胞数は5 x 106細胞。

Ago サブファミリータンパク質はユビキタスに発現していますが、その発現量には大きな差異があり、通常 Ago2 が最も多く発現していますが、各タンパク質の発現量は細胞種により異なります。本キットシリーズを駆使することで現在まだ明確でない各 Ago タンパク質と microRNA の対応の特異性についても検討することが可能となります。

また、本キットシリーズを用いることで各 Ago タンパク質と複合体を形成している mRNA を microRNA と共沈して取得することができます。microRNA と mRNA の結合領域(seed 配列)は 6 塩基と短く、対応する配列をもつ mRNA が数多く存在することからコンピューター解析だけでは標的 mRNA の同定が困難でした。

しかし、本キットシリーズにより得られる免疫沈降中の microRNA と mRNA の相互の変動を調べ、コンピューター解析と組合わせることで、microRNA の標的となっている mRNA を効率よく同定することが可能になると考えられます。

microRNA クローニング

取得した microRNA は通常マイクロアレイ、定量 PCR、クローニングなどの方法により解析を行いますが、新規の分子が同定できるという点でクローニング法は利点を有しています。そこで当社では microRNA を効率良くクローニングすることができる microRNA Cloning Kit Wako を販売しています。

microRNA Isolation Kit シリーズで得られた RNA 画分を本キットにより解析することで、rRNA や tRNA などの分解産物や人工的な配列のコンタミが少なく高効率な microRNA クローニングが可能になります(図 4)。これによりより正確なプロファイリングを行うことができ、新規な microRNA の探索にも有用です。

図4.microRNA Cloning Kit Wako によるAgo2免疫沈降 small RNA のクローニング
図4.microRNA Cloning Kit Wako によるAgo2免疫沈降 small RNA のクローニング
HeLa細胞からmicroRNa Isolation Kit, Human Ago2 により精製したsmall RNA画分をmicroRNA Cloning Kit Wako を用いてcDNAクローニングした。得られたクローンのうちランダムに選抜した95クローンをデータベース(Sanger miRBase)に照合し、その構成を調査した。その結果、95クローン中89クローン(全体の93.7%)とmicroRNAが高効率にクローニングされた。

標的 mRNA クローニング

Ago 免疫沈降 RNA 中に含まれる mRNA はマイクロアレイや定量 PCR などによって解析することが可能ですが、より詳細な解析をするために当社では Ago2 免疫沈降物中に存在する微量な mRNA をクローニングできる Target mRNA Cloning Kit Wako を販売しています。

本キットでは相補鎖の cDNA 合成にランダムプライマーを用いることにより cDNA の鎖長を均一化させ、鎖長差により引き起こされる PCR 時の増幅効率のバイアスを抑制して mRNA のポピュレーションをできるだけ反映できるような工夫がされています。この方法で合成増幅した Ago 免疫沈降物中の mRNA 由来の cDNA はキャピラリー電気泳動によってその存在を確認することができます(図 5)。

図5.Target mRNA Cloning Kit Wako によるAgo2免疫沈降mRNAのクローニング
図5.Target mRNA Cloning Kit Wako によるAgo2免疫沈降mRNAのクローニング
HeLa細胞から抗ヒトAgo2, モノクローナル抗体(免疫動物:マウス)及びマウスIgGを用いて免疫沈降精製したRNA画分をTarget mRNA Cloning Kit Wakoを用いてcDNA合成し、PCR増幅したフラグメントをキャピラリー電気泳動により検出した。その結果、抗Ago2抗体を用いた免疫沈降画分から特異的にmRNAに由来するcDNAフラグメントが検出された。

また本キットにより増幅された cDNA の中にはマイクロアレイでは同定できないような RISC 内の mRNA 以外の RNA 分子も含まれており、我々はある程度の量のAlu関連配列がRISC 内に存在することを見出しています21)

当社では本キットを用いて特定の miroRNA の標的 mRNA 探索を試みました21)。肝臓特異的な microRNA である miR-122 は細胞のがん化に伴いその発現が低下することが知られており、肝細胞のがん化と関連することが報告されています22)

我々は miR-122 をほとんど発現していないヒト肝がん細胞株 HepG2 に miR-122 を導入し、Ago2 免疫沈降物中の mRNA を cDNA クローニングしてそのプロファイルをルシフェラーゼ siRNA 導入コントロール細胞と比較しました。その結果、得られたクローンを TargetScan により解析することで miR-122 導入細胞に miR-122 のターゲットとして確率の高いクローンが多く存在していることが示されました。

これらクローンについて定量 PCR 解析を行うと、多くのものは miR-122 の導入によって mRNA が Ago2 免疫沈降物中に濃縮され、総量としては RISC を介した分解により減少していることが確認されました(図 6)。その中には標的としていまだ報告のないクローンも存在し、これは新規の miR-122 標的 mRNA 候補であると考えられ、本キットが標的 mRNA 探索に有効であることが示されました。

図6.miR-122の標的mRNA探索
図6.miR-122の標的mRNA探索
肝臓特異的なmicroRNAであるmiR-122の標的mRNA探索として、miR-122をほとんど発現していないヒト肝がん細胞株HepG2にmiR-122を導入し、Ago2免疫沈降物中のmRNAをTarget mRNA Cloning Kit Wako を用いてcDNAクローニングし、そのプロファイルをルシフェラーゼsiRNA導入コントロール細胞と比較した。その結果、miR-122導入細胞から得られたクローンにTargetScanによりmiR-122のターゲットとして確率の高いことが予測されたmRNAが多く含まれていた。そこでそれらのmRNAについてmiR-122導入細胞とコントロール細胞における定量比を定量PCRにより測定し、Ago2免疫沈降画分での濃縮度合いを検出した。図はその結果で、miR-122導入細胞でAgo2免疫沈降RNA(Ago2 IP RNA)中に特異的に濃縮されるクローンが高い割合で存在し、逆にTotal RNA量はRISCによる分解を受けることでコントロール細胞よりも減少するクローンが存在した。これらの中にはmiR-122の標的としていまだ報告されていない新規の標的候補(SLC1A5、PIGS、SLC7A5)が含まれていた。

おわりに

以上のように microRNA Isolation Kit シリーズ、miroRNA Cloning Kit Wako、Target mRNA Cloning Kit Wako を用いることにより RISC に含まれる miroRNA と mRNA を総合的に解析することが可能になります。これらのツールは、新規 microRNA の同定、microRNA の発現プロファイル、標的 mRNA の探索など microRNA の機能解析に活用できるばかりでなく、医薬への活用が期待されている siRNA のオフ-ターゲットの探索などにも活用できるものと期待されます。

また、microRNA Isolation Kit シリーズに用いている抗 Ago ファミリー抗体は単品での販売も行っており、免疫沈降だけでなくウェスタンブロッティングや細胞染色などの用途にも用いることができます。ぜひ皆様のご研究にお役立て頂ければと考えます。

参考文献

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